角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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革命は去り何者かが語る 2

「おめでとう、これで君は最初の女性代議士の一人となったわけだ」

 

白髪の混じった男性が、自分より一回り若い女性に言う。

 

「……ええ。長かった」

 

「勘違いするなよ、君はまだ統合民主国の代議士になったに過ぎない。仕事はまだ始まっていないわけだ」

 

「私がここに立った事自体が仕事の半分ですよ、少なくない戦場で先駆けが死ぬからこそ彼らの勇気は称えられるのです」

 

「ただ、新聞はもっと別のことを称えているがな」

 

そう言って男性は息を吐く。

 

「……第三民主政、ですか。第四や第五があるかのようですね」

 

「王国から民主国、そして……帝国と呼ぶべき時期を通ってデリロスの死とともに民主国に戻り、ルメン九世の即位があって、また民主国に戻った。未だにかつての王室の力は強いし、デリロス時代の栄光は忘れられていない」

 

「北側世界中央部の巨大勢力を作り出したことを考えれば、市民皇帝は愚かだった気もしますけれどもね」

 

女性の言ったように、北側世界の地図はここ半世紀で大きく塗り替えられていた。かつて冷海同盟と同君地域と呼ばれていた場所には、一つの塊がある。

 

民庶(テルツ)領域。それはかつて崩壊した神聖連邦の版図を再興したような形をした、巨大な存在である。

 

かつて統合民主国は同君地域と敵対関係にあり、そしてデリロス帝の戦争は明確な勝利であると考えられてきた。そのために生まれた恨みを彼らは良く理解していなかったのだ。

 

統合民主国がその後の政治的混乱を内部で処理し、全国民会を調整し、機能を分離し、あるいは司法議会をより統制された裁判所にするための政治闘争を繰り広げる裏で、民庶語(テルシツェ)を話していた地域は団結した。その統合はしばしば流血を伴うものであったが、それでもなお彼らはそれを成し遂げた。

 

もちろん、当時の統合民主国や統合王国とて座視していたわけではない。しかしかつて騎士団領だった地域の軍隊は、民庶(テルツ)領域の人口と資源を用いて同規模の軍隊を作り上げた。そして彼らは多くの技術を導入した。

 

小型化と効率化が進められた沸騰機関は、それ自体が移動可能な動力源として使われるようになった。もちろん統合王国でも類似のものは作られ、首都から各地に鉄の道が伸びていた。しかし、かつて冷海同盟だった地域にあるとある商会がもたらしたものは民庶(テルツ)領域における「統一された移動」を成し遂げることを可能とした。奇しくもそれは統合王国がかつて砲の整備において行ったことの延長線上にあるものだった。

 

「……ただ、かつてのものたちに文句を言っても仕方がないだろう。君はあの学院の卒業生だ。彼らとの繋がりもある」

 

男性は眼の前にいる新しい代議士をよく知っていた。彼女の知恵は古き良き時代を、つまり今ではルメン・デリロスへの批判を通して再評価されつつある第一統合王国末期の国家体制を思い起こさせるものだった。だからこそ彼女は保守勢力として、既存の秩序を揺るがせることのない人物とみなされて当選することができたのだ。

 

「双方から裏切り者呼ばわりされるのがいいところですよ。あそこはもはや様々な陣営が中立的に話し合える場としての価値を失った。かつては同君地域とはいえ、ハッヘンヴルト家の統制からある程度離れた辺境であり、かつ冷海同盟と統合王国という他の勢力もあったからこそ成り立っていた均衡です」

 

「今の学院はそうではない、と?」

 

「……同学年の口さがない議場学が得意だった男が言うには、統合王国の貴族制度の崩壊が学院を決定的に変えた、と」

 

「ほう、それは聞いたことのない意見だ」

 

「統合王国の出身者にとって、学院で学ぶことは容易でした。新しく別の言葉を学ぶ必要もないというのは便利なものですし、私もその恩恵にあずかりました。ただ、そこの卒業生が貴族の次男や三男として働き、あるいは貴族の妻として嫁ぐことが前提となっていたわけです」

 

「……なるほど。そういった人材を各国が自前で用意するようになり、わざわざ学院で学ぶ意味が少なくなったと」

 

「その通りです。かつての学院は北側世界から多くの有力な家の子女と、ほんの一握りの才能を集めた場所でした。今は入学枠を増やし、複数の地域の交流にとっては重要な場所ですが、官僚や代議士を育成するには向いていません。外交官にはいいでしょう」

 

「……そういった話を事前に君から聞き出せなかったのは、私の腕前の問題だな」

 

男性はそう言って天井を見た。既に犯した過ちをなかったことにはできないが、気がつくことができれば次の過ちを避けることができるかもしれない。

 

「語るようなものでもありませんので」

 

「そうか。さて、やることは山ほどあるぞ。通信と交通の整備、新大陸の国家群との折衝、教育に軍事に税金に教会。総権国との長らくの友好も危なくなっているし、そもそも国家体制が変わったんだ、何もかもが荒れている」

 

「そういう時代でなければ、私は当選できなかったでしょうか」

 

そう言う女性を、男性はじっと観察した。

 

「……いや、そうは思わないね」

 

「なぜですか?」

 

「全国民会法の議論で女性代議士を認めるかどうかは長く重要な争点だったのは知っているだろう?」

 

「ええ」

 

「だが、結局もとの法を改正することはなかった。あれは作られた当初から、女性代議士を想定していたという話がある」

 

「……本当でしょうか?もしそうなら、私たちの苦労は無駄だったことになりますが」

 

「理念と運用に差異があるのはよくあることだ。法律家がやるのはその文章が他の法と矛盾していないかを確かめること。法曹がやるのは実際の行為と法の間に齟齬がないかを確かめること。官僚がやるのは法に従って仕事をすること。では、代議士の仕事とは何だ?」

 

「……法を作ること」

 

「そう。だが最初の全国民会法の作成者はそうは作っていない。あくまで民衆の代表者も含んだ議論の場所としてそれを作った。我々はそこに女性を入れるよりも、代議士が自ら法を作ることができるようにすることを優先した」

 

「理念は理解できます。それは決して小さなことではないし、些細な権力でもない。しかしそのために人口の半分が無視されたというのは、なかなか私たちには納得できるものではありませんよ」

 

「だろうな、前の時代を作った人間としてその選択が誤っていたとは思わないが、犠牲があったことは認めよう」

 

「……なら今は、新しい時代を作る人間として私は動きましょう」

 

そう言う女性に、男性は頷いた。

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