その会合は、非公式に行われた。
空き教室の一つ。学生を含む複数の警備。そして部屋の中には、限られた人だけが集まっていた。
「待っていたぞ、ルメン・デリロス卿」
椅子に座っていたエフナチェルカは、部屋に入ってきたデリロスに席も立たずに言った。女官が王子に対してこのような態度をとるのは儀礼上は不遜であったが、もし彼女が女総権者として振る舞っているなら妥当なものだ。
「お初にお目にかかります、エフナチェルカ陛下」
デリロスは頭を下げ、椅子に座る。部屋にいる学生はテレナとアニド、そしてその護衛としてのシェプルスキアだった。女性の学生である以上護衛の格のような問題があったが、おそらくこの部屋で一番強い人物である以上誰もその方面には口を挟まなかった。ヨルワ教授とガロテーエン教授も見届人として来ていた。ルメン・デリロスの後ろにはリュクバーンとエネトが、エフナチェルカの後ろにはガロテーエンとその娘のエレーリヤがいた。
「さて、周囲に色々といるが本題に入ろう。まず一つ、質問させてくれ」
エフナチェルカは眼前の男を見ながら言った。若い。知られている年齢よりも一つか二つ、幼く見える。それは彼が苦難を経験してこなかったのか、それとも今までの経験を苦難とも思わない強靭な精神を持っているのかのどちらかだった。
「なんでしょうか、陛下」
「やめてくれ。エフナチェルカか、なんならフェナテリアで構わん。学院の卒業生同士だ、先輩と後輩の関係といこう」
エフナチェルカの言葉は流暢な、しかしどこか訛りのある統合王国語だった。
「……ではフェナテリア女卿。何を聞きたいのですか?」
「君の師匠は誰だ?君が動いたのは宮廷にいた頃ではない。その頃にはもう繋がっていたのかもしれないが、例の本の出版の動きは早く見積もっても君が婚約を破棄する半年前程度に過ぎない。そして婚約破棄の後の動きは、本が出されることを知ってのものだ」
デリロスはそう言うエフナチェルカに頷いた。
「はい、その通りです。さすがフェナテリア女卿、僕の師匠の一人はあなたです」
「……下手ではないかね?」
エフナチェルカはデリロスの言葉に少し顔を歪めた。
「……統合王国は、中途半端に統合されてしまっています。ルメン七世が集めようとした権力も多くの反対を受け、父の統治の下では仕事をしない怠惰な貴族が宮廷に溢れています」
「だから彼らを消し去るというわけか。市民の支援を受けて」
「官等表を活用して本当に働ける人を見出した総権国のやり方と、似てはいますよ」
「違うね」
エフナチェルカは断言した。彼女の目には、自分の改革と比べてデリロスが目指しているものはより危険に思えた。もちろん、エフナチェルカのやり方も安定していたわけではない。しかし、それでもなお危なすぎるように思えたのだ。
「どこが違うのでしょうか」
「総権国には、まともなものはなかった。統合王国には既に多くのものがあるだろう。優秀な官僚が既にいた。地方を任せられる信頼できる公爵がいた。教会も独自に腐敗をどうにかしようとしていた。君が動く必要はなかったはずだ」
エフナチェルカは統合王国をよく調べていた。そして、その上で、彼女は婚約破棄を誤りだったと考えていた。そこから王室派と地方派を妥協させ、そして緩やかに実務者を評価していく体制を作る。それができれば、彼の晩年にはより強い統合王国が生まれていただろう。
「……それでいいなら、父がやっていました。でも、あらゆる問題があった。地方貴族の中で王室と対等に意見を交わせる人は少ない。購官貴族を含めた富裕層の声は大きくなっているのに、うまく届いていないから彼らに不満が溜まっている。そして、今変えなければ、今苦しんでいる人を救うことはできない」
「……植民地の惨状にでも、心を乱されたか?」
エフナチェルカは言う。総権国は海を超えた先にある植民地を持ってるわけではなかったが、荒涼とした土地に行く度も送られた遠征隊の成したことを知っていた。
それはある意味では勇気ある旅であった。困難を乗り越え、軍勢と戦い、新しい住める土地や集落を見つけ、彼らを繁栄させるための多くの取引をした。
しかし、同時にそれはある意味で蛮行の旅であった。彼らは殺し、奪い、従属させていった。その血生臭さは、かつて草原を支配した首長たちのものに匹敵しうるものだった。
そして同じようなことは、新大陸でも行われていた。
「……それだけではありません」
「なるほどな。まあ、デリロス兄の意見は理解した。ただ、どうやって私を知った?」
エフナチェルカは考える。彼女は学院を卒業してから統合王国に行ったことはない。ずっと総権国の中だった。確かに数度、騎士団領や共和王冠国、あるいは同君地域まで行ったことはあるが、それまでだった。
ルメン・デリロスが自分を師と呼ぶのは理解できなくはない。エフナチェルカから見ても、自分の方法を真似たのだと言われれば確かに共通点を見出すことはできる。しかし、はるか東方の事情を宮廷にいて、あるいは学院にいて知ることは困難なように思われた。
「統合王国には陛下の国に行った人が多くいます。彼らが語ってくれました」
「……ああ、なるほど」
思っても見なかった形で影響が出るのだな、とエフナチェルカは微笑みたくなる気持ちを抑えた。それは本来もっと時間をかけ、少しずつ広まっていく予定のものだった。しかし、ルメン・デリロスという正解にすぐ当たってしまったようだった。
「権力を握らなければ、必要なことは成せない。僕にはそれができる血があって、それを成さねばならなかった」
「そのために統合王国を分断しようとして、か?もし一つ間違えれば、地方と首都の大規模な衝突が起きていただろう。君が破棄した婚約は、それを起こさないためのものだった」
「わかっています。それでも僕は自分が間違っているとは思っていない」
デリロスの目を見て、エフナチェルカは息を吐いた。このような人物は強情だ。彼女の従える貴族の中にもこのようなものはいる。しかし、彼らは自分の納得できることであればあらゆることを成し遂げるのだ。
二人の会話をテレナは黙って聞いていた。もし彼らが将来の統合王国について語りだしたのであれば、具体的な理念について述べることができるのはここでは彼女だけだった。