角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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白雪の中で議論は始まる 7

「ええと……ここ?」

 

シェプルスキアは手元の印刷された城塞趾の間取り図と眼の前の扉を見比べていた。

 

「そのはずね」

 

後ろからテレナも覗き込んで言う。間取り図では何も書かれていない図書室の隣りにある白い空間に、ヨルワ教授の綺麗な筆記体で「印刷室」と書かれていた。

 

「インクの匂いがするし、ここでいいはず」

 

「うん」

 

そう言って扉を開けると、中には椅子に座って手を動かしている二人の人物がいた。壁に並んだ持ち運べるようになっている棚には仕切り付きの箱に入った鉛の活字が並べられており、老人と青年がひたすらその活字を並べているのだった。

 

「おっ嬢ちゃん達が手伝いか?」

 

訛りのある、高貴さを感じさせない雑な口調で老人のほうが言った。

 

「うん、あたしはシェプルスキア、こっちがテレナ」

 

「そりゃいい、まあともかく今は人手が必要なんだ、そっちの背の高い嬢ちゃん、シェプルスキア嬢か?力がありそうだし、印刷機も動かせるだろうな」

 

そう言っている間にも老人は手に持った木の枠に一行分の活字を並べ終えており、それを崩さないように印刷台の上に移していた。

 

「……っと、儂ばかり話すのもあれだな、後のことは弟子に聞け」

 

そう言って、老人はまた作業に戻っていった。

 

「……ごめんね、親方はああいう性格で」

 

「あたしは構わないよ、ああいう人の仕事は信頼できる」

 

申し訳無さそうに立って言った青年に、シェプルスキアは言った。テレナもかつて家庭教師と回った領地の見学の中で他人とのやり取りよりも自分の仕事に集中したいと思う職人にあまり声をかけるべきではないことを理解していたので、静かにシェプルスキアの後ろで頷いた。

 

「ええと、僕はデラツ。あっちのお爺さんがルドーレ。この印刷室の親方……って言いのかな、普段は本の修復とかもしているんだけど、今はほら、色々と印刷するものが多いでしょう?」

 

そう言って、デラツと名乗った青年は油と金属粉とインクのついた手で木でできた棚のようなものを指した。

 

「……乾燥棚、ですか?」

 

細い木の棒が並べられ、通気性が良いように作られているらしい棚の中には一枚づつ紙が入っていた。

 

「そう。テレナ嬢だよね。印刷についての知識は?」

 

「理屈は最低限は。触ったことはありません」

 

「わかった。印刷の説明をするから、こちらへ。指を挟まないように注意はして」

 

そう言って、デラツは印刷機を見せた。大きな金属で補強された木の枠組と、版と紙を押し付けるための引き棒。実際にデラツが操作してみせると、その動きは比較的単純であることが二人にもわかった。

 

「この下の部分にインクを付けて、ぎゅっとこの棒を引いて持ち上げればいい。力の入れ方は慣れればすぐわかるよ」

 

そう言って、デラツは刷り上がった紙を二人に見せた。

 

「これはヨルワ教授主催の議論会の参加者名簿ですか」

 

「そうだね、まあ僕達は渡された原稿のままに文字を並べるだけだから」

 

紙を読んだテレナにデラツはそう言った。周囲にある刷り損じと思われる紙にはシェプルスキアが先程まで持っていた城塞趾の間取り図や議事進行の流れについて書かれたものもあった。

 

二百五十年前の活版印刷の発明は、同時期の新大陸発見と並ぶ南側世界の成果である。しかし今では北側世界で多くの改良が加えられ、学院のような機関でも常設されるほど一般的な装置にまでなっている。

 

例えば会合において話し合われる内容や参加者の名簿は、事前に印刷されることが珍しいことではなくなった。並べた活字の型を石膏で取っておけば再印刷も難しいものではないし、間取り図のようなものは事前にまとめて印刷しておいてから追加で必要な文字を重ねて刷ることもできる。

 

こういった作業は、たまたま同時期に学院で行われる複数の会合を混乱せずに進めるためにも不可欠であった。少なくとも建前としては、冬の学院で行われる会合はそれぞれ無関係ということになっている。

 

例えば先程印刷されたヨルワ教授の主催する議論会は、主に学術的問題を扱うものだ。一方で呼ばれる数学者のような専門家は、同時に各地の経済にも精通していた。

 

あるいは学院の運営理事議員の定例会合。はたまた卒業生の同窓会。ファーネスタの父であるテワドレーム公爵が参加するのは冷海同盟関連との貿易会合ということになっていたし、他にも小さな舞会(デセ)や、書類はほとんど作られてはいないが東方情勢についての情報交換会のようなものまであった。

 

ただ、テレナはシェプルスキアと協力して印刷をする中でその実態があからさまなぐらいにはっきりしていることを理解した。冬の学院は、表向きには会えない人物の間で秘密裏の話を行い、実際の書簡や外交官によるやり取りの前の実務的なすり合わせを行う場所であるのだ。

 

「ねえテレナ、これってネア先輩のお父さんじゃないかな」

 

荒い布地の作業服と前掛けをつけたシェプルスキアが印刷機の引き棒を持ち上げて取り出した紙には、確かにティツン商会総経理の名前があった。

 

「本当ね。……もしかして、ネア先輩はまた学院に戻ってくるのかしら」

 

そう遠くないうちに、というネアと別れる時の意味深長な言葉はそういうことだったのではないか、と思いながらシェプルスキアと同じ格好のテレナは棚に印刷された紙を並べていく。二人での作業は初心者にしては手際が良く、活字が組み上がるとすぐに印刷をすることができた。

 

印刷された紙は関係者に確認が回され、問題がなければそのまま配られることになる。もしなにか文字が間違っていることがあれば、場合によっては全部が刷り直しとなる。他人の名前を間違えることは失礼ではあったが、このような印刷物に誤字脱字はつきものであったのでそこまで問題になることもなかった。とはいえ、正確であることに越したことはない。

 

テレナはそのような文章の確認も担うようになっていた。もちろん他の学生も印刷室で手伝いをすることがあったし、手際の良い上級生の作業速度をじっとシェプルスキアが観察することもあった。

 

窓の外から見える周囲の景色は次第に白くなっていき、村落も増えた来客に対応するために多くの人手を割いていた。普段の学院以上にしっかりとした料理が必要となるし、暖房のための薪も船で運ばれてくる。人手はいくらいても足りなかったが、学院の予算には限りがあったし、この会合に参加させることのできるだけの学生も限られていた。

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