角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める 8

テレナはアニドに手を取られ、少し慣れない足取りで踊る。授業の間の練習だけではもちろん一流になれるわけではないが、それでも教授のヨルワの教え方は上手だった。

 

「……いい乙女が自分のものにならないというのは、癪なものだな」

 

アニドは小さく、曲に合わせて足を動かしながら呟く。

 

「正直なところ、私は自分の運命の相手が一人いれば十分なの」

 

「なんとも貞淑なことで」

 

アニドは冗談交じりに言うが、彼はテレナが冗談としてこれを笑ってい受けいれてくれる人だということを知っていた。

 

「まあ、私だっていつまでも幸せでいられるかはわからないわよ。夫を愛しても死に別れるかもしれないし、最初は愛せてもその後は冷めるかもしれない」

 

「田舎の方だと代わりの相手を見つけるのも大変そうだよな」

 

「都会の方だと興味もないのに声ばかりかけられるんじゃないの?」

 

アニドは少し苛ついてテレナの脚を軽く蹴飛ばそうとしたが、テレナはすっと脚を引いてそれを避けた。

 

「上手いな」

 

「そちらこそ」

 

笑顔を交わしながら、二人は曲が終わるとともに手を離す。こんなものは一曲もすれば十分だった。

 

「……やり残しはあるか、テレナ夫人」

 

「いろいろあるわよ、アニド卿」

 

今日でここにいる多くの学生が卒業し、学院を離れることになる。それはどこか悲しいが、入学の時からわかっていたことでもあった。

 

「例えば?」

 

「葡萄酒を飲めなかった」

 

「ああ、あったなそんなのも」

 

そう言ってアニドは笑った。伝説になりつつある醸造家であるダニストがこの地で作った特別な葡萄酒は、学生には飲むことを許されないものだった。

 

「……でも、私はまたここに来るわよ」

 

「ええとエルンツィンガー伯爵領……じゃない、ハゼウ伯爵領からここまでだとどれぐらいなんだ?」

 

「冬の学院に遅めに来て早めに帰るならなんとかなるわよ。それに田舎領主はしばしば冬の間はもっと偉い人のところに行くから屋敷が空いてもいても仕方がない」

 

「そう考えると国で一番偉い人がいなかった総権国ってやつは大変だったんだろうな」

 

「本当にね」

 

そう言って二人は笑った。四年間の関係は、二人を十分な悪友にしていた。

 

「さて、俺達の仕事の時間はそろそろだがまだもう少し楽しんでもいいだろ」

 

「なにするの?」

 

「男子どもと悪巧みをな、これでも俺は悪い学生でね」

 

アニドは笑みを浮かべながら言う。

 

「そう言われると私はあまり友達いないのよね」

 

「カロネ嬢とかテアリア嬢とかいるだろ」

 

「そこは真っ先にシェプを入れなさいよ」

 

「あれは……友達というのを超えているだろう?」

 

アニドは真顔で言った。

 

「……でも、私は彼女に何ら同盟を結んだ覚えはないわ。もしイヴェリャン団が、あるいはイウェラ連隊が私の故郷を狙うなら色々と考えはあるけど」

 

「例えば?」

 

「襲う理由を聞いて、必要なら寝返る」

 

「正しい判断だ」

 

そう言ってアニドは笑った。伯爵領というのは小さい。もちろん数えたらそれなりの人数がいるが、伯爵一人が変えることのできるものも大きい。統合王国では、何かを変えるためにはまずは十人ほどの関係者を集めて何が問題かを聞き出すところから始めねばならない可能性さえあった。

 

「そもそも私の計画なんて誰かが本気で狂わせようと思ったら狂わせられるのよ、誰も私たちほどに本気にならなかったから勝てた」

 

もちろん、テレナだって人生を賭けていたというほどではない。おそらくその生命を賭していたのはルメン・デリロスぐらいだろう。一つ間違えれば、王子であっても反逆で処刑されてもおかしくないようなことをしていた。そしてラストゥイル公爵であれば、ふさわしい理由を彼に見つけることもできるだろう。

 

「……まあ、頑張りはしたな」

 

アニドは言う。彼が元々持っていた脱出計画は完全に無に帰した。今やアニドが統合王国を見捨てるということが妥協閥に与える影響は無視できないだろう。そうすれば全国民会は調整役を失うことになる。

 

「褒めてほしい?」

 

「子供じゃないんだ、自分の機嫌ぐらいは自分で取るさ」

 

そう言いながら、アニドは満足していないわけではなかった。少なくとも、彼は最初の試合に勝つことができたのだ。

 

「……手紙の宛先、どこにすればいい?」

 

「あー、王室も難しいんだよな。父に送ってもいいが、たぶん宮廷に戻ることもそこまで多いわけではないだろうし……」

 

「なら蔦の館にでもする?」

 

テレナは少し前から暴動者に制圧されているはずの建物の名前を挙げた。蔓草党と呼ばれる勢力が、知識人を中心に形成されている。それはかつて結社と呼ばれているもののうち、表に出ることを選んだ人たちの使う肩書だった。今のところルメン・デリロスを支持する最大の派閥が彼らというのは少しテレナにとっては不安ではあったが、それでも見えないところで分裂するよりは悪くないと考えていた。

 

「それはいいな、アレリアに顔を出しておいてくれ」

 

「あの人なら詳しい話を知っていそうだし、ラストゥイル公爵に会いに行くよりも楽だからいいのよね。本格的に夫と二人の肖像画でも頼もうかしら」

 

「前に貧乏な伯爵領には過ぎたものだって言ってたじゃないか」

 

「統合王国に絡むようなことをするとなると館にそれなりの来賓を迎える必要もあるのよ、絵の一つでも飾っておくだけで格式を保てるなら出費としては悪くないわよ」

 

「そんなものかね」

 

「田舎の教養のなさを軽視しなほうがいいわ。娘を学院に行かせるとろくな事にならないなんて考えることができるのは賢い家よ」

 

「じゃあ田舎はどうなるんだ」

 

「学院を知らないわよ」

 

それは文字通りに、かつてのテレナの故郷であるエルンツィンガー伯爵領であったことだった。もしそこに職を求めて紹介されてきた家庭教師がいなければ、そして彼がテレナの才能を見抜き、特別な教育を施さなければ、テレナは学院には来ていなかっただろう。

 

「……そういえば、テアリア嬢は教師になるんだったな」

 

アニドは大広間で後輩たちに囲まれる女性を見て言った。

 

「ええ。学院を卒業したのと同じような人が、今後時間をかけて珍しくなくなっていくでしょう。今でもあまり珍しいものではないけど」

 

「それでも学生のうちに国家の指導者と、国家を率いる王子と、対等に話すやつはあと百年現れないだろうな」

 

「女官と僧と学生の対話よ、珍しいものではないはず」

 

テレナはそう言って、自分でも自分を騙しきれずに小さく笑ってしまった。

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