角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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終幕の後にも歴史は進む 10

「ようこそハゼウ伯爵夫人、それともテレナさんって呼んだほうがいいからしら?」

 

「好きにしていいわよネア女卿」

 

館に迎え入れられたテレナは、久しぶりに会ったネアに息を吐いた。

 

「さて、本来は学院でこれをしたかったんですが」

 

「ちょうど近所で会戦でしょう?まったく、ハッヘンヴルト家が我々の世代からどれだけあの場所を中立化するのに苦心してきたと思っているんだか」

 

「噂ではあそこを攻めてる統合民主国軍の部隊は過激派ばかりらしいですよ」

 

「それはいいわね、ここですり潰しておけばアニド卿も助かるでしょう」

 

血まみれの冗談を言いながら、テレナは案内された廊下を歩く。いまここ、冷海同盟の都市リズビムで行われてるのはここ五年間の各地の軍事衝突、あるいは戦争の後始末である。

 

「シェプルスキア将軍も来ておりますよ」

 

「出世したわね、こっちはずっと伯爵夫人だというのに」

 

「……伯爵については、お悔やみを」

 

「いいわよ、息子が成人していて助かったし、私はもう泣き終わったから」

 

テレナは力の入りにくくなっている手で握っている杖を握った。髪は白くなっていた。顔を触れば皺がわかった。それでも、彼女の知性はまだ残っていた。

 

案内された部屋に入ると、立っていた長身の女性がテレナを迎えた。

 

「お久しぶり、テレナ」

 

乗馬服の胸には勲章が並べられており、彼女の武勇を表していた。とはいえこの勲章制度は統合民主国が廃止した爵位のかわりに作り上げたものを各国が後追いして作ったものだと考えると、少し皮肉ではあった。

 

「……シェプ。負けたわね」

 

「そうだね。共和王冠国は国土の八分の一を総権国に対して割譲。その上かなりの賠償金。実際は賠償金は債権になって冷海同盟に買われて、こっちの領地の鉱山の採掘権を持っていかれる形になったけど」

 

「沸騰機関の導入が進むわよ」

 

「本当に助かるね」

 

そう言ってシェプルスキアはよく通る声で笑った。

 

「ハゼウ伯爵領を含む同君地域西側は連邦として独立することになる。ハッヘンヴルトの支配から外れることができて素晴らしいわね、統合民主国語はうまく話せないのだけれど」

 

テレナはかつて習った統合王国語で流暢にシェプルスキアに言った。

 

「教会とかも大変になるんじゃないの?」

 

「リュクバーンの弟子たちのお陰でなんとかなるわよ、なんとエネト姉がこちらの連邦の教会指導に来てくださる」

 

「あの人も確か聖座直下の修道院院長になってるのよね、特に今の若い修女はだいたいリュクバーンの系譜にあるから相当強いらしいわよ」

 

「……そっか」

 

「まあ大宗派戦争よりはよっぽど良い結末よ。たった五年。本当に僅かな死者。国境線だって変わることはなかったし、餓死も虐殺も少なかった」

 

そう言いながら、テレナは苛立っていた。数十年をかけて北側世界を動かそうとして、きっとそれは成功したのだろう。二つの伯爵領は直接戦火に飲まれることなく、軍隊の通過と徴発だけで終わった。財政は酷いことになったが、積み上げてきた基盤もあって十年もすれば取り戻せるだろう。そしてそれは、息子とその妻がやってくれるはずだ。

 

「……無理、しなくていいんだよ」

 

「押し殺すのに慣れてしまっただけ。今更叫んで取り乱せばいいと言われても、やり方が思い出せない」

 

そう言って、テレナは小さく笑った。

 

「……足りなかった。いい兵たちが死んだ。もう少し統制が取れていれば、あるいはあたしが混乱の時の対応を教えていれば、もっとうまくやれたかもしれない」

 

「でもそうしたら、戦い自体に備えられなかったかもしれない」

 

「わかってるよ、そんなことは」

 

フュルシーアは言う。二人とも自分が恨み言を言える立場にはないとわかっていた。だが、かつて学院で学んだ友人の前であれば、少しだけだがそれを吐き出すことができた。

 

「……シェプは、よくやったわよ。総権国はもっと切り取れるつもりでいた」

 

「なんで騎士団領の一部と共和王冠国の主戦力と大君侯国の介入があって勝てるのかはわかんないけどさ、確かに総権国は強かった。エフナチェルカ一世が上手いだけ」

 

「最初に持っていた駒が違うわよ」

 

「……共和王冠国の議会を狙われたのは、知ってる?」

 

「民主運動。冷海同盟でも、同君地域でも起こっている。その始まりである統合王国と、形だけの民衆議会を取り入れた総権国は影響を受けない恐ろしい攻撃ね」

 

シェプルスキアは頷いた。

 

「そう。で、民主運動って言うけどあれって結局金持ってるやつらが国を動かしたいんだよね」

 

「共和王冠国ではかなり貴族が多かったんでしょう、それでも喰らうってことは単純にそれだけじゃないと見るべきよ」

 

「……そうだよね。むしろあたしたちがちゃんとそういう層の声を聞いていれば、対応できていたかもしれない」

 

「難しいところね。いつでも取りこぼす人達はいるし、それを狙うことができる。冷海同盟は南方街との繋がりを強めたし、それもある意味では民主運動と言えるのかもしれないわね」

 

「冷海同盟と言えばさ、ティツン商会ってどうなっているの?こっちに来たの久しぶりだから本当にわからなくて」

 

テレナは少し黙っていたが、口を開いた。

 

「沸騰機関。あれが糸も布を作れるようになった。そうしたことで工房というか工場を持っていた派閥がかなり力を持って、かつてからの主流派の貿易派閥と対立。そうして分裂したんだけれども、一度分裂したことで団結が弱くなって散り散りになった。それでもなお、ネアは元の名前を残すティツン商会にいるし、事実上の総経理よ」

 

「強くなってるよね……」

 

「みんなそうよ。私たちは私たちの仕事をする。この講和会議で少しでも多くのものを失わないために、規定の内容を理解して、隙間にあらゆるものをねじ込む。もちろん条約の調印をするのは紳士たちだけど、彼らはしばしばその裏にいる乙女たちを忘れがちだから」

 

テレナはそう言って、シェプルスキアと顔を見合わせて口角を釣り上げた。事実、学院の卒業生の大半が女性であっても彼女たちは見過ごされていた。未だ全国民会において女性の代議士は誕生していない。幾度か起こされ、司法議会まで至った裁判でさえ、常識的な判断のもとで未だに制限された選挙を肯定している。

 

だが、それは時代とともに変わるものだった。何かを残し、次に引き継ぐために、たとえいつか死ぬ定めにあったとしても、今を戦う人がそこにいた。

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