角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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棋駒は集いて盤上に並ぶ
棋駒は集いて盤上に並ぶ 1


「……改めて問うが、彼らは正気かと思うかね?」

 

来訪者の名簿を見て、学院の教授であるガルース・デラ・ハッヘンヴルトは呟く。

 

「正気も正気ですよ。統合王国と総権国はこの冬のうちに決着をつけるそうです」

 

アニドは呟くように言う。ガルースの教授室は整理され、いつでも来訪者を受け入れられるようになっていた。冬の学院において、教授室はかなり便利な場所である。鍵がかかり、誰かを招くことの正当性がある。

 

「あの二国が同盟するともなれば、同君地域にとての悪夢にも等しい」

 

ガルースが言うと、テレナは深く頷いた。

 

「大変ですね、これでは軍を動かすこともできない」

 

「……両国を相手取っても我々は負けない、と言いたいところだがさすがに厳しいだろうな。これなら当主を含めて説得させる必要がありそうだが。とはいえ二人がどうなるか、そして全国民会がどうなるかが決まらなければ、か」

 

ガルースは同君地域の周囲を考える。総権国と直接接しているわけではないが、騎士団領を含む冷海同盟か共和王冠国を通って進軍してくることは十分考えられる。そして共和王冠国はともかく、冷海同盟は金で動きうる。

 

「一つルメン・デリロスが間違えたら彼が座るべき椅子は破壊されることになりますしね」

 

アニドは言う。

 

「ふむ、アニド君にテレナ嬢。起こり得る間違いにはどういう物があると思うかね?」

 

ガルースは教授らしい口調で言った。

 

「何言ってるんですかガルース教授、そういうふうにして考えるのを怠るのは良くないですよ」

 

アニドは呆れたように言ったが、目は笑ってはいなかった。

 

「わかりやすかったかね」

 

「まあ」

 

「なるほど、アニド君は根拠もなしに自家の人物が過ちを起こすだろうと……」

 

「まあ、そのへんにしましょう」

 

テレナは言う。ここで多少色々な考えを共有したところで、そう困ることはないだろうというのがテレナの見立てだった。

 

「テレナ嬢はどう思うかね?」

 

「まず一つはルメン・デリロスは統合王国を率いるだけの立場にない、と女官のフェナテリアが考えることです。これは彼女の勘に依存するものですが、個人的には可能性は低いかと」

 

「なぜだね」

 

「婚約破棄と宮廷での告発をやってのけた男です。今回の会談ぐらいは平気で乗り越えるでしょうし、そうでないならば私たちは今から彼を中心にする計画を変えるべきで、『墜ちる灯火』なんてものを読んでいる愚か者を逮捕するように統合王国の担当者に伝える必要があります」

 

テレナはそう語りながら、もし実際そうなったらということについて考えていた。ルメン・デリロスがいないとなれば、全国民会はまともに機能するだろう。地方の問題を整理し、議論し、そして衝突を繰り返して、何も決まらない。いや、決まりすぎてしまうかもしれない。過半数というのは、拮抗している話題を熱狂とともに偏らせる事ができる条件だ。三分の二であればそうはいかない。

 

例えばもし、貴族制度を文字通りに解体するとしよう。複雑な爵位と宮廷内部の役職、そして年金と様々な特権の剥奪を伴うことになるが、統合王国にとってそれを実行することは実は難しくはない。書類に爵位をつけず、宮廷のよくわからない人物を全員免職にし、年金制度を停止し、彼らをかつて彼らのいることのできた場所から締め出せばそれで終わる。

 

「……そうすれば、混乱が起きるな」

 

「今進んでいるセラベール改革が止まるでしょうね。改革においてやってはいけないことを、ガルース教授はご存知でしょうか?」

 

「止めること、だな」

 

「その通りです」

 

そう言ってテレナは頷く。

 

「エフナチェルカ一世がどのように権力を握ったか、あるいは統合王国でルメン八世がなぜ微妙な立場に立たされているかを見れば、ある程度は分かるとも」

 

「実は学院でもそこまで分かる人は珍しいそうですよ」

 

「それは教え甲斐がありそうだ」

 

ガルースは笑いながら言ったが、彼はそれを口で言えば理解できる学生がそれなりの水準にあるということを理解していた。

 

なにせ、ここでは上流の貴族の子女が家庭教師から学ぶようなことを教授からまず学び、そして復習の過程で教えあう。一人で考えるよりも、同じ秘密を共有し、話す相手がいることが重要だというのはガルースも経験上理解していた。

 

だからこそ、学院で社交に基づいた外交術の話をしたとこにこれほどまでに意を汲む学生がいるということに驚いたのだ。もちろんそれはすぐに外交官として全員がやっていけるというわけでない。しかし、どのような達人も最初から上手くいくことはないのだ。

 

「あとはエフナチェルカ一世が完全にルメン・デリロスの心を掴む場合だな。そうすれば総権国は恩義か敬意と引き換えに北側世界を好き放題できる。同君地域と争わせてその隙に後ろから共和王冠国をけしかけてもよし、大規模な貿易海路を冷海同盟抜きで作ってもよしだ」

 

「アニド君は、彼女がそれをできると思うかね?」

 

「相手の実力がわからない以上警戒したっていいでしょう、少なくとも彼は第三王子らしからぬ考えの持ち主なわけで、つまり誰かから何かを教わったわけだ。そこに上塗りされるはずがないと言い切る事はできない」

 

「なるほど。確かに経験から考えれば、ルメン・デリロスが総権国を操るよりも十分有り得そうだ」

 

「……ただ、ルメン・デリロスもわからないんですよね」

 

アニドが言うと、ガルースは奇妙そうな顔をした。

 

「おや、君の従兄じゃないのかい?」

 

「それじゃあガルース教授はハッヘンヴルト家の親戚がどういう性格で、どういうことをやってくるか読めますか?」

 

「無理だな。すまない」

 

ガルースは素直に自分の判断の過ちを認めた。このあたりで争っても仕方のないことであるし、ここで素直に駒を引くことを弱みと読んでくるような相手でもないと彼は理解していた。

 

「……というわけでガルース教授、外交儀礼についてはおそらく教授が一番詳しいことになりますので、学生たちが無礼をしないように最低限の手ほどきをお願いしますね」

 

テレナに言われ、ガルースは頷いた。

 

「仕事だからな。わかっているとも」

 

ただ、それがかなり大きな意味を持つことも彼は理解していた。どちらの文化のやり方で食器を並べるか、席を準備するかということはしばしば面倒な問題を産んだ。統合王国の基準に合わせれば、おそらく総権国を軽んじているという姿勢を見せてしまうだろう。ガルースは記憶の中から作法のうちでもあまり統合王国らしくない物を中心にどう組み立てていくか、と老獪な外交官らしいことを考えていた。

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