角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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因縁を撚りて議場は開く 9

「……こんなものかしらね」

 

テレナは持っていたペンを置いた。卒業試験として必要な論文は、新しくできる統合王国の全国民会についての分析だった。もしこれが却下されても、テレナは必要であればもう少ししっかりしたものを書くことができる。しかし、こればかりに時間を取られるわけにも行かなかった。

 

「テレナ、ヴィンサート教授が荷物運び手伝ってって」

 

鍵のかかる部屋に入ってくるなり、アニドは言う。

 

「わかったわよ、今行くから」

 

そう言ってテレナは立ち上がり、重くなった身体を伸ばすようにしながら部屋を出て扉を閉める。首から下げた鍵を回してしっかりと施錠されたことを確認してから、テレナはシェプルスキアとともに歩き出した。

 

「でもさ、今度の冬の学院って凄いことになりそうだよね」

 

シェプルスキアは小声で言う。それはまだ表になっていなかったが、教授であるヨルワは内々にシェプルスキアを通じてテレナとアニドに重要な来客たちのことを伝えていた。

 

「一歩間違えればすぐに戦争よ。総権国の軍隊が来るまでには時間が掛かるでしょうけど、名誉ある連隊ならすぐに来れる」

 

「たしかにそう遠くはないけどさ」

 

シェプルスキアは頭の中で地図を思い浮かべる。かつて漠然としか認識できなかった国家間の地理を、今の彼女は戦場と同じように把握することができた。

 

「とはいえ、最低限の警備は彼らも連れてくるでしょう。遠くから銃で狙われるか、会議に使っている教室の真下に火薬庫でもない限りは大丈夫ね」

 

「……ヴィンサート教授から運べって言われているの、火薬だよ」

 

「なら両方とも揃っているわね」

 

テレナはそう言って、乾いた笑い声を出した。

 

「テレナ。あまりそういうの言うのはよくないよ」

 

「はいはい」

 

「いや、ただのおまじないみたいなものだけどさ……。負けるって兵士が前日の酒盛りの時に言っていたら、その軍隊は負けるよ」

 

「……なるほどね、気をつける」

 

テレナはそう言って、曲がっていた背筋を伸ばす。淑女として取るべき姿勢について彼女は家庭教師からも、あるいは学院の授業でも叩き込まれてはいたが、忙しさとあまり良くない座り方のせいで自らを維持する力は徐々に衰えていた。

 

「だからテレナ、ちゃんと本気になりなよ。確かにテレナが背負っているものは他の人に比べれば小さいのかもしれないけど、テレナにとってはすごい大事なものなんでしょう?」

 

「……ええ、そうね」

 

テレナは、この冬の会合によって故郷と嫁ぎ先がどうなるのかが決まる運命にあった。ただ、それでもテレナが死ぬ可能性はあまり高いものではなかった。確かに軍に若者が動員されれば改革は滞ることになる。領地が戦場となれば、混乱が起こるだろう。しかし、伯爵領がなくなるわけではない。

 

冬に訪れる指し手たちにとっては、もっと大きなものが賭けられている。ルメン・デリロスは自分の命がかかっていると言ってもいいだろう。エフナチェルカ一世の来訪は、総権国での裏切りと簒奪の可能性を常に持っていた。

 

「ヴィンサート教授、テレナを連れてきたよ」

 

「ああ、助かる。それではこの箱を頼む」

 

火薬庫は学院の建物である城塞趾の一角、無駄に頑丈に作られた石で囲まれた部屋にあった。テレナが小さな樽を一つ、シェプルスキアが大きな樽を二つ持って運んでいく。

 

「ところでどうして私を?」

 

テレナがシェプルスキアに尋ねる。

 

「火薬を扱うにはそれなりに分かっている人じゃないと嫌なんだって」

 

「確かに本で読んだことはあるけど、それで構わないの?シェプはさんざん扱っているからいいとして」

 

テレナは抱えているそれが自分を吹っ飛ばせるだけの力を秘めていることを知っていた。なにせ指先ほどの量で人を殺せる弾丸を飛ばせるのだ。樽一つあれば鉄の塊を遠くに打ち出して大混乱を起こせる。

 

「うーん、丁寧に扱えば大丈夫だと思うよ。あっ鍵は出さないでね」

 

「火花が飛ぶからよね」

 

シェプルスキアはテレナの言葉に頷いた。

 

「そうそう。この樽だって留めているのは鉄じゃないでしょ?」

 

実際にテレナが見ると、木の板を締めているのは麻だった。

 

「ここだよ。今は鍵開けてるけど、普通はしっかり管理するらしい」

 

「……シェプは、ここを任されているの?」

 

「任されているってほどじゃないかな、何かあったら好きに使っていいよと言われてるだけ」

 

ヴィンサートはシェプルスキアをかなり信用していた。度重なる仮想の演習の上で執拗にシェプルスキアが指揮官を狙ったため、自分が死ぬことを前提に作戦を組むまでになっていたし、その時に指揮をかわりに取るのはシェプルスキアの役目だった。

 

「それは任されているわよ」

 

「だといいけど。とはいえ混乱した学院で砲兵は使えないから、樽を担いで銃を手に暴れて十人かそこらで終わりかな」

 

「無茶を言うわね……」

 

「あ、テレナがいること前提だからね?」

 

「本当に無茶を言うわね……」

 

そう言いながら、テレナとシェプルスキアは樽を置いていく。床ではなく通気が良い棚の上に置くことで湿ることを防ぎつつ、もし爆発したときにも大惨事にならないように容器は隙間を開けて並べられ、そしてそれらは壁で仕切られた小部屋ごとに置かれていた。

 

「まあそうなる前に逃げたいところだけどね」

 

「いいの?」

 

テレナは尋ねる。普通の防衛というのはしばしば死ぬ気の兵との戦いになる以上、その指揮官が逃げることを前提としているのは少し違和感があったのだ。

 

「学院に守るものなんてないよ。少なくともあたしたちの勝ちっていうのは、全員を無事に生かすこと。そりゃまあ名簿とか図書庫とか守りたいものはあるけど、それと学生を比べたらね」

 

「……学院で人が死ななかったという伝説を手に入れられるなら、本はまだ安い、か」

 

「そういうこと。だからさテレナ、必要なら生き残ってもいいんだよ。生きてなくちゃできないことも多いし、死んでたほうが良かったなんてことも結構あるからさ」

 

シェプルスキアはできるだけ明るく言ったが、表情がそれについてきてくれるわけではなかった。彼女は多くの死を見てきた。あと少し間違っていたら死んでいたようなこともある。そして、死んだほうが楽だと思えるぐらいに面倒なことや苦しみも経験してきた。

 

それでもなお、彼女はまだ生きていた。そしてもし死ぬなら、相手に精一杯の嫌がらせをしてから死んでやろうと思う程度には生きていたかった。

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