生徒が減るのと引き換えに、学院には人が集まってきていた。上位の貴族は専用の宿泊施設を用いることができたが従者などは学生のための寮に回され、結果としてテレナやシェプルスキアのような冬に残った学生たちは一室に集められることになったのである。
上級生の寮の方が比較的設備が整っているため、自然と学生は下級生用の寮に集められることになった。とはいえ男女別であるので、学院に残る女子学生のうち十人と少しが二つの部屋に集められ、それ以外の部屋は来客に用いられることになる。
「あなたが例の領主?」
荷物を運んでいたテレナとシェプルスキアに、上級生の女性が声をかけてきた。その顔は、二人とも知っていた。ただ、ほとんど話したことがない相手であった。
「……ファーネスタ・イリイダ嬢。ここは彼女の指導役である私に紹介をさせてはいただけないでしょうか」
すっと間に入るように前に出たテレナが微妙な発言をする後ろで、シェプルスキアは自分の心の中の面倒くさいなという感情を隠すべく深く息を吐いていた。
ファーネスタ・イリイダは今回の冬の学院で行われるいくつかの会合の議題の一つ、婚約破棄事件の関係者である。もともとも彼女のあまり良くなかった性格と相まって、学院には様々な噂が飛び回っていた。
例えばファーネスタが修女のエネトに筆舌に尽くし難い迫害をしていたというもの。取り巻きの女子学生や色仕掛けで誑かした男子学生をけしかけ、それを見かねた第三王子のルメン・デリロスが彼女の浅はかさを見抜いて婚約を破棄したというのだ。
一方で、また別の物語もあった。ファーネスタはルメン・デリロスの周囲を守りつつ学院内で統合王国への将来的な協力者を作ろうと取り組みを行っていたが、その中でエネトと衝突したというのだ。この噂ではエネトは聖座が送り込んだ二人の仲を引き裂こうとする人物である。
とはいえ、どのような噂であったとしても彼女の苛烈な性格は共通していた。気に入らないことがあれば当たり散らし、自分が公爵の娘であることを笠に着て威張り、そしてファーネスタ閥と呼ばれる学生たちも同じように傲慢であった。
そしてテレナから声をかけられたファーネスタは、テレナへ一瞥をくれた後にシェプルスキアの方に視線を向けた。
「いいわよ、別に。あなたも私のことを知っているでしょう?」
学生同士の対話であれば、テレナの発言は別にそう無礼というほどでもない。とはいえ、公爵という立ち位置を踏まえるのであれば微妙になってくるのが上流社会の規則の面倒なところである。例えばもしここでファーネスタが自分の家系を示唆するようなことを言っていれば、儀礼上はテレナのほうが一歩引いてもう少し敬意を見せるべきである。
ただ、ファーネスタはテレナを軽く無視した。会話する価値もない、という意思表示に他ならない。テレナは少し苛ついたが、立場的に無視するしかないよな、ということも理解していた。例えば公爵の令嬢が異国の小領主に対して対等に振る舞うことは許されるだろうが、同じ令嬢という立場であれば公爵と伯爵の差は小さくない。
「……うん」
シェプルスキアは、相手の強い意志のこもった目を見ながら頷いた。噂で聞いているよりは無分別ではなさそうだったが、戦場を知っているようではなかった。ただ、何かを抱えているのだろうということをシェプルスキアは読み取れた。
「わたくしのテアリアが、あなたととても仲が良いようで。テアリアの先輩として、お礼を」
「……どうも、ありがとうございます」
よく意味がわかっていないようなシェプルスキアの返事に、テレナはどう助言するべきか考えていた。そもそもテレナ自身が彼女が声をかけてきた理由をよくわかっていなかったし、ここで明確にシェプルスキアに声をかければそれ自体が無礼になりかねない。
「テアリアがわたくしに色々と聞いてくるの。静かな子だったのに、あなたの影響かしら?」
「……そうかも、しれません」
シェプルスキアはそう言ったが、彼女の行動に火をつけたのがテレナであることをよく知っていたのであとで愚痴を言ってやろうと決意した。
「春に会ったら、あまり詮索はしないほうがいいとあなたの方からも言ってあげなさい。私みたいになりたくなければ、ね。ところでわたくしの部屋の荷物を運ぶのを手伝っていただけない?」
「これを置いてからで、よければ」
「……いいわ、私の部屋は上級生寮の二階、廊下の一番奥。わかったわね」
そう言って、ファーネスタは早足で二人の横を通り過ぎていった。
「……面倒だね」
「面倒だね」
足音が消えたことを確認してから、シェプルスキアが小さく口にしたものと、テレナは同じ言葉を返した。
「前にテアリアと一緒にいた時と、何か雰囲気が違わなかった?」
「破棄される前だから、色々と状況が違うのでしょうね」
かつてシェプルスキアがテアリアの喉元にナイフの柄を当てた事件の時に、テレナはシェプルスキアを連れて彼女に謝罪をしに行った。その時の場に、ファーネスタもいたのである。
本来であれば閥の長であるファーネスタがテアリアへの行為を直接指摘してもおかしくなかったのだが、彼女はそれを選ばなかった。テアリアの行動が弁護しにくいものだったのか、あるいはそもそも配下を守ることの意味を理解していないのかはテレナにもテアリアにもわからなかったが、それでもその場所では二人に好かれるような振る舞いをしたわけではなかった。むしろシェプルスキアはファーネスタをかなり気に食わない人物であるとまで認識していた。
「……ところで、ファーネスタってここに残るような人なの?」
「閥を率いているのも彼女の能力というよりも家の力ね、あとは会合で沙汰が下るのを待つという側面もあるのでは?」
「もっと面倒だね……」
「領主になるっていうのは本来はそういう場所に飛び込むってことなのよ、ポジェチニャ共和王冠国では多少は違うのかもしれないけれど、逆に言えばこっちの文明的なやり方に慣れたらそう難しくはないはずよ」
「そうかな?」
「シェプは実力を証明しているわけだから。特にポジェチニャの貴族なんて、そもそも王冠からして実力で手に入れるものでしょう?」
「そういうわけでもないんだけどな……」
シェプルスキアは反論しようとしたが、自分でも共和王冠国の詳しい体制について説明できる気がしなかったので学院に来るその手の専門家に教えてもらおう、と考えを切り替えつつあまり軽やかではない足取りで上級生の寮に向かった。