角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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棋駒は集いて盤上に並ぶ 3

四頭曳きの郵便馬車には、総権国の紋章を刻んだ金属板が取り付けられていた。先触れの馬が来ていたのもあって、学生たちが来客を迎える余裕はあった。だが、馬車から降ろさせようするガルースの手を彼女はやんわりと断った。

 

「ようこそ、陛下」

 

迎えるのはガルース。彼は総権国の作法の専門家というわけではなかったが、外交官として最低限の知識はあった。だが、馬車から降りようとするガルースの手を彼女はやんわりと断った。

 

「構わないでくれ、ガルース教授。私はただの女官だ」

 

「それでも、紳士が成すべき淑女への礼儀というものがありますゆえ」

 

「なるほど、なら異邦においては異邦の作法に従わせてもらおうか」

 

そう言って彼女は手を取って馬車から踏み出す。足取りを見ていたシェプルスキアは、動き回っているわけではないなと判断していた。しかし社交界にふさわしい仮面のような笑みを浮かべた口元に浮かんでいる皺を考えれば、十分と言って良いはずだった。

 

細かな刺繍の入った服の上に、白い毛皮を羽織った人物。総権国の女総権者、エフナチェルカ一世であった。しかしこうやって立っていると、威厳と知恵を見ることはできるが学院の教授だと言われれば納得しそうな空気を纏っていた。

 

「長旅はお疲れでしょう。お先に旅荘のほうへ」

 

「そうさせていただく。……おや」

 

そう言って、エフナチェルカは隣に一歩踏み出した。自分より背の高い、鍛えられた肉体を持つ少女の前に彼女は立つ。

 

「そちらの方、お名前は」

 

「イウェラ家のアズドの娘シェプルスキアと申します、フェナテリア女卿」

 

シェプルスキアの言葉に、エフナチェルカは笑顔を少し変えた。それはもっと素直な、そして野性的な笑顔であった。

 

「うむ。エレーリヤが貴女に勝ったと自慢しておったぞ」

 

これはエフナチェルカによる、ちょっとした挑発でもあった。女官と領主では、どちらが上かと断言するのは難しい。確かに総権国では女官に対しても官等表が適用されたが、それが共和王冠国の貴族制度と対応しているわけではなかった。何より、共和王冠国の貴族には建前以上は明確な上下が存在していないのである。

 

「彼女は強い人物でした。良い鍛錬を受けたのでしょう」

 

「東方随一の猛者の言葉だ、私から彼女に伝えておこう」

 

「以前決闘をした総権国の将軍も実に強かった。あなたの国はそういう人が多い」

 

「ありがとう。彼は負けてしまったが、名誉のうちに死ぬことができた。戦うのであれば、そういう相手であってほしいものだ」

 

そう言ったエフナチェルカは一歩下がり、待っていたガルースの方を見て彼に案内されて旅荘のほうへ進んでいった。

 

「……怖かった」

 

シェプルスキアは隣りに立っていたテレナに、小さく零した。

 

「外から見て恐怖も緊張も感じられなかったわよ、対等にやっていると思う」

 

「殴ったら勝てるってことはわかっても、殴れる気がしなかった……」

 

「まず殴ることを前提に考えるのをほどほどにしなさい」

 

他の学生が慣れたように馬車を停める場所を案内していくのを見ながら、シェプルスキアはテレナの言葉に頷いた。少なくともここは外交の場だ。暴力を一旦置いておくということにして、話し合いによって決着をつける場だ。シェプルスキアはそこを違えるつもりはない。だが、必要な時に拳を握ることで開けるものがあることも理解していた。

 

「……あれが、総権国を率いているのか」

 

「それで、シェプルスキア女卿はあの人物がルメン・デリロスとどのくらいやり合うと思う?」

 

テレナに聞かれ、シェプルスキアは少し考えた。

 

「……圧勝、にはならないとおもう。どちらも。でも引き分けにもならない。微妙な力の差とか、運とか、あとこういうのが外交で使えるのかわからないけど、土地の様子とか天気とか、そういうもので決着が決まると思う」

 

「わかった。……今からでも雨を降らせてこようかしら」

 

「どっちが有利になるかわからないから手を出さないほうがいいよ」

 

「……それもそうね。そう考えるとやはりハッヘンヴルト家は侮れないわ」

 

「傍観者じゃなくて、偵察者だということ?」

 

テレナはシェプルスキアの言葉に頷く。

 

「この冬の学院は、特に社交については彼が取り仕切っている。それなのにハッヘンヴルト家を直接出さず、かと言って統合王国にも総権国にも偏っていない。会場であるこの地域一帯のような文化や料理を踏まえた上で、北側世界を代表する教育機関としての立場を示している」

 

「テレナならできない?」

 

シェプルスキアが聞いたが、テレナは首を横に振った。

 

「……あと二十年、外交の場に身を置いて、同君地域のあちこちを旅できていれば、できるかもしれない」

 

「ああ、熟練の指揮官を部屋の中で作ろうとするようなものか」

 

「そういうこと。実際の戦場に出ていない人は、あまり信用ならないでしょう?」

 

「……みんな戦場を知っているからあまりそういう考えがなかったな、初陣の兵が頼りないのはそれは当然だし」

 

「やっぱり怖いところね……」

 

テレナがそう言うと、仕事を終えた後輩たちがシェプルスキアに指示を仰ぎに来ていた。テキパキと指示をすると、彼らはまた別の仕事へと向かっていく。

 

「テレナはさ、その二人の会談に出るの?」

 

「私が出ないといけないでしょう。アニド卿が立った時の少しの遅れが問題になるし、統合王国の王室の人間が二人もいるのは問題になる。それに私なら単なる伯爵令嬢だから、侍女扱いか何かでそこに立っていることもできる」

 

「……上手くいくといいね」

 

「もしこれで同君地域を止めて、私の故郷と嫁ぎ先をどうにかできても、それは最初に過ぎないのよ。そこからが面倒な作業の始まり。そしてその後の作業も、一つ間違えれば大変なことになる。私たちが相手にしているのは膨大な量の火薬よ」

 

テレナは息を吐いた。まだルメン・デリロスは来ていない。これだけ早くエフナチェルカ一世が来たのは少し予定外だった。雪道でも踏破できる馬車たちがあるのなら、もっと遅く来て、一瞬だけの滞在で終わらせても良かったはずなのだ。

 

それをしないということだけでも、テレナには恐ろしかった。決して有利ではない賭けのために、硬貨を積み上げていくことは相手への脅しかもしれないし、本当に良い手札を持っているのかもしれない。それがわからないからこそ賭けは面白いのだが、テレナはそれを外交でやりたくはなかった。

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