角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める 4

「テレナさん、地方民会についてはご存知?」

 

雪が溶け、来賓が帰り、学生が戻り始めた学院。上級生の女子寮の談話室で、テアリアはテレナに声をかけた。

 

「そりゃまあ……いや、詳しくは知らないかも」

 

「私の父が代議士として選ばれたわ」

 

「それは……大変だね」

 

テレナは呟く。一応代議士は市民の代表ということになっていたが、それは市民による選挙で選ばれたという意味であって、貴族であってはならないという意味ではなかった。そもそも全国民会のためにある程度時間的余裕を確保できる地位にある人物を考えれば、どうしても貴族が多くなるのも当然である。

 

「……私は、父のためになにかできるかしら」

 

テアリアの言葉に、テレナは首を傾けた。おそらくテアリアの父は地方派の中心人物、テワドレーム公爵の指示に従うだろう。むしろそういう人物だからこそ代議士として選ばれるように工夫されたのかもしれない。なおテワドレーム公爵は紫旗連隊の代表者として全国民会に出ることが決まっていた。

 

「難しいと思うよ。混乱してるだろうし、代議士長についてはなにか言われるかもしれないけど」

 

「……ねえ、本当に代議士長は彼になるの?」

 

テアリアはその名前を言いたくなかった。テアリアはテレナたちが聞いたルメン・デリロスの告白を聞いていない。彼が持っている覚悟と、そのために犠牲にできるものの大きさを知らないのだ。ただ知らないほうが多分楽だろうな、とテレナは考えていた。

 

「おそらく。もちろん、変わる可能性もあるけど……他の候補っている?」

 

「いないと思う」

 

「そうなんだよね……」

 

テレナは息を吐いた。代議士長は全国民会の代表者、ということになっている。もちろん全国民会に参加する全員が代議士というわけではないが、こういう些細な名前一つで手に入る利益であれば妥協しようという動きを法案を固めたバシェツはやっていた。

 

「……彼は有名人なのよ。植民地についての告発だって、有名になっていた」

 

「彼が今後の統合王国において重要な役割を果たせると思う?」

 

「……王よりは噂されると思う」

 

「まあそのくらいか」

 

ルメン八世の公式見解は王室を通してしばしば出ていたが、それは彼自身の決断というよりもより広い、大臣たちの意見を合わせたもののようにテレナには思われた。とはいえそれは悪いことではなかった。実際のところ、テレナたちがやっていたのも多くの意見を大きな矛盾をしないように調整していって、ある程度の人が妥協できる点に持っていくことだったからだ。

 

しかし、その苦労も終わる。全国民会がその仕事をしてくれる。もちろん、宮廷社交界と邸宅社交界は残り続けるだろう。それは妥当なことだ。全てを全国民会で決めていては時間がかかりすぎる。おそらくしばらくすればいくつかの集団ができるだろうし、そうすれば他の地域の議会のようにまとまった影響力を行使し始めるだろうとテレナは考えていた。

 

「……テレナさんは、あれを実現したのですか?」

 

「私が全部やったわけじゃないよ、ちょっとは触ったけど」

 

「普通は学院の学生は関与しないのですよ……」

 

テアリアは少し呆れたように言った。テレナも頷いた。

 

「疲れたけど、いい仕事ができたよ。結局今回の冬の学院ではそこまでの仕事をしなかったし」

 

「本当ですか?」

 

「うん」

 

「……よかったですね」

 

テアリアは心からそう言った。彼女の友人は冬の前の時と比べて落ち着いていて、どこか肩の力が抜けているようだった。

 

「まあ、もう私にはどうしようもない所まで来てしまったからだけど」

 

「どうにかできていたほうがおかしいのよ?」

 

「わかってますって、テアリアさん」

 

「……悩みすぎよ、私なんて卒業してすぐ教員をやりますって堂々と言っているんだもの、このぐらい自信を持ちなさい!」

 

テアリアはもはや誰かに追従することしかできない少女ではなかった。彼女の尊敬する女性は今やフェルヴァジュ管区の重要人物であり、テアリアも彼女の故郷の近くに新しくできる教育機関で働くことが決まっていた。

 

「誰かを教えることの責任を理解しているの?」

 

「どうせ学院にいたって学べなかったことを私はファーネスタ様から多く学んだから、悪い教師であっても学生は良い学びを勝手に得るわよ」

 

「無茶な事を言う……」

 

とはいえ、テレナはそれにある程度同意していた。学院には多くの素晴らしい教授がいるが、彼らから学べることは一部に過ぎない。多くの学生はここで学んだことよりも、その後の仕事で学んだことが多いだろう。

 

それでもなお、学院には教育の点で意味がある。それは学び方を学ぶ場所でもあるのだ。家庭教師から学べば、それは一人のやり方を模倣することになる。多くの教授の様々な授業を聞き、その中で自分の将来に合わせてやり方を考えるというのは、学生にとって良い訓練になるのではないかとテレナは考えていた。もちろん、そこに達しない学生も少なくなかったのだが。

 

「テレナさんは、卒業したら故郷に戻るのよね」

 

「あー、微妙にそうなんだけど違うんだよね。嫁ぎ先が隣の伯爵領でさ」

 

「小さい世界ですのね……」

 

「公爵令嬢と王子の結婚だって隣同士の付き合いみたいなものでしょう」

 

「そうだけどさ。手紙の送り先ぐらいは教えてもらえる?」

 

「ハゼウ伯爵領って書けば多分大丈夫よ、そっちの家の紋章入りのものならまず確実に届くだろうけど、そうでなくともそもそも手紙なんて来ないから」

 

「……あのね、テレナさん。私の父でもそれなりに手紙が来るのよ」

 

「……卒業後の私の居場所を他の人達に知られたら問題になると思う?」

 

「私は困ったことがあったら助けを求めるわよ。そういう人がどれだけいると思う?」

 

テレナは目を閉じて、候補を考える。テレナの名前を直接出したことは決して多くはなかったが、それでも重要人物を何人か挙げることはできた。

 

「……まあ、返信はがんばってやるよ。私が表立ってなにかすることはないだろうから、時間は作れるだろうし」

 

「大変そうだけれども、テレナさんならできるわよ」

 

「安易に言わないでほしいと言いたいところだけど、テアリアさんが言うなら多分大丈夫なんでしょう」

 

そう言ってテレナは笑った。かつてシェプルスキアを嘲笑った公爵令嬢の取り巻きの一人とこういった関係になれることは、その公爵令嬢の前で頭を儀礼的に下げた時には思いもよらないことだった。

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