エレーリヤは食堂の準備に驚いていた。
「……知らない方法です」
肉料理は大皿だが、切り取るのは学生たち。皿は定期的に交換され、一品ずつ提供される総権国の方式と、料理を取り分ける統合王国の様式が合わさったものだ。
「ガルース教授が非常に苦労したらしいわよ。おかげで皿洗いの人員がいくらいても足りないし、水じゃなくて湯で洗うことになっている。冬のこの時期に水を温めるのは良いことだと思うけど、それなりに薪を使うのよね」
テレナはそう言いながら、教授であるヨルワに見せられた帳簿を思い出していた。学院は決して裕福な組織ではない。学生からの費用と、冬の学院の来訪者が持ち寄ってくる物資では最低限のことしかできないだろう。
そして、少なくとも総権国はそれを理解していた。総権国は既に今後の学生の派遣と、彼らの教育を支援するための予算についての話をヨルワに回してきていた。このようなことをされれば、学院はどうしても総権国に一歩寄った発言しかできなくなる。
誰も冬の学院で、冷たい水を使って皿を洗いたくはない。それをどこまで理解しているのかはわからなかったが、学院でにいた時からそういった視点を持っていたのだとしたら、女総権者は実に恐ろしい人物だとテレナは考えていた。
「……ハッヘンヴルト家の?」
「彼を単純に家で捉えるのは不適切よ。ハッヘンヴルト家は相争うわけではないけど、一つというわけでもない」
「どういうことです?」
エレーリヤは首を傾げた。
「詳しく話してもいいけど、私にとってあなたの誤解が有用なのはわかってらっしゃる?」
テレナは微笑む。エレーリヤは賢い少女であったが、根本的に時間と経験が足りていなかった。かつてウィルトールにテレナが学んだものの見方というものをエレーリヤは持っているかもしれないが、それで北側世界を見た経験が少ないのであれば限界は存在する。
「……そうですね。テレナ先輩にとって、私は敵ですからね」
「そうは言っていないわ。もし味方だと思ってほしいなら、それなりの行動を取ること」
「それなりの行動、ですか」
エレーリヤが言うと、テレナは頷いた。
「ええ。私の目的にとって最も重要なことを、あなたは理解していますか?」
「……統合王国を、崩壊させないこと」
エレーリヤの言葉にテレナは微笑んだ。それはエレーリヤが、ここに立つべき資格が不十分であることを意味していた。彼女はテレナについて詳しく調べることができなかった。ガロテーエンはアニドこそが鍵のかかる部屋の中心人物だと考えていた。
「それだとしたら、ルメン・デリロスとエフナチェルカ一世の会合が誰かに知られることは避けるべきだとなるわよね」
エレーリヤは頷いた。ルメン・デリロスへの影響は、あくまで秘密裏にされねばならない。彼女の目的は総権国が彼を秘密裏に支援するための支援なのだ。もしそれが公になれば、ルメン・デリロスは市民の代弁者ではなく総権国と通じた裏切り者になってしまう。
「でも、総権国という友人を持つことはいけないことでしょうか」
「統合王国における総権国の人気の問題ね。軍からは士官派遣を通して気に入られているはず。毛皮売りも最近は頑張っていると聞くし」
軍人を他国に派遣することは、決して珍しい風習ではなくなっていた。さすがに直接の戦争を起こしうるような間柄の軍同士では稀とはいえ、なにかが起こった時の繋がりを維持するということの意味を、特に学院の卒業生は理解していた。
多くの戦争は、どこかで妥協の上で終戦のための条約が成り立つ。どちらかの国家が崩壊するまで行われることはない。すなわち、どこかで終わらさねばならないのだ。大宗派戦争の問題の一つは、様々な陣営が自分の都合のみを考えて戦場を拡大し続け、結局誰も終わらせられなくなってしまったことにあった。
「私たちは敵になるつもりはないのに……」
「でも混乱は助かるでしょう?もし統合王国が問題を起こせば、冷海同盟は貸した金を取り戻すために苦労する。同君地域は彼らの一部を救うために軍を派遣する。そうすれば、総権国を見るものはいなくなる」
「……そう考える人も、いるかもしれませんが」
その口調を聞いて、テレナは息を吐いた。エレーリヤはおそらく、自分が何をしようとしているのかを完全に理解していないまま学院に来てしまった。彼女は自分の手が赤くなろうとしていることを言葉としては理解しているかもしれない。しかしそれが鉄の匂いを放つことを、実感できていないのだ。
テレナでさえ、本当に実感できていると言えるかどうかは怪しい。彼女が見てきたのはあくまで生きている人だ。戦争の時に臼に入れられた麦のようにすり潰される人たちだ。彼らが死んだ時、どのような嘆きが起こるのか、テレナは知らない。それは戦争を実際に何らかの形で経験した人が、それぞれ異なった印象とともに抱くものだろうと言葉の上では知っている点で、テレナもエレーリヤとそう変わらない場所にいた。
「そう考えなくてはならないのよ。学院にあなたが来たのなら、それを前提としなくてはいけない。角灯主義者が椅子に座り、窓から農村を見ながら何かを言える時期はもう終わっている」
「……そう言う先輩は、貧しさを知っているんですか」
エレーリヤは口を開いた。
「……知っているとは、言えないわ」
「パンを買えず、乳が出ずに子を死なせる母親を見たことがありますか。飢えを凌ぐために育っていない麦を刈り取って、そして食べることもできない人々を見たことがありますか。死ぬよりは良いだろうと死ぬまでの徴兵に応じなければならない男を見たことがありますか。彼らを送り出し、そして彼らを食わせるためだと自分に言い聞かせて来年の種籾を軍に持っていかれる人を知っていますか」
「……それが、あなたがここに来た理由?」
「はい」
エレーリヤは決して愚かではなかった。彼の父は裕福とは言えなかった。官等表の数字は、同時に求められる支出も意味していた。そもそも寒さと飢えがあらゆる民の友人である総権国において、それらは珍しいものでもなかった。
女総権者は、それを変えた。少なくとも彼女はそう聞いていた。だからこそ彼女に憧れ、幾度かの謁見の機会で彼女は国家への献身を示した。そして彼女は女官補として学び、統合王国で社交を磨き、そして学院へとやってきた。
睨むような目を向けるエレーリヤに、テレナは微笑んだ。エレーリヤはまだ不足の多い指し手であったが、時間がそれを解決するだろうとテレナに感じさせるのには十分な力を持っていた。