角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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因縁を撚りて議場は開く 10

「さて、と」

 

テレナは作り上げた地図を見る。中心は学院。西には統合王国、東には総権国。基本的に、これから始まる冬の学院において重要なのはこの二つだ。

 

外交というのは、基本的に大物を持ち出してきたほうが最初の優位性を取る。戦場において高所を取るようなものだ。それは覆せないほどの圧倒的な差を作るわけでは無いが、それでもやりにくくなるのは間違いない。

 

「やっとできたか」

 

アニドは椅子から立ち上がり、机の上を見る。統合王国の小さな地図には、地方民会についてどれだけ進んでいるかが色分けされていた。油性のインクと水彩の組み合わせは色と紙を選ぶ手間はかかったが、一度に整理しきれないものをわかりやすくする効果があった。

 

地図は精密なものではない。統合王国の地域区分は直線でまとめられていたし、海岸や国境の線も正確さを重視しているわけではなかった。それでも、北側世界の地図に見慣れた人であればそこのどこに統合王国や総権国があるかははっきりとしていた。

 

「冬の学院に来る人を考えましょう。まず統合王国第三王子、ルメン・デリロスとその後見人である枢要僧リュクバーン」

 

名前の書かれた小さな紙を貼った陣棋(シャセ)の駒を持ってテレナは言う。ルメン・デリロスは帝、リュクバーンは僧。

 

「総権国からは女官フェナテリア、もとい女総権者エフナチェルカ一世」

 

アニドの言葉に頷いてテレナが置くのは将の駒。

 

「冷海同盟からは明確な参加者はなし。同君地域からはガルース・デラ・ハッヘンヴルト。とはいえ、彼は駒としては決して強いわけではない。せいぜい槌ね」

 

「しかし、城を壊せるだけの力があるぜ」

 

アニドは言う。

 

「ええ、無視はできない。ただ、彼がハッヘンヴルト家を代表しているかと言えば難しい。もちろん、それはハッヘンヴルト家の家長がここに来ていたとしても同じなのだけれども」

 

ハッヘンヴルト家内部の決定制度は複雑なことになっていた。彼らは内輪で明確に争うことは少ないが、衝突するのはいつものことだ。だからこそ彼らは強かったし、手紙の数通で動かせないほどの力を持っていた。

 

「統合王国からはほかに来れるやつは?」

 

「半分を超えるところで地方民会の開催が決まっているけど、それでも冬は動けないはず。首都の方では出御会議の関係者を選んでいるのは知っての通り」

 

「誰が出るか、本当に難しいんだよな……。学院派はそれなりに出るだろうが、彼らが全員妥協閥ってわけでもない」

 

アニドの言葉にテレナは頷いた。

 

「バシェツ卿だって、司法議会の復活と今回の全国民会の法的根拠のあたりでは、やってることは破壊閥寄りなのよね。どういう理由で彼が固守閥から支援を取り付けているのか未だに納得できないわ」

 

「単純に理論の根底に市民とやらを置いていないからだろ、あの至上権の議論は本質的には聖座が統合王国の王冠を保証するという昔ながらの考えの延長線上にある」

 

「理論はそうだけど、あれは法を一旦挟むことでどこから王の権力が来るかを回避しているのよ。破壊閥は市民と言うだろうし、固守閥は王というだろうけど」

 

「あー、そう考えるとやっぱり全国民会っていうのは『墜ちる灯火』とは全然違うよな」

 

「目的が民の声に応じる正しい統治とかじゃなくて同君地域に攻め込まれない程度に安定した統合王国を実現するための財政改革に正当性を与えるものだからね」

 

テレナは笑う。ある意味では、彼女の願いがここまでの大きな動きを引き出したのだ。統合王国で実際に地方民会と全国民会に動いている人は概算ではあるが百万人を超えているはずだった。あまり参考にならない人口統計と比較すると、数十人に一人ということになる。

 

そして実のところ地方民会の参加者はその背後に様々な勢力があるため、それを踏まえれば統合王国を実際に動かしている人の多くが既に関与していると言ってよかった。老人と子供、女性、そして雇われている人を除けば、案外残る人口は少ないものなのだ。

 

「まあ、ともかく統合王国のほうは大物を出してくるとしたら相当無茶が必要だろう。それにそもそも出す理由もないからな」

 

「むしろ女総権者がおかしいのよ、ルメン・デリロスを呼ぶのは半ば冗談みたいなもので、リュクバーンがそれに乗るのはともかく、なんで来るの?」

 

テレナは呟く。例えばもし冬の間にルメン・デリロスが間違いなく社交界に出るとわかっていれば、テレナもどうにかしてアニド卿の従者として邸宅だろうが宮廷だろうが乗り込むだろう。

 

そこまでであればテレナにも理解できる。ただ、それはテレナ自身がルメン・デリロスを活用しようと考えており、かつ縛りのない学生という身であるからだ。総権国の指導者が、国を残して共和王冠国と同君地域を通ってここまで来るためには相当な覚悟が必要なはずだった。

 

「一つはあれだな、ここでルメン・デリロスの後見人となることで将来的な総権国の地位が明らかに変わる」

 

「……フェルヴァジュの伯母としての立場を手に入れる、ということ?」

 

「そういうことだ。彼が立った国が統合王国になるか統合民主国になるかは知らんが、そういうところで同君地域が色々と言ってくるのは間違いない。統合王国からすれば総権国を引き込めれば挟撃できるわけだ」

 

「それは統合王国にとっての利点でしょう。総権国側は?」

 

「経済問題を解決した大国から同格の国と見なしてもらえる。それで十分では?」

 

「……総権国は西側とは違うというやり方を主張しているのよ。もしそういった承認がなかったところで、金と軍事と時間をかければ問題かは解決する。そして、今ここで彼女が総権国を離れるというのは相当怖いはずなのよ」

 

「うーん、官等表で作った派閥が十分力を持ったから?」

 

「足元を固め終わった、というのはありそうね。ああなるほど、逆に言えば無理をしてでもこちらに来れば同君地域から色々面倒事を言われるのを防ぐ程度には強さを見せられる、と……」

 

「そう考えるとやっぱりガルース・デラ・ハッヘンヴルトしか送り込めなかったハッヘンヴルト家は出遅れたな」

 

アニドは乾いた笑いを溢すが、テレナは首を振った。

 

「全てそれは成功したら、の話よ。ハッヘンヴルト家は全てに賭けている。ここに来るのはある意味で狂った博打打ちばかりよ。私も含めて」

 

そう言って、テレナは改めて地図を見た。既に後輩たちは授業を終え、それぞれが社交界に戻るべく馬車に乗っている時期だった。

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