角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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棋駒は集いて盤上に並ぶ 9

ルメン・デリロスは息を吐いた。テレナの問いかけに、彼は答えを持っていた。

 

「……誰を敵にするか、か」

 

そう呟く彼は断罪されるべき人を作り上げることができた。一度信じた人物が裏切り者だと知った時に、人はその相手を古くからの敵以上に憎み、攻撃するものだ。ただ、それをここで言うわけにはいかなかった。

 

それはルメン・デリロスの究極の伏せ札であった。そしてそれは相手の攻撃を一回だけであればいなせるものだった。

 

「ええ。今は貴族の一部に留まっている。ええと、あと誰がいるかしらね。管区の腐敗した聖職者?請負人への憎しみを煽るのは古典的な手段よね。最終的には市民同士で争わせてもいいわけだし」

 

テレナはそう言いながら指を折っていく。もちろん、一つ一つを丁寧に使い潰すことができれば理想的には安定して敵との戦いという状態を継続させることができるだろう。

 

シェプルスキアはテレナの言いたいことがある程度わかってきていた。普通の軍隊は常に戦をするようなことをしない。傭兵団の精強さは、経験に依存しているところがあった。

 

おそらく、国家もそうなのだろう。対立を繰り返していれば、対立に慣れることができる。しかし慣れてしまえば、それは一瞬で終わってしまう。薪を少しずつ入れていけば一晩保つかもしれないが、大きくなった火に投じ続ければすぐに燃え尽きてしまう。

 

「……そうならないように、全国民会ができているのだろう?」

 

アニドはテレナを見て言う。

 

「あれを運用するためには、少なくとも最初は中立的で話がわかって、かつ半分を超えない多数派を宥めることのできる人物が必要よ。少なくとも今の議席配分だとそうなる」

 

「……教会枠で僕も参加が決まっている。だから、彼らの望むものを代弁し、落ち着かせ、そして相手を動かすことはできる」

 

「普通なら大げさな発言なのだけれども、ルメン・デリロスならそれができるだろうと思わせるだけの格はあるのよね」

 

テレナが言うと、エフナチェルカも頷いた。少なくともルメン・デリロスは、今の統合王国の新聞から嫌われているわけではない。彼がまだ沈黙していることに不満を持つ記事作者も多いのだ。

 

「彼の話題が出る時には、新聞はよく売れるらしいじゃないか」

 

エフナチェルカは言う。それは彼女が毛皮売りから集めた噂をまとめたものだった。

 

「おそらく国民議会の内容はすぐにあちこちに出回るでしょう。ルメン・デリロスを下手に批判なんかしたら、彼らは記事作者の次の題材にされるでしょうし、そうやって敵を作っていくつもりでしょう?」

 

テレナの言葉を聞きながら、デリロスはその方法の有用性を理解してしまっていた。デリロスが既に考えていた以上のことが起ころうとしている。自分であればその全てを御し切ることができると考えるほど彼は傲慢ではなかったが、自分がそれを御することができなければ統合王国はより破滅的な結末を迎えることを彼は理解していた。

 

「……そうするべきではない、と僕は知っている」

 

「理解できていれば、起こすことはないとでも?」

 

デリロスに向かって、エフナチェルカは言う。

 

「……難しいことはわかります。けれども、統合王国は愚か者ばかりではない」

 

「賢しいからこそ問題なのだ。誰もが愚かで、裏切りなど恥だと考えているならば問題ない。己だけ裏切れば利を得ることができると誰かが気がついた時、裏切りと猜疑が始まるのだ。それを解決できるには、私が言うところの恐怖か、君が作ろうとしている熱狂ぐらいしかない」

 

エフナチェルカの治世において、彼女は賢かった。長らく仕えた領主たちでさえ、文字が読めないことも珍しくはなかった。彼らに一見わかりやすい利益を渡し、それと引き換えに重要な特権を引き渡させることは幾度かあった。

 

彼らは領民を物として扱っている。だからこそ、エフナチェルカはそれを金で買うことができた。まともな老農夫に、謙虚で聡明な若者をつける。そうすれば時間はかかるが、その地域を安定させることができる。税を取るのはその後でいい。もとより、徴収した税を玉座に運ぶことすら最初はできなかったのだ。

 

そうしてできた賢い層は、今はエフナチェルカに忠誠を誓っている。だが、それでは続かないのだ。自身が目に見えて力を失った時、玉座を退くことをエフナチェルカは仕方のないことだと考えていた。心臓を短刀で貫かれるか、薬によって血を吐くか、そういう終わり方であったとしても、それ自体を恨むことはない。

 

ただ恐ろしいのは、自分の亡き後の総権国が続くだろうかということであった。彼女は一代の栄光を望むわけではない。百の敗北を重ねようとも立ち続ける国家をこそ望むのだ。だからこそ、この場に総権国から学院に来ているエレーリヤがいるということは最上級の幸運であるとエフナチェルカは思っていた。

 

「そのために法があります。法は賢いものが読むことによって、彼らを縛り付ける」

 

「そのためには法を作るものは彼らより賢くなければならない。冷海同盟における法のあり方を知っているか?」

 

デリロスは小さく頷いた。おそらく、冷海同盟は最も実用的な法体系を持つ地域だ。それは複数の年や国家の間でも通用するように計画され、判決を裁判によって行うことのできるようにしたものだ。ただ、その対象は取引に重きを置いている。刑罰を定めるものでも、あるいは軍や官僚を定義するものでもないのだ。

 

「彼らは欲の、あるいは彼らの言うところの定めの業に対して誠実であり、そして知恵を注ぎます。だからこそ彼らはあれだけの富を築くことができた。統合王国の民は忠誠と規律、そして正義において秀でていると僕は考える。だからこそ、そのために法があれば、彼らはそれに従うだろう」

 

「結局作るのは法律家ですよ。王子でも僧でもない。ま、それでも彼がいなければ方向を指し示せすのは隣国の学生です。それでも今より良いと彼らが考える程度には、今の統合王国は危ないのですよ」

 

テレナはデリロスの言葉に補足するように呟いた。実のところ、多くの統合王国の実務家たちはテレナのことを知らない。多くの手紙はアニドの名義によって出されたし、彼らと学院の間のやり取りは彼ら同士のやり取りに比べれば僅かなものだった。

 

テレナたちは不満と活用されない能力という薪たちに火をつけたに過ぎない。ただ、それはずっと燃えるわけではなかった。

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