角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める
試合は終り事後を修める 1


「……勝てるか、あんなもん」

 

テレナは冬の学院の間の宿である下級生の寮に戻って、寝台に倒れ込んで呟いた。身体が重かった。あらゆるものを使い果たしたような疲れがあった。だが、ここで十分に休息を取れるほどの余裕はなかった。

 

「テレナ、大丈夫?」

 

「大丈夫なわけないでしょう、ルメン・デリロスも、エフナチェルカ一世も、あの部屋にいた誰もかも、指し手としては一流よ。相対的には弱いかもしれないエレーリヤやあなただって、間違いなくそこらの領主より強い」

 

本来であれば、一介の伯爵令嬢が座っていい席ではなかった。今後もしテレナが相当に成功したとしても、せいぜい夫が公爵にどういうわけかなって、公爵夫人としての立場を手に入れるのが限度だろう

 

「そうかな……。確かに軍を率いて戦うとかで、それで同じような兵数なら勝てるとは思うけど」

 

「……一応あなたは学院の一通りの授業を履修したのよ、普通はそれすらできずに領主になって、そこまで学んでいない官僚を使ってどうにか領地運営をしなくちゃいけないの」

 

「あまり学べてない気がするけど、それはあたしが実際の統治っていうか指揮を知ってるからかな」

 

「おそらくそうね。普通は学院を卒業してから一回現実の厳しさを知るのよ。それがないのは良いいことか悪いことかは知らないけど」

 

そう言いながら、疲れているはずのテレナの頭の中には今後の計画がいくつか描かれていた。少なくとも、統合王国の安定についてはルメン・デリロスに賭けられる状態になった。ハッヘンヴルト家も総権国が統合王国の側につくのであれば動きを躊躇するだろう。それで十分だ。

 

「……テレナは、これからどうするの?」

 

「論文を仕上げて、故郷に戻って、それでハッヘンヴルト家に従わなくていいだけの準備をするわよ。あと数年では衝突しないとしても、ルメン・デリロスに率いられたフェルヴァジュの地がずっと安寧というわけじゃない。外征に出るかもしれない。国境地帯の争いを口実に介入してくるかもしれない。あるいは冷海同盟や総権国の策略のために軍を動かすかもしれない」

 

「テレナはさ、ずっと戦うんだね」

 

「そうよ」

 

それが貴族である、とテレナは考えていた。兵士はうまくいえば、故郷に戻って平穏に暮らすことができる。貴族にはそれがない。彼らの贅沢な暮らしはよく批判されるが、常に戦場にいるような人物が些細な酒と食事でその心に染み付いた恐怖を取ることができるだろうか。

 

「……傭兵はさ、やめることができるんだ」

 

シェプルスキアは、呟くように言った。

 

「そうなの?」

 

「もちろん、辞めてどうするかっていうのは考えなくちゃいけないよ。でもイヴェリャン団だって、人が集まるときもあれば去るときもあった。もちろんそこで残ってその地の軍に入ったり、あるいは畑を耕したり、そういうのが幸せなのかもしれないっていうのは、子供の時には思ってた」

 

「……団長の娘は、そこから逃れられたの?」

 

テレナは目の上に乗せていた腕をずらして、薄く開けた目でシェプルスキアを見た。シェプルスキアは小さく首を横に振った。

 

「難しかったかな。でも、父さんはあたしにその才能がないって思ったら安全な場所で暮らせるようには……してくれたかな……」

 

シェプルスキアの記憶にある父のアズドは、娘には厳格に振る舞おうとしてどこかうまく行かない男だった。今となればわかるが、彼も必死だったのだろう。おそらく赤子だった頃の娘は、どの兵よりも聞き分けが悪かったに違いない。

 

「……大変ね」

 

「まあ、あたしも帰ったら適当に婿でも取るから親の立場ってのは嫌でもわかると思うよ。戦争と同じで経験しないとわからないってみんな言ってたし」

 

「周囲に話せる大人がいるのはいいことね、伯爵令嬢だとそういう相手も少ないのよ」

 

「学院で色々やってわかったんだけど、学院に来る人ってだいたい変人で、テレナはその中でもとびきりだよね」

 

「シェプほどではないわよ」

 

「そうかな……」

 

きょとんとするシェプルスキアに、テレナは小さく笑った。そして、寝台から身体を起こす。

 

「さて、続きをするよ」

 

「ふらついてない?」

 

「女総権者があと数日いるうちに、ここに来ていてそれを理解するだけの人が接触するはず。彼らについてはある程度知らないといけない」

 

「あー、そういえばいたね。前に踊ったどっかの商会の」

 

「白氷海貿易社。彼とまた踊ってきたら?」

 

「うーん、舞会に行ったら会えるかな」

 

「避けてくるかもね、前はかなり踊ったんでしょう?」

 

テレナは三年前を思い出していた。あの時の冬の学院は、テレナがかすかな噂でしかに聞いたことがないものだった。今となっては、テレナの顔を覚えている来訪者は多い。今後も妻という立場であれば、数年に一度であれば学院に赴くこともできるだろう。

 

幸いテレナは貧乏な伯爵家の夫人になる。見栄を張るぐらいなら、総権国の紋章のついた郵便馬車にでも相乗りさせてもらうぐらいのことは考えていた。

 

「楽しかったな……いや、テレナとその後に踊ったときのほうが楽しかったけど」

 

「はいはい」

 

テレナは立ち上がり、靴を履き、そして枕元においてある東方風の刺繍が入った布を取り、首に巻く。

 

「あ、それつけるんだ」

 

「東方の領主の付き人をやりたくなったのよ。統合王国とか総権国とかはあくまでおまけ。今夜はシェプの好きなようにしていいわよ」

 

「えーと、それじゃあ同君地域の東側の様子と、あと大君侯国の話かな。そのあたりの噂はたぶんツィノドに戻ったほうがわかりやすいけど、こっちの人がどう聞いているかっていうのはあたしにしか知り得ないことだから」

 

「さすがね」

 

テレナはシェプルスキアの理解の深化にいつも驚いていた。確かに言われればそれはわかる。しかしそれは一流の謀略の水準にあった。もちろんかつてのイヴェリャン団が下手な仕事を受けないように重ねてきた警戒の歴史はあるのだろうが、それを知り得ない人物から見れば彼女のやることは知らぬ間にあった陣棋(シャセ)の駒が帝を狙っているようなものに映るだろう。

 

「夏が来たら戻るわけだから、今のうちに手紙を送る相手から送り先を聞いておかなくちゃいけないし……けっこうやることはあるね」

 

「いいことよ、統合王国の陰謀に絡むよりよっぽどまとも」

 

そう言いながら数歩進んでよろめいたテレナの腋の下から手を入れ、シェプルスキアは身体を支えた。

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