角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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終幕の後にも歴史は進む 4

蔦の館は、今や蔓草党の拠点となっていた。もちろん普通の学術や芸術に関することも何事もなく行われているし、直接的な王室からの支援がなくなってもなおそこには活気があった。

 

むしろ、それはかつての貴族の時代以上に賑わっていたと言えるかもしれない。新しく代議士となった人々はしばしば丈の長いズボンを履いていたが、それはそれとして貴族のようになろうとすれば彼らはその背景にある文化を身につける必要があった。

 

そしてちょうど、貴族よりも市民に寄る組織がそこにはあったのだ。蔦の館が統合王国の文化を生み出していることを否定できるものはいない。肖像画を注文し、服を新調し、館を改装することで、彼らは新しい階級を象徴したのである。

 

「というわけでこれが最近絵を注文してきた人たちだよ、アニド君」

 

かつて宮廷画家であり、今は市民画家となったアレリアは言う。しかし彼女が描くような絵は、一つ大作を仕掛けていること以外は相変わらずだった。

 

「毎回言ってますがねリーディスワ夫人、卿と呼んでください」

 

「いいじゃないか。こういう気軽な話ができる機会はほとんどなくなったんだからさ」

 

そう言ってアレリアは油絵具の匂いがする工房で言う。彼女の工房には弟子が何人か増えていたが、今日は来客のために彼らは別の工房で作業をしていた。

 

「……全国民会は大荒れですよ。教会の特権をもっと削減するべきだの、国境に並べられた同君地域の軍に対して我々の力を見せてやれ、だの。貴族をどうにかしてやりたいという過激派も多い」

 

「でも、アニド卿ならなんとかできるのだろう?」

 

アレリアは笑みを浮かべて言う。

 

「……正直なところ、辛い」

 

「そう。なら僕たちの仲間に入らない?結社はもはやその形を失っているけれども、蔓草党は今でも加入者を募集しているよ」

 

それは蔦の館で起きた暴動から生まれた組織、ということになっていた。そのわりには統制され、最初から憲章がまとめられ、何より王室も、あるいは長い手も動かなかったことは事前にある程度の調整がされていたことを示していた。

 

「嫌ですよ、新聞買わされるんでしょう?」

 

「色々と頑張って作っているのよ、毎回挿絵付きにするなんて相当手間がかかるから安いものよ?」

 

「……確かに面白いものは多いですがね。そしてまあ、できれば蔓草党のほうと取引をしたいのですよね」

 

「具体的な条件は?」

 

「年金の段階的廃止と爵位の血族継承に対する対価金の導入を貴族たちには差し出させます」

 

「事実上両方とも決まっているようなものじゃないか。財務大臣がそのあたりに切り込みたいから、僕たちの党が暴発しないようにしてほしいわけ?」

 

アレリアは深く息を吐いた。

 

「その通り。悪い話じゃないだろう」

 

「いい話で世界を変えられるなら結社はできていないよ」

 

「少しはいい話で世界が変えられるようになったから結社は形骸化してるんだろ」

 

アニドとアレリアは顔を見合わせて、しばらく睨み合った。

 

「……わかったわかった。アニド卿に免じてここはお姉さんが頑張るよ」

 

「動きそうなやつらを事前に教えてくれれば長い手で裾を少し引っ張っておくが」

 

「やめときなよ、彼らも忙しいんだろう?」

 

統合王国の宮廷も、そのまわりの邸宅の社交界も、今までにない以上に混乱していた。そのような拠点がない人々は南方街で会合を開き、そしてその噂は商人たちによって売られることもあったし、珈琲を飲みにやってきた客に対して店主が取引を持ちかけることもあった。もはや手紙で介入されるほど、統合王国の政治はまばらなものではなくなってしまったのである。

 

そしてその中にはもちろん騙し合いもあった。友を裏切った報酬を長い手から受け取っておきながら、長い手から手に入れた噂を結社に売りつけるものがいた。そしてしばしばそのような人物ほど複雑な人間関係を乗り越えることができるのだ。

 

まだ処刑とまでは行っていなかったが、しばしば全国民会は荒れていた。常設の機関ではないはずだが、断続的に様々な議論のために臨時会が召集され、その分野の人々が法を承認し、あるいは精査していた。それらは司法議会の審査と王の認可によって法となる。それは表面的にはそれまでの法の制定とそう変わるわけではなかったが、少なくとも関与できる人は増えた形になっていた。

 

「とはいえ、さすがに全ての法を国民議会の下で通すのは無茶だ。大臣たちの裁量をどこまでにするかもある」

 

「そしてルメン・デリロスはいつも曖昧な立場を取っている、と」

 

「ある時は貴族の穏健な弁護者であり、またある時は商人たちの貢献を認め、またある時は軍人の忠誠に敬意を払う。あれは俺には無理だ」

 

「アニド卿でもそうなのかい?」

 

アレリアは政治が得意ではなかったが、眼の前の青年の能力を見誤るほど無知ではあるとは思っていなかった。彼は結社すら手玉に取り、それを解体させた人物である。たとえ彼の隣に才媛がいたとしても、それは彼の才能を否定するものにはならない。

 

「ああ。本当はテレナ嬢がいてほしかったんだが……」

 

「恋しいのかい?」

 

アレリアの言葉に、アニドは首を横に振った。

 

「俺は俺の仕事をするだけだ。あいつにはあいつのやるべきことがあって、そこに価値を見出している」

 

「もし彼女についてきてほしいと言ったら、彼女は統合王国を選んでくれたのかい?」

 

「無理だな」

 

「なら諦めるしかないね、手に入らないものだって世の中にはあるのさ」

 

「……それをきちんと飲み込めるやつばかりならどれだけ楽か」

 

アニドは議会で紛糾している話題たちを思い浮かべていた。代議士が叫ぶ案は口先だけは威勢がよくてそれらしいが、それが導く結論をしばしば無視していた。貴族たちの少なくない割合が怠惰なのは、それをするために必要な手間を知っているからというのもある。

 

「まずは教会改革から行こうか。結社はフェルヴァジュ管区にもそれなりに人が多いからね」

 

「リュクバーンとパゼルコの対立があってもまだ生き残りがいるのか?」

 

アニドが尋ねる。教会のあるべき聖座の下の存在となるか、あるいはより民に奉仕する立場を取るか。彼らは複数の対立する意見を持っていたが、根本的なところで同じものを見ていた。そして今のところ、フェルヴァジュ管区は聖座に敬意を払うものの、国家への協力を惜しまないという微妙な立場を選ぼうとしていた。

 

「それなりに。だから、アニド卿はいつこちらに来てもいいんだよ?」

 

そう言ってアレリアは微笑んだ。例え相手が手に入らないものだったとしても、それは試さなければわからないし、次こそはうまくいくかもしれないと彼女は考えていた。

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