角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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棋駒は集いて盤上に並ぶ 5

「お疲れですな、ガロテーエン卿」

 

食堂での晩餐で、テレナは隣りにいる総権国の外交官に言う。

 

「ああ、そうだとも。全く、我らが女官殿はわがままでね」

 

二人の間に外交的な儀礼はあまりなかった。給仕長が、あるいは来賓の代表が切り分ける肉は良い火加減で、噛むと香草と香辛料の食欲を誘う良い味わいが口の中に広がるものだった。

 

「準備はどうです?」

 

「ヨルワ教授経由で日付は決まった。それまでは待つさ」

 

「一日でも早く戻りたいところでは?」

 

「学院のためだけに西方にきたわけではない。色々と我々にもあるのさ」

 

そう言ってガロテーエンは笑みを浮かべるが、それは無理を押し付けられた外交官が仕事への矜持を頼りに見せるそれだった。

 

「……二人の会談について、詰めておくべきことはあります?」

 

「なぜ彼女がここまで動いているのか、正直わからんのだ」

 

「卿であってもですか」

 

テレナはガロテーエンが総権国の外交における重要人物だと知っていた。彼は公的な立場があるわけではない。ただ、各地を巡り、そしてその上で分析ができる稀有な人物であった。

 

「ああ。外交だの病だの、色々な言い訳があるが椅子にいるべき人がいないのは事実だ」

 

ざわめきに消えるような小さな声でガロテーエンは言う。ただ、周囲の人々は東の果てから来た外交官と、一介の学院の学生の会話にはあまり注意を払っていなかった。

 

「ルメン・デリロスについて、必要であればお知らせしましょうか?」

 

「……我々も、それなりに知っている。そしてよくわからないことを理解した」

 

その言葉にテレナは頷いた。学院において近くにいたはずの人物でさえ、彼の動機がわからなかったのだ。社交界という舞台で仮面を被った彼についてわかることも少ないだろう。

 

「だからこそ、会いに来たわけですか」

 

「ああ」

 

「……もし私の故郷がなくなったら、総権国は私を外交官として雇ってくれますかね」

 

「推薦はしよう」

 

そう言いながら、ガロテーエンは微かな可能性にやっと気がついた。もし彼女がただ単に、故郷を守るためだけに動いているとするならば、学院における背景の見えなさも説明がつく。ただ、それは彼にとってはあまり真剣に考えるべきではない可能性だった。彼にとっては、そうではなかった時の方こそが危惧するべきものなのだ。

 

「助かります」

 

テレナは言いながら、自分の重要な手札を一枚使ってしまったことを理解していた。彼女の野望は些細なものである。そしてそれは、総権国であっても破壊することができる範囲にある。

 

「……テレナ嬢は、手に入れたいものがあるのですな」

 

「ガロテーエン卿はどうでしょうか?」

 

「平民であった身としては考えられる栄達を得ることができた。娘は多くの友人に囲まれ、良い学びができている」

 

「シェプルスキア嬢に勝ったと聞きました。並大抵ではないですよ」

 

「運が良かっただけだとも。父親としては娘に驕るなかれと言わねばならないのが辛い」

 

「そうやって娘は父を嫌っていくものです」

 

テレナはそう言ってコップの中に入った水を飲みつつ、自分の父親について思い出していた。ルグスト四世。歴代のエルンツィンガー伯爵の中で見ればかなりの改革者だが、それはかなり運に頼ったものであった。

 

ウィルトールがルグスト四世のところに紹介されたのは偶然の要素が大きかった。確かにエルンツィンガー伯爵領はなんとかして貯めた資金を活用しようと思っていたし、聡明な娘もいた。ただ、その幸運を掴めたという点で彼は間違いなく有能だとテレナは考える。

 

そしてウィルトールは、テレナに父を嫌うように教えた。それはテレナの心のなかに矛盾による葛藤を生み出したし、それが彼女がウィルトールを裏切るきっかけとなった。

 

「……手紙ではわからないことも多い。娘は、うまくやっていますか?」

 

「私もそこまで後輩と顔を合わせるわけではありませんが、彼女は学院に来て良かったと私は思います」

 

「どのあたりがか、伺ってもいいいいかね?」

 

「もちろんです」

 

テレナは一旦脂で濡れる唇をパンで拭う。

 

「さて、ガロテーエン卿。おそらくエレーリヤ嬢は総権国で色々と学んでこられた」

 

「うむ」

 

「それはどうしても齟齬を生むのです。私が総権国を完全に理解することができないように、社交界に生まれながらにいた人物でない限りできないこともある。つまり、その点で彼女はアニド卿や、あるいはガルース教授に勝てることはない」

 

「戦場でシェプルスキア嬢と勝とうとするようなものだ、そこは目的ではない」

 

「でしょうね。ただ、彼女は小さい修正を重ねて今の間は対処できている。それはもともとの教育が良すぎたことを意味するのかもしれません」

 

テレナの言いたいことをガロテーエンは理解した。しかしそれは後継者を育てる外交官としてはまだしも、一人の娘を持つ父親としての立場としては選びにくいものだった。

 

「……一度、決定的に打ちのめされるべきだと」

 

「そうですね。もしよければ、会談に彼女を連れて行くといいと思いますよ。私もアニド卿に頼んで参加しようかと」

 

「おや、恐ろしい。それでは二者の会議ではなくなってしまう」

 

「統合王国の改革の担当者をつけるべきでしょう、まだ彼は僧なのですから」

 

テレナはそう言いながら、ガロテーエンの様子を見ていた。文脈からすればそれはアニドが鍵のかかった部屋の中心人物であるというほのめかしなのだが、テレナの目に見える反応をガロテーエンはしなかった。

 

もちろん、会談の場に立てばテレナが重要人物であることはすぐに分かるだろう。それは今後の長期的なやり取りを考えれば、僅かな誤差に過ぎない。しかし、たった一度の重大な会談において、少なくとも読めない側の陣営が想定していない人物が出るというのは小さくないとテレナは考えていた。

 

「……そうだな、こちらは経験者だ。手加減をするべきだろうか?」

 

「手を抜くべきではないと思いますよ。彼は間違いなく強い。情勢を読み、耐えることを知り、そして動くべき時に動ける。それは官僚でも指揮官でも、あるいは王でも重要なことです」

 

そう言いながら、テレナは女総権者が動くべき時だと判断した理由について考えていた。ルメン・デリロスをある程度知っていなければ、ここまで動くことはできない。間接的な接触の機会は幾度かあっただろうが、どの程度つながっているのかを見極めることも重要だなと考えて少なくなっている肉の盛られた皿を見た。

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