角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める 9

「結局、ルメン・デリロスが勝ったらしいですよ」

 

そう言いながら、フュルシーアは新聞を見せた。

 

「間に合ってよかった、ここを去ったら新聞がしばらくは読めないもの」

 

そう言いながら、テレナは靴を確認した。今日は彼女が学院を去る日である。

 

同君地域の学生を運ぶ馬車たちは、それぞれの護衛とは別に騎兵たちによって囲まれていた。共和王冠国から儀礼と訓練のために派遣されたイウェラ連隊の若手たちである。

 

そして先頭の馬に乗せられているのが彼らの統率者であるシェプルスキアであった。テレナは少し同情したが、連隊長が前に立つことは儀礼であるので仕方がないとも諦めていた。

 

「少し寂しくなりますね」

 

「仕方ないわよ、手紙は送れるようにするけど。あと、二人であの部屋で変なことしないようにね」

 

テレナの言葉にフュルシーアはため息を吐いた。もちろんフュルシーアはテレナが言いたいことなどわかっていたし、そういう関係を望まないわけでもなかった。しかし、自分がそのような欲求に流されると思われているのは心外だった。

 

「あのですね、ここでそういう事をすると思いますか?私は長期的な戦略で動いているんです。その場の衝動や曖昧な好意で数十年書けるつもりの計画を破綻させる予定はありませんよ、今のところは」

 

「今のところは、ね」

 

二人は笑みを交わした。テレナはこのような会話をしばらくできなくなると悲しんでいた。確かに彼女の家族は、婚約者は、そしてその周りの人々は無能ではない。しかし宮廷社交界で生まれながらに鍛えられたわけでも、積み上げられた密輸される本を読みふけったわけでも、あるいは大学で多くの教授から議場学を学んだわけではなかった。テレナはそれにどうにかして渡り合うことのできるだけの知性を身に着けてしまっていた。

 

「面白い小説なら送りますよ。テレナ先輩の故郷とか嫁ぎ先って南方系の人が来たらどう思われます?」

 

「遠いところから来た商人ってだけよ、肌の色とか雰囲気が違ってもどうせ伯爵領の外の人は全員よそ者だから大丈夫」

 

「そんなものなんですね、そこまで販路を伸ばすことがないのであまり印象がないのですが」

 

そう言ってフュルシーアは笑った。

 

「さて、改めて引き継ぎの話をしましょう」

 

「何度目ですか」

 

「何度だって確認しておきたいのよ、せっかく作ったものが私の去った次の月に見捨てられるのは悲しいじゃない」

 

テレナは改革の末路をいくつか知っていた。ウィルトールは確かに一夜にして対立していた二人を協力させることができたが、そうやって生まれた関係はしばしば一夜にして戻ってしまう。地道な積み重ねは、決して不要ではないのだ。

 

「はいはい。一応重要そうなものに目を通して、私たちの方で必要なものを整理してから、エレーリヤ嬢を招きます」

 

「よろしい。一応彼女は学院が関与する三勢力の外だけど、統合王国と総権国が近づくなら自動的に仲間に入ることになる」

 

「まあそもそも私は南方街出身なのでその三陣営からは微妙に外れるんですけどね」

 

「今更ね」

 

テレナは呟く。少なくとも、あの部屋に入る資格というのはかなり高い。世界を冷めた目で見ることができて、それでもなお何かのために動ける人間が必要なのだ。それは本来、学院を出てから何度か打ちのめされなければ手に入れられないような状態だ。

 

「ある程度まとまったらレイルグ君と一緒に内容を送りますよ。先輩にとってはそちらのほうが便利でしょう?」

 

「本当は新聞か論文みたいにそういうものをまとめて配送してくれればいいのだけれどもね。統合王国の精査された情勢が手に入るならそれなりの額を払いたいのだけれども……」

 

「貧乏な伯爵令嬢が無理しないでくださいね」

 

「別に南方街だってそこまで富に溢れているわけではないでしょう」

 

「かわりに知恵があります。彼らは私を送り込むために金銭的には無理をしましたが、送ることについては意見が一致しました」

 

「……いいわね、私は結納品のための予算で学費を払ったのよ」

 

貴族同士の結婚は、同盟関係を直接生むようなものでなかったとしてさえ面倒なものだった。その上テレナの結婚はあからさまに政治的意図を持っている。規模は小さいが、ルメン・デリロスとファーネスタ・イリイダの婚約が持っていたものと意味は同じなのだ。

 

「……学院、高いですよね」

 

テレナはフュルシーアの言葉に頷く。それは北側世界有数の教育機関を維持するための費用から考えれば多少割り引かれてはいても、それでもなお高価と言ってよかった。統合王国が用意している遺児基金は、今は遺児以外にも使われるようになったが、それでも複雑な家庭を持つ子供にとっては重いものだった。

 

「安くするには税を取らないといけないし、人々を上手く働かせるためには彼らが賢くなければならない」

 

「そうすると学校を作る必要があって税がまた、というやつですか。もともと文字を覚えたり何かを教えたりするような風習があると南方街みたいにまだ行けるんですけどね」

 

「けれども彼らは土地に根付かないし、疑わしい目で見られるでしょう?全員が彼らのように生きていけるわけではないのよ」

 

「食べ物が簡単に増やせたりとかすればいいんですけどね。本はそうなっても構いませんが」

 

「いいの?」

 

「印刷されるのはあくまで文字です。もとの内容を生み出せる人はまだ少ないので、彼らを抑えておけばいい」

 

そう言うフュルシーアは、北側世界の色々な問題が集まる故郷であるウォルセラルを思い出していた。この問題を産んだ、統合王国を混乱させる禁書の作者にしてルメン・デリロスの後継者も、おそらくはウォルセラルにいた時期がある。まだいるのか、あるいはもう他のところに行くなりこの世を去るなりしたのかはフュルシーアには知る由もなかったが、そういう人物が絶えることがないことも知っていた。人は常に不満を持つし、幻想に逃げたがるのだ。

 

「結局ウィルトールのやつを殴りそこねた」

 

「そういうものですよ、後悔ばかりです。だからテレナ先輩、そろそろ馬車が出ますし御者がこっち睨んでますよ」

 

「えっごめん、じゃあね!」

 

そう言ってテレナは別れにふさわしくない焦った足取りで荷物を持ち上げ、小走りで馬車へと走っていった。

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