角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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試合は終り事後を修める 10

数日間、あちこちを寄り道しながら馬車は進んでいく。それはハッヘンヴルト家が領内に対して行う誇示であり、同時に学院派に対する尊重の印だった。

 

「……人が結構いるわよ」

 

馬車の中で外をちらりと覗いたカロネは隣に据わっているテレナに声をかけた。

 

「前にここに戻ったときはいきなりでしたからね。今回は誰何されることもなさそうです」

 

「大変ね」

 

カロネは故郷であるネヴォエリ王国によく戻っていた。それはカロネのまわりには彼女を心配する人が多かったからでもあるし、彼らが学院をあまり信用していないからでもあった。

 

「テレナ嬢、まもなく館に到着します」

 

馬車の窓越しに声を掛ける懐かしい、そしてしばらく聞けないだろう声にテレナは息を吐く。

 

「シェプルスキア女卿、こういうときはもう少し砕けた呼び方でもいいのよ?」

 

「民が見ておりますので」

 

彼女の発音は綺麗な統合王国語だった。四年間あればここまで上達するのかとテレナは改めて感心したが、そもそもシェプルスキアは学院に来た時点で片言とはいえ話せてはいたのだ。こんな人物を受け入れなばならない共和王冠国に対し、テレナは小さく同情していた。少なくとも彼女は楽に御せる人物ではないだろう。

 

「さよなら、ね」

 

馬車が止まると、カロネは言った。

 

「そうだね。とはいえたぶんそっちの方に行くこともあると思うからその時はよろしく」

 

「素直にまた今度会おうって言いなさいよ」

 

カロネはシェプルスキアに手を取られて降りる不器用な友人を、馬車の中から見送った。

 

「おかえりなさい姉上。そしてお久しぶりでございます、シェプルスキア女卿」

 

馬車を降りたテレナを迎えたのは、テレナの弟のエーヴィルだった。

 

「統合王国語、上手になったじゃない」

 

テレナはそう呟いて、弟の隣に立って振り返る。

 

「……頑張ったから」

 

「エーヴィル卿も元気そうでいいね、あたしはもう行かなくちゃいけないけど」

 

シェプルスキアは少し砕けた統合王国語を小声で言った。

 

「わかってます。良い旅を」

 

「それじゃあね、テレナ」

 

去っていくシェプルスキアを、テレナは黙って手を振って見送った。

 

「……さて、エーヴィル。仕事に入るよ」

 

「帰ってそうそう気合入り過ぎじゃないか、姉さんは」

 

エーヴィルは呆れながら屋敷への道を姉とともに歩く。周囲の街の人達は二人を知っていたから、あえて声をかけるようなことはしなかった。

 

「父上は?」

 

「今日は地主たちと話し合い」

 

「母上は?」

 

「ここしばらく調子が悪くて療養中。……正直、医者はあまり良くないから覚悟をしておけと言っている」

 

「わかった。とはいえ帰ってきた娘に会うぐらいの余裕はあるでしょう」

 

「そうだね」

 

テレナは小さな屋敷を見た。学院よりもちっぽけで、防衛設備としても最低限しか役に立たなさそうな場所。でも、そこが彼女の故郷なのだ。そして彼女の嫁ぎ先も、あまり変わりはなかった。だからこそ、テレナがやる仕事には価値があった。

 

「姉さんの結婚式の準備は進んでる」

 

「助かるわ。計画の中心はエーヴィルが?」

 

「そう。義理の兄さんはいい人だよ」

 

「でしょうね」

 

テレナは弟が賢いことに喜んでいた。彼は決して古典を深く読むわけでも、統合王国の財政を把握しているわけでもない。しかしここ、エルンツィンガー伯爵領においては専門家なのだ。

 

「……姉さんがあいつの味方になるのはいいけど、俺の敵になるなら容赦はしないから」

 

「もちろん。そうはならないように動く」

 

微笑んだテレナに、エーヴィルは久しぶりに嫌な気配を感じた。四年前、学院に旅立つ前の姉が僅かに漂わせていた嫌な感じを、膨らませたような感覚。だが、それを感じることができるのは自分の強さだとエーヴィルは理解できていた。

 

「……いや、確かに貴族としては嫁ぎ先のために動かなくちゃいけないのはわかるから責めるつもりはないけど」

 

「誰にに対しても損にならないか、誰もが面倒くさくなるぐらいの不利益を得るかで止めるわよ。そのあたりの調整は色々やった」

 

「どこで?」

 

「統合王国」

 

テレナはそう言って、新しい戦場に足を踏み入れた。使用人たちが帰ってきた彼女をちらりと見て小さく礼をする。領主の娘がしばしば旅をしていたため、彼らはわざわざ戻ってきたことで心を動かすほどではないのだ。

 

「……姉さん、あっちで何やってたんだよ。なんか向こうでは全国民会とかができてるって聞いたけど」

 

「よく勉強しているわね」

 

「姉さんが色々やるらしいっていうから噂は集めてるんだよ。これでももう社交界には行ってるんだぜ」

 

「それは良かった。私は冬は学院の方行くから、そうでない社交は次代のハゼウ伯爵とかと一緒によろしく」

 

「雑に言いやがって」

 

「必要なら手ほどきの一つや二つはするけど」

 

「……その時が来たら頼む」

 

「わかった」

 

「あとここが姉さんの部屋。すぐ向こうに嫁ぐだろうからあまり物は置いてないけど、いいよな?」

 

「机があれば十分よ。こっちだと紙も高いけどそれでも必要な費用だし……」

 

館の一室にエーヴィルは姉を案内した。彼はここが学院とは比べ物にならない貧相な場所だとわかっていた。姉が全力を出せる場所ではないということも。

 

「……必要なものは、ある?」

 

「今はないかな。もう一度領地をゆっくりと観察して、そこで何をするべきかを考える。学院は四年しかなかったけど、二つの伯爵領の同盟はもっと長く続くだろうから」

 

「……そうあってほしいな」

 

「そうするのが私たちの仕事だからね。ああそうだ、フォリム卿にも挨拶しないと。でも嫁入り前の娘が安易に相手と会うのっていいのかな……」

 

「文句を言うやつがいると思う?」

 

弟に言われ、テレナは懐かしい顔を想像した。彼らはきっと結婚を祝福してくれるだろう。それが同盟の礎となるものであっても、二人の関係が悪くなることを積極に望む人はいないはずだ。もしいれば、テレナは安定のために彼らに対して適切な対応をしなくてはいけなかった。

 

「言わせないようにするね」

 

そう言って、テレナは窓の外から景色を見た。麦はあらかた収穫され、これから納税の時期がやってくる。おそらく自分の最初の仕事は計算と書類だろうな、と思いながらテレナは自分が懐かしんているのだという感覚にようやく気がついた。

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