角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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因縁を撚りて議場は開く 5

「冬の学院に呼べる人が少ない」

 

ヨルワは二人の来客の前で言った。教授室には手紙と書類が増えており、彼女の学院での仕事が忙しい時期であることは明白だった。

 

「でしょうね、あらかた地方民会の方に出払いますもの」

 

テレナは呟く。学院に統合王国の各地から届く手紙は地方民会の援助と選挙の支援を求めるものになり、アニドは微妙な解釈の手紙をあちこちに書くことになっていた。少なくとも誰かと決定的に敵対することはできないが、協力しなかったというだけで裏切りと見なす人は少なくない。だからこそ、どこまでを諦め、そして他の派閥に組み込むかという面倒な作業をアニドは続けていた。

 

「大物は一人も来れないだろうな。既に席が決まっている派閥ならまだしも……」

 

アニドはそう言って、頭の中に来れない人の顔を思い浮かべる。地方民会で選ばれた議員は全国民会の半分に満たない。それ以外については様々な分野から人が集まることが決まっていた。産業、教会、役人、商業。統合王国に数多くある勅令特許団体が持つ権利の一つには、そういった会合を通して代表者を送り込むことができるというのもあった。ルメン七世時代には形骸化していたが、今こそと考える人は多かったのである。

 

彼らは社交界に入ることが難しかった。木こりやパン焼き職人が、どうやって邸宅で話すための上等な服を手に入れられるだろうか?もちろん、一部にはそういった事ができるだけの才覚と富がある人もいた。しかし、それは例外と言ってよかった。

 

そういったところから来る人は、地方民会に関係なく統合王国を離れることができた。しかし、彼らは決して大物とは言えない。去年学院を訪れた財務大臣であるセラベールほどの人物が来ないのであれば、他の地域からも来る人は限られてしまうだろう。

 

「……二人、呼べるなら呼びたい人がいます」

 

テレナが口を開いた。

 

「誰?手紙の一つや二つであれば、私の名前を出していいけど」

 

「統合王国の上位ではない聖職者と、同じく聖職者だけど統合王国の人ではない僧を」

 

「……ルメン・デリロスとリュクバーン?」

 

隣りに座っていたアニドの言葉にテレナは頷いた。

 

「……無茶ね」

 

ヨルワは言う。

 

「そうですかね?条件としては揃っていますし、昔ここで学んでいた学生と教えていた講師が戻って来るだけなら?」

 

「……たしかに今ならフェルヴァジュ管区は内部問題になるだろうし、ルメン・デリロスはしばらく黙っているだろうしな。秘密裏にこっちに来たとなれば行けるか?」

 

アニドはそう言いながら計画の全体像を考える。もしやるとすれば、それはかなり秘密裏にやらねばならない。手紙の出し方一つから気を使わなければならないのだ。

 

「彼らが来ることをほのめかす以上のことができないのも難しいわね。いや、むしろ統合王国の現状を知るための講義の場所として冬の学院を用い、そこに彼らを招くという形であれば」

 

そう言うヨルワに、アニドは頷いた。それに続く二人の会話を聞きながら、テレナは社交界に生きている人々の能力に対しての劣等感を静かに抱いていた。

 

「ルメン・デリロスがそこにいて欲しくない勢力を同意させて、そっち側で妥協をもたらせれば……と思うんですがどうですかね、ヨルワ教授」

 

「アニド君、それはうまく行かないと思うわ。今の話題の人を統合王国から引き抜くんだもの、それなりの理由は求められる」

 

「リュクバーンだけならたぶんどうにかなるんですけどね、ルメン・デリロスとリュクバーンを離すと多分ろくな事にならないんですよ。少なくともまだ彼は南方街やら総権国やらと繋がっている」

 

「いずれにせよ、まずは誘いの手紙を出すのが良さそうね……」

 

二人の会話は個人を狙う方法についてのものだったが、それは今までテレナとアニドがやってきた手紙の送り方とはまた別だった。今度重要になるのは実務を担当する個人ではない。社交界で噂話をする、よくいるような、テレナであれば怠惰閥に分類するような貴族や上流階級たちだ。

 

「……私には、この手の話は難しいです」

 

「テレナ嬢。それはわかるけど、あなたは逃げるべきじゃない」

 

ヨルワはテレナの方を見て言う。ヨルワから見ても、テレナの社交術はそれなりのものだった。もちろん熟練のものではないが、既に若い夫人としてであれば十分やっていけるだけのものを彼女は持っていた。

 

「……伯爵夫人となれば、なかなか社交界にも出れないでしょう。統合王国語よりも聖典語のほうがまだ通じるような場所ですよ。私の故郷は古臭い場所なんです」

 

「あなたの父上はそういう人ではないでしょう?」

 

「……そうですけどね、上に合わせようとすると下を忘れてしまうんです。小さな伯爵領二つをどうにかやっていくぐらいであれば、必要なのは豪華な屋敷よりも鎧の磨き方とか、材木の効率の良い使い方とか、古い鉱山を整備して残っている鉱石を回収できるようにするとか、そういうことなんです」

 

「まさに学院で教えていることね」

 

「ええ。そして学院は社交界のことを詳しくは教えてくれない」

 

テレナはそこに不満があるわけではなかった。それは範疇の外というだけなのだ。将校学校で舞踏のやり方を教えることはない。学院で社交を教える教授であるヨルワは、彼女の教えられる時間の範疇でかなり良い授業をしていた。それでもなお、物心ついた頃から鍛えられた子供と、若い少女としての時期を旅に費やした人とでは差が生まれるのだ。

 

もちろん、費やした時間だけ見えるものは変わってくる。ヨルワもアニドも、テレナほど領地の経営についての実感を持った言葉を述べることはできないだろう。そしてこの学院でシェプルスキアと同じだけ戦争と戦術について語れるのは、ヴィンサートぐらいしかいない。

 

「……難しいところなのよね。私だって家庭教師として一人か二人に数年間つきっきりで教えられるなら、それが一番伸ばせることはわかっている」

 

「だが今必要なのは百人の外交官なんだよな。ガルース教授もそのあたりは嘆いてたぜ」

 

アニドは言う。ただ、アニドにとっては敵である歳上たちが自分たちが遅れた存在であると自覚しているというのはあまり嬉しいものではなかった。もちろん理解していないよりはいいが、それでも面倒なものは面倒なのだ。

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