角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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終幕の後にも歴史は進む
終幕の後にも歴史は進む 1


「お二人ともこれをご覧ください」

 

そう言って両手を広げるのはティツン商会のネア。北側世界の繊維業界を支配する組織の総経理の娘にして、今は商会が行う計画の調整担当者であった。

 

「……沸騰機関を、水車のような動力に」

 

簡素な柱と屋根だけの建屋に置かれた機械を見てそう呟くのはテレナ。

 

「……テレナ、これは何だ?」

 

婚約者の女性に怪訝そうな表情を向けつつ、しかし機械に対しての好奇心を隠せないフォリムが尋ねる。

 

「フォリム、こういう時は私ではなく彼女に聞くのよ。あと統合王国語が苦手なら私が通訳に入るけど」

 

「……いや、自分でやる」

 

「よろしい」

 

そう言ってテレナは一歩下がった。

 

「その沸騰……機関というのは、そもそも何だ?」

 

「湯を沸かして、出てくる湯気の力で棒を押し、それを用いてあの大きな車輪のようなものを回します。あれが水車のようになって、そこに繋がっている様々な装置を動かしています」

 

「繋がっている装置は時計のようなものだと思えばいいか?」

 

「はい。臼が粉を作るように、時計が時刻を示すように、これらの機械は糸や布を作ります。……テレナ嬢、質問があるなら普通に聞きますよ」

 

我慢していそうなテレナにネアは少し呆れながら言う。

 

「はい、この種の機械は効率が悪くて炭鉱のような燃料が豊富な場所でしか使えないと言われていましたがそこはどう解決したんですか?」

 

「秘密……ではあるんですが、発想自体は簡単なものです。湯気は押す力に長けていますが、引く力は不足している。ですので、二つの機関を組み合わせ、一方が元に戻るために引かねばならない時にはもう一方が押すようにしたのです」

 

「……複雑になるのでは?」

 

テレナの言葉にネアが頷いた。

 

「そのため、我が商会以外では作ることすらままならないでしょう。ティツン商会ですらまだ十台程度しか作れていませんし、工場で使うにはまだ故障が多い機構で……」

 

そう言いながらも、ネアはそれらが解決できる問題であることを確信していた。それは水車よりも扱いやすく、場所を選ばない。石炭を船で運ぶことができるならば、港と工場を隣接させて新大陸の綿と色素を持ち込み、色とりどりの布を各地に送り出す事ができるようになるはずだった。

 

「つまりは、まだ見世物か……」

 

少し寂しそうにフォリムは言った。

 

「どうしたのよフォリム、それにうちでは買えないわよ」

 

「いや、領地で風車も水車も使いにくい場所があってな。そこの製粉に使えないかと思ったのだが……」

 

「うーん、今のところは石炭を結局は運ぶ必要があるので炭鉱の街とかであればともかく、そうでなければ難しいかと。あと煤煙がそれなりに面倒ですよ」

 

そう言うネアの言う通り、煙突が離れた場所にあるにかかわらず建屋は煤で黒くくすんでいた。

 

「……フォリム、見ていたいならそこにいていいわよ」

 

「……いいのか?」

 

「花嫁衣装なんてどうせわからないでしょう?」

 

言い返そうとしたフォリムだったが、確かにどういうものがいいかと考えた時にあまり想像ができなかったので反論を諦めた。

 

「それでテレナ嬢、どうします?とはいえ針子さんはそちらの方って言いますから基本は布と、あと毛皮とかどうでしょう」

 

「適当にお任せするわよそのあたりは。どうせ統合王国風の流行ですと言えば誰もわからない」

 

「雑ですねテレナ嬢も……」

 

そう言いながらネアは笑った。普段の仕事であればこういう態度はしないのだが、学院の先輩と後輩の関係であれば許される気さくな関係がネアには嬉しかった。

 

「……それで、ティツン商会は統合王国の情勢をどう見ている?」

 

「軍備増強はしているかと。連隊の再編成を通して名誉ある連隊とまではいかなくとも同規模の複数の連隊を作ろうとしているようです」

 

「地方分割改革のおかげ?」

 

「でしょうね、選挙と教会と徴兵と徴税の区分けを揃えたのは大変だったと聞きますが、逆に言えば揃えてなかったのは愚かとなりませんか?」

 

「都市一つで完結するわけじゃないのよ、あのあたりは」

 

「そういうものですか」

 

ネアはそう言ってここしばらく読んでいた新聞を思い出す。今のところ、統合王国の債券によって払われるべき利息はきちんとティツン商会の方に回ってきており、それは分割された債券の購入者への配当ともなっていた。

 

「……ネア先輩の方は、色々大丈夫ですか?」

 

テレナは小声で尋ねる。

 

「色々、とは?」

 

「総権国が統合王国と直接取引をしたって噂を聞きましたよ」

 

「ああ、あれで困るところは傘下にもありますし、白氷海貿易社は総権国に買われそうです。でもそれだけですよ。入港税さえ払えば冷海同盟は新しい参加者を受け入れます」

 

「……強かね」

 

「私の父が参加する同盟評議会とか色々やっているらしいのですが、都市ごとの海軍割当が増えるとかそういう嫌な話もありますね。ただ総権国が海を出ようとする場合、必ず冷海か白氷海を通ることになります。そこは我らが海ですよ」

 

「大内海がある……とはいえ、そちらの方に出るのは難しそうよね」

 

頭の中で地図を思い浮かべながらテレナは言った。一応は総権国に組み込まれているはずだが従うつもりがさららさらなそうな遊牧民たち、港の整備もろくにできていない海岸、大君侯国によって閉ざされている海峡、そしてその先にある諸島と貿易都市群。それらを越えて教主国の海峡を超えなければ、大西海に出ることはできない。

 

「そうなれば我々と同じぐらい狡猾な貿易都市が相手になりますよ。それにあまり南の方に力を入れると大君侯国と衝突するでしょう」

 

「あー、それについてだけど」

 

テレナは声を小さくした。

 

「なんですか?」

 

「どうやら共和王冠国のシェプルスキアと、大君侯国の将軍であるメラドゥが同盟を結ぶようです」

 

「なんで田舎の地方伯爵夫人がそれを知っているのよ」

 

ネアは呆れて言うが、おおかた予想はついていた。

 

「行軍訓練でなぜかうちの領地を通るんですよイヴェリャン団が。イウェラ連隊とは切り離されて関係ない傭兵ってなってますし、宿料も払うので無下にもできませんし」

 

「……なるほど。まあ直接ティツン商会が使えるかはともかく、覚えておきます」

 

「引き換えにというのも何だけど、服の生地安くしてくれない?」

 

「……妥当な価格ですよ、毛皮をおまけするぐらいはしますが」

 

「子供用の外套でも作らせますかね」

 

そう言いながら、テレナはちらりと婚約者の方を見た。彼はまだ動く機械を見つめていた。

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