角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める 7

「それでは、テレナ・ノイーズ・イルデネ嬢」

 

「はい」

 

テレナははっきりと答え、ゆっくりと息を吐いた。彼女を取り囲む教授たちは、既にテレナが出した論文を読んでいた。

 

「……あなたはすでに婚約者がいる身ですよね」

 

そう尋ねるのは学院教授のヨルワ。ハッヘンヴルト家傍流のギローツテア家出身にしてパステリアス伯爵夫人であり、しばらく離れているとはいえそれでも統合王国の宮廷社交界ではまだ忘れ去られていない人物であった。

 

「そうです」

 

「つまり、統合王国に今後関与することはない」

 

「そうは思いません。地域間の貿易を考えれば、私の領地は統合王国の影響を受けます」

 

「それでも、統合王国の政治に関与するのは難しいのではないでしょうか?」

 

もちろん、これを尋ねているヨルワは彼女が統合王国を動かしたことを知っている。それはそれとして、この卒業審査のための論文の前提を確認するためにこの会話が行われているのだ。テレナはそんなことはもちろん理解していたが、だからといってうまい言い訳が思いつくわけではなかった。

 

「……そうかもしれません。ですが、統合王国はもはや閉じこもったものではなくなるでしょう」

 

テレナの言葉を聞いて、教授たちはじっと彼女を見た。確かに、彼女は論文にそう書いている。全国民会とその前提である地方民会がより整備されれば、国境を通した影響が増加する。彼女はその根拠として共和王冠国で行われている他国からの介入について述べていた。

 

「それは統合王国を不安定にするのではないですか?」

 

「物事には両側面があります。すぐに動けるようにするためには、両足に均等に体重を分散させてはいけません。軸足に身体を委ね、もう一方の足で大地を蹴る必要があります。すなわち、素早く動く体制は表面上は不安定に見えますが、しっかりとした軸を持てばその矛盾は解消されます」

 

そう言いながらも、テレナは自分の例え話が本当に正しいのか訝しんでいた。統合王国の強い軸足の一つは、貴族制度である。それは父親が息子たちの地位を保証し、息子たちは父のやっていることを学べばいいという形を取っていた。師匠が弟子を取るように、それは効率的な方法なのだ。

 

それについても述べるべきだったな、とテレナは少し悔やんでいた。都市における人口の増加は、そういったゆっくりとした、職人による教育を難しくしている。基礎学校を拡大し、一人の教師が多くの生徒に汎用的な知識を教え、そして彼らが散らばって誰にでもできるような仕事をする時代になっていた。

 

「……なるほど。軽やかな動きを前提とするのであれば、そこに友好の可能性がある、と」

 

テレナは頷いた。外交というのもが、今後は国家と国家のものではなくなるのだ。もともと貿易や交易は国家が見えないところで行われることも多かったが、それがもっと多くなる。むしろ、国家の拡大によって交易が飲み込まれると言うべきか。

 

「ん、ヨルワ教授。次はこっちが質問してもいいかね?」

 

そう声を出すのは数学の教授であるガルドーであった。久しぶりに会った顔にテレナは改めて背筋を伸ばす。北側世界で指折りの数学者である彼が教授とはいえテレナのような学生の卒業論文の審査に顔を出すのは少し珍しかったものの、ないわけではなかった。

 

ヨルワが頷き、ガルドーが主導権を握る。

 

「どうやって数字を使った?いや、もちろんここにある説明の多くはセラベールの報告書か、あるいは金銭的なものではなくもっと概念的なものだ。ただ、時折そうではないものも混じっているな」

 

「具体的にはどのあたりでしょうか」

 

「例えば代議士の数の話だ。確かに他の地域の議会と、その選出に必要な期間と手間を比較した上で、拡大していくだろうと見るのは方向としては悪くはない」

 

その言葉を聞いてテレナは小さく喜びとともに拳を握った。こと数字において、ガルドーは比類なき人物である。国家財政、造船の計算、あるいは天文学のような分野において、彼は幅広く論文を書いていた。もちろん彼は数学となるまで解体されたそれらの問題に取り組むのが忠臣であったが、それは彼の知性と理解が純粋な、あるいは仮想的な数学のみにあることを意味しない。

 

「はい」

 

声が震えないように気をつけて答えながら、テレナはガルドーを見た。

 

「では、これらの数字はどれだけ信用できるものかね?」

 

「……倍になることも、半分になることもありうるでしょう」

 

テレナにはそう言うのが精一杯だった。そもそも、彼女はすべてを見通しているわけではない。今行われているだろう全国民会での議論さえ、全てを操れているわけではなかった。ルメン・デリロスは選ばれそうになっていたが、まだ彼らの意見の統一には時間がかかりそうだった。

 

「ならそれをきちんと記すべきではないかね?」

 

「あくまで数字は目安である、と書いてあります」

 

「ほう、つまり目安であるといえばどこまでも自由に解釈してよいのかね?」

 

テレナは黙り込んだ。それは考えても答えがすぐに出るようなものではなかった。

 

「……おそらく、どうにかすればどの程度その数字が……それらしい、あるいは信用できるかという指標は作れるでしょう。どうでしょうガルドー教授、そのようなものは作れますか?」

 

テレナは姑息な手段に出ることにした。相手がその専門家なのだ、学生らしく問い返してしまえ、と。

 

「ふむ、知る範囲ではない。もちろん個別の対策はある。何度も計測することがまず一つだ。天文と測量の分野では既に行われている。もっとも数字が集まっている場所がそれらしい、とな」

 

「しかしそもそも測り方が誤っていれば、数字が正しくないこともあるのではないでしょうか?」

 

「測量であればそうだな。金銭と人口においてそのようなものはあるかね?」

 

「……南方街はどうでしょう。誰もそこにどれだけ富があるかも、そこにどれだけ人がいるかも知らない」

 

「うむ。故にそういったものたちは代表者を出し得ない。テレナ嬢の作る全国民会の中に彼らの代表者が入る席がないのは、意図的なものかね?」

 

テレナは後輩であるフュルシーアの顔を思い浮かべていた。彼女は冷海同盟の都市の出身であるが、その都市が市民に保証する権利を万全に持っているわけではない。もちろん、それを正当化する理由はいくつもある。一方でそれが不正であるという意識もテレナの中にはあった。

 

「っ……今後時間をかけて、それは変わっていくでしょう」

 

テレナが作ったものは完璧ではなかったし、この先も多くの苦しみがあるだろうことをテレナ自身は理解していた。それでも、悪くないものを作ったという自負はあった。

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