角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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終幕の後にも歴史は進む 3

婚礼とそれに伴う祭りは地域にとって色々と影響が大きい。二つの領地を跨いで行われる行列と、少し遠くからでも集まってきた人々。そして店を開く旅の商人の中には、ここのあたりでは珍しい南方系の人々も混じっていた。

 

「……疲れたな」

 

寝台に座り、フォリムは息を吐いて言う。

 

「祝宴は明日からですよ」

 

「……明日から領主、か。まったく、父も気楽なものだ」

 

「とはいえいきなり死なれて事態の収拾から始まるよりもよほどいいではないですか。この館も昔遊びに来た時とは色々と変わっていますし」

 

そう言ってテレナは周囲を見渡した。盗み聞きや盗み見がされることを学院で前提としすぎたせいで、どこか警戒心が残ってしまっている。もちろんそういうのをきちんと見られるような話も珍しくはないという程度には残っているのだが、少なくともここはそうではないようだった。

 

「……ところで、いいのか」

 

「あら、私の夫は今更怖気づくような人でしたの?」

 

そう言って、テレナはフォリムの隣りに座る。

 

「統合王国では議会が揉めているのだよな」

 

「議会というより全国民会ですけどね、あれはいわゆる議会とは少し構造が違っていて」

 

「……それは重要なことか?」

 

「単純に二つの伯爵領の未来を考える分にはそこまでではないけれども、より深く、運命に逆らおうとするのであれば」

 

「……今日ぐらいは、運命に従おうと思うのだが」

 

そう言って、フォリムは恐る恐る手をテレナの腰に伸ばした。

 

「もう少ししっかり触っても大丈夫ですよ、一応は生娘ではありますがそれでも男性の方々との付き合いはそれなりにあったもので」

 

「そう、か」

 

「あとちょっと学院でかなり仲が良い人を見せつけられてきたのもあってそういう関係に対する欲求がないと言えば嘘になるといいますか……」

 

テレナの言葉に、フォリムは思わず笑ってしまった。

 

「そうか、いい妻を持つことができた」

 

「寝台の上でぐらいは夫に従う貞淑な妻でいましょうか?」

 

「……そうだな。せめて妻と寝る時だけは、領主としての勤めを忘れたい」

 

「子供を作るとか育てるとか考えると、生きているうちで領主であることを忘れられる時はどれほどあるのかわからないけど」

 

「やめてくれ……」

 

そう言いながらも、フォリムはかつて幾度か話した聡明な少女だった人物が自分を嫌っていないことを喜んでいた。少なくとも、フォリムにはテレナの被っている仮面が彼女の慣れ親しんだものに思えた。

 

「……少し面倒な話もあるのだけれどもね」

 

「何だ?」

 

「今日やってきた商人が伝言を持ってきたのよ。同君地域は兵の準備を怠っていないと」

 

「……どうして商人がそういう話を持ってくるんだ?」

 

「私の後輩に冷海同盟、ウォルセラルの街にある南方街の出身者がいるのよ。彼女は噂話についてはかなり得意な人でね」

 

「学院というのは、本当に色々な人がいるのだな」

 

「そう。なので定期的に冬の学院に行きたいのだけれど……まずは様子を見ながらね。ここでは紙も安くないわけだし」

 

少し前までテレナがいた学院では、手紙のための紙をかなり自由に使うことができた。それは製紙を行っている組合からの寄付という形のものであったが、同時にそれは学院に紙を卸しているという立場を手に入れる彼らの作戦でもあった。

 

「……テレナの同級生は、今はもうそれぞれの仕事をしているのか?」

 

「統合王国ではアニド卿が職を得たらしいけれど、手紙には何の職かは書いていなかった。東方ではシェプルスキア連隊長が何やら新しい学校で働いているし、あと教師といえば統合王国のテアリアという人もいるわね」

 

「学んだら、教える、か」

 

「そう。基礎学校にも力を入れたけれど、あまり学ばせても都市に行かれるのよね。それを止める事はできないし、それが本人の幸せなのかもしれないけれど……」

 

「領主とは領民から小さな幸せを奪い、大きな不幸せを与えないようにするものか」

 

「誰かが言ってたの?」

 

テレナは記憶から読んだ本を探るが、直接的な文言を思い出すことはできなかった。

 

「父だ」

 

「……そうね。その通り。そしてそれは言葉で知っているのと、実際に手を動かした人とでは異なる意味を持つ」

 

「テレナは、よく知らないのかい?」

 

「家庭教師のウィルトールに教えられたことは本当に少し。学院に行って学んだのは、自分の見える範囲の広さと、手の届く範囲の小ささ。でも、広いものを見なければ手の届くものをきちんと掴むことはできないの」

 

「……掴めるさ、テレナなら」

 

「いい領主の妻となれれば、という条件付きでなら認めるわ」

 

テレナはそう言って、フォリムに少し体重をかける。

 

「明日のために、本当に早く寝ないと身体が保たないかもしれないけど……」

 

「寝不足の頭で酒を飲んで酷いことになりたくはない、が」

 

フォリムはそう言って、言葉を止めた。

 

「本当にやめておきなさい。あなたはいつもそういう無茶ばっかりするんだから」

 

「君の前でそんな無茶をしたことは……あるな」

 

「木に登れるところを見せたがるのは普通に無茶だと思いますよ、うまく降りれて良かったですね」

 

「昔の話をやめてくれ……」

 

「じゃあ、これからの話でもしますか?」

 

そう言って、テレナは寝台に横たわった。

 

「……そうだな、寝物語にはいいだろう」

 

「それではまずは現在のハゼウ伯爵領の財政についてだけれども、今の時点で支出のほうが多い状況が続いているのよね。もちろん今すぐ金を減らさなければならないというわけではないし、資金にはまだ余裕がある。だからこそ今ここでしっかりと次のために使おうというのはわかるのだけれども、これを止めるのは難しいのよ」

 

「……眠れる話にしてくれないかね?」

 

「学院ではこの手の話を聞いた学生はみんなよく寝ていたのに……おかしいわね」

 

「……彼らは領主にはならない、のか」

 

フォリムは学院の話を思い出していた。そこに行くのは貴族の次男や三男、あるいは女性。それ以外にも商会や聖座から人が来るというが、彼らは決定者を支える側の役割だ。テレナも、そのように学んだのだとフォリムは考えていた。

 

「ええ。でも領主は彼らなしではやっていけない。彼らにとっては眠れるほどの日常を、領主は苦しんで生きなくてはいけない。……眠れるうちに寝ておきなさい、フォリム。私は時間は確保できても、あなたの心まではどうにもならないから」

 

そう言うテレナの声を聞きながら、フォリムは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。誰かの熱を感じながら眠ることになるのは、フォリムにとって久しぶりだった。

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