角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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終幕の後にも歴史は進む 9

その冬の学院には、北側世界から多くの人物が集まっていた。

 

「……市民皇帝、というわけだ」

 

教室でそう語るのはアニド卿。フェルヴァジュ統合民主国における官僚の事実上の頂点とみなされる男であり、彼自身も廃止された王室の血を引いている男だった。

 

「ルメン・デリロス一世の即位の形はどうなりそう?」

 

そう尋ねるのはハゼウ伯爵夫人であるテレナ・ノイーズ・イルデネ。同君地域においてそれなりに名の知られた領地改革者であった。

 

「それについては僕から」

 

そう言って前に立つのはレイルグ。南方街の後援を受けている議場学者であり、現在の統合民主国の体制について最も詳しい人物とみなされていた。

 

「……つまり王室を廃止したことによって、彼らは中心を失いました。同君地域からの別の王を立てるべきという圧力があって、それがなければ王室を救うために行動を起こさなければならないとなりました。これを受けてルメン・デリロスが聖冠に並ぶものを戴くことで対立しようとしたわけです」

 

ここに来ている人たちにとって、それが欺瞞であることは明白だった。確かに起源を辿れば統合王国の王冠は大支配地(イルパティム)と聖座の権威に依るものかもしれないが、それを皇帝という位のものに作り直すというのは無茶な話ではあった。

 

ただ、その無茶を通す方法はあった。今の聖冠の守護者を軍事的に倒せばいいのである。そして冷海同盟は今のところ中立、そして東の総権国がルメン・デリロスを支持する姿勢を見せていた。

 

「……同君地域が手を引けば、今のところおさまりはつきます。しかし、そのような方向を取れるとは思いません。双方、戦わずに負けることを忌むようになってきています」

 

レイルグが語るように、統合王国で生まれた全国民会の制度と思想は次第に広まっていた。そして統合王国という西の脅威に相対した同君地域は、ハッヘンヴルト家という寄る辺を求めた。結果として多少ではあるが、統合王国に対立できる程度には団結できる状況が生まれていた。

 

そして統合王国と異なり、彼らは統制されているわけではなかった。ある意味では混乱の原因であったが、彼らは彼らの軍を作り、それぞれに境界線に置き、そしてそこに住み始めた。開拓と都市の形成がここ数年で進み、要塞の建築のために各地の富と技術が集められた。

 

「……アニド卿としては、どうするのが良いと思われますか?」

 

レイルグは黙って聞いていたアニドに話を戻す。アニドは目を開け、胸の前で組んでいた腕をほどいた。

 

「……そうだな、統合民主国の軍勢はかなり数が多い。連隊にして百を超えるだろう。そしてそれらの連隊は、一つ一つがきちんと制服を着て、銃を持っている部隊だ」

 

数字自体を知っている人はこの教室の中にそれなりにいたが、アニドがそれを告げたことの意味を理解して何人かがうめき声を上げた。それは、統合民主国軍と正面から当たれば全てが終わるということを意味していたからだ。

 

彼らは指揮官ではなく、国家に忠誠を誓っている。彼らは国家から給料を貰っている。そのような軍を作る事ができているのは、あとは総権国ぐらいだ。騎士団領すら未だに騎士の権力は強く、共和王冠国の改革はまだ成功したとは言えない段階にある。

 

「同君地域の軍隊が勝てるとしたら、要塞を活用してすり潰すしかないだろう。ただそうすれば……戦争は長期化する。俺だってもし始まったらどうするべきか、全く見当がつかない。交渉を年単位で引き伸ばしてその間にうやむやにするのですら、俺に知る最高の外交官を連隊単位で用意する必要があるだろう」

 

アニドの言葉は冗談だったが、テレナは実際にそのぐらいは必要だろうと考えていた。各国が派遣している外交官は百人を超える。それを合わせても、連隊の規模にはおそらく足りない。そして彼らが全員一流というわけではなかった。

 

「……彼らと相対することになる私たちからすると、絶望しか見えないし、統合民主国からさっさと降伏して土地と人と金をよこせ、と言っているように聞こえるのだけれども」

 

テレナは同君地域を代表して言う。もちろん、テレナはアニドがここに統合民主国の代表として経っていることを理解していた。それでもなお、彼らは同じ言葉を話し、同じ場所で学んだ仲だった。

 

「全国民会はそう言っている、お間違えなきよう」

 

アニドが言うように、全国民会は熱狂に包まれていた。貴族の特権を廃止し、王室を廃止し、軍に予算を注ぎ込み、そしていくつかの国境の小競り合いで既に彼らは勝利していた。教主国と、冷海同盟と、そして既に起こってしまった同君地域との衝突において、彼らは勝利し、そして戦果を得ている。

 

「……それが秩序だと、彼らは思っているの?」

 

「そうだ。そうでなければわざわざ戴冠なんてしようとするか」

 

アニドの発言を、教室の中の人々は黙って聞いてきた。ここにいるのは北側世界の中でも特に話が分かる人たちだ。おそらく実際に戦争が起きれば彼らは大臣の補佐官として、あるいは軍人として戦うだろう。そして講和となれば、彼らは舞会の裏で秘密裏の交渉を進め、最終的に代表者たちが署名をすることになる文面を調整することになる。

 

「……大宗派戦争を、彼らは知らない、か」

 

「俺達だって知らないだろう。それはここでさんざん学ばされただけで、ほとんどの人にとっては曽祖父母の世代の問題だ。だから衝突を避けることだけよりも、衝突が起こった後にできるだけ誰にとっても痛みが残る形で結末をもたらす準備をする必要がある」

 

テレナにとって、それは今まで積み重ねてきたものが無になることを意味していた。ただ、全てが灰になるわけではなかった。多くの命が失われるだろう。テレナの夫も弟も、そして領地も被害を受けるかもしれない。それでも、彼女が嫁いだ時よりは豊かなままだろうということはテレナにもわかっていた。

 

「……そうだね」

 

テレナは小さく呟いた。それは学院の役目の敗北かもしれない。国家を動かすものが一部の人でなくなれば、一部の人のための学院の持つ意味は小さくなる。角灯に覆いがかけられていたのは、それ相応の理由があるのだ。

 

「というわけだ諸君、俺はここに統合民主国の代表としてよりも学院の卒業生として来ている。君たちの知恵を借りたい。どうやってこの問題に対処すればいい?」

 

アニドの言葉とともに、教室にざわめきが漏れた。彼らは問いが与えられれば、それを解こうとするような人たちだった。

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