「難しいものですね」
そう言った共和王冠国の軍服を着た女性は、机の上にある地図を見ていた。
「……軍人が交渉相手としてやってきたことを、我々はどう解釈すればいいのでしょうかね?」
皮肉交じりに言うのは
「うちの教育機関で一番色々と学べるのが将校学校なのですよ。あそこは女性でも参謀としてなら比較的出世しやすい」
「……共和王冠国の参謀は、確か様々なものを担当しておりましたな」
「ええ。しかし我々が指揮官にとっての参謀であれば、戴冠者と議会は軍にとっての参謀です。我々は勝手に動くわけではない」
「……だから、これは軍独自の行動でも、あるいは軍事力の行使を前提としたものでもなく、あくまで平和的な外交交渉だと?」
「そのとおりです。我々が直面している敵に対しては、手を組むべきでしょう?」
そう言って、彼女は地図の両端に手を置いた。西の統合民主国と、東の総権国。両側から北側大陸を挟むように、彼らは存在していた。
「……参謀に言うと呆れられるかもしれませんが、二つの場所で同時に戦わなければならないというのは悪夢だ」
「貴国の輸送能力についてはある程度調べていますが、張り巡らされた鉄道があれば軍をあちらからこちらまで運ぶのも容易ではなくって?」
そう言う相手を見て、男性は軽く舌打ちをしたくなった。彼がここに来る前に軍機として知らされた防衛計画はまさにそういうものだった。しかしそれは軍がどうにか作り上げた、わずかな勝ちの可能性を他の勢力に頼らずに手に入れるためのものだった。
そして共和王冠国はそれをよく理解している、と彼は考えた。共和王冠国の参謀たちは、単純に兵士だけを見ているのではない。騎士団領に由来を持つ
経済。流通。人口。産業。共和王冠国の参謀たちは、それについて学んでいる。
そしてなお厄介なのが、眼の前の女性は軍事訓練をきちんと受けている人物なのである。学院を卒業した外交官であれば誰しもがやるような基礎的な方法として、彼は議論の前に相手を調べていた。かつて共和王冠国を致命的敗北から救った将軍の作り上げた参謀制度は、本来は戦場を知る有能な兵の中から眼の前の戦場に惑わされずに広いものを見ることのできる人材を探し出すものだ。
胸にある勲章は最小限だが、それでも彼女が騎兵であり、猟兵であり、偵察兵であり、そして参謀であることは明らかであった。兵と同じような地味な色の制服は、戦場で見分けがつきにくくなるという効果もあったが同じ軍隊として働いているのだという一体感を与える効果もあった。
「……ええ、たしかに貴国と統合共和国の両方から攻められたところで、我が軍は両方を打ち砕くでしょう。そのために我々の軍は鍛えられています」
そう言いながらも、彼はそれを欺瞞だと知っていた。単純な計算になる。攻めるのであれば守るよりも多くの兵が必要となる。つまり両方の軍を国境で食い止める以上のことをしようとすれば、少なくともどちらか一方よりも局所的には優越する戦力を集めなければならない。それができれば彼はここで共和王冠国と同盟の締結の交渉などしていないのだ。
「それは恐ろしい。我らが軍も貴国と争えば大きな痛手を負うでしょう」
「……勝てるとも、負けるとも言わんのだな」
「それは参謀の分を超えております。参謀たちができるのはこうするのが最も良いだろうと、自らの知恵の及ぶ範囲で助言することのみ。そしてしばしば戦場を知る指揮官は、電信で送られる命令よりも優先するべきものを知っています」
「そうか。……具体的交渉の前に、どこまで譲れるかを聞いてもいいか?」
外交官の彼はそう言いながら相手を見る。もちろん、相手がすぐにすべてを言うとは思っていない。ただ、それでも相手がどう動くかで読めるものはあるのだ。
国境線を完全に動かさない、とは言わないだろう。もし言うとしたら、それは相手に情報を迫らねばならない共和王冠国における彼女の立場を示すことになる。その場合、彼女は戴冠者と議会の支援が不完全ということだ。
逆に大きく譲歩する姿勢を見せた場合、彼らは背後を気にしない安心を強く求めていることがわかる。つまり、総権国の兵力増強と動員の予兆を見ているのだ。それは
「譲る、というわけではありません。求めるのは対等の交換による整理です。それにそこには実際に住んでいる人たちもいます。移住させるにしろ、彼らが言う留まるという意思を尊重するにしろ、決して楽な仕事にはならないでしょう」
そして共和王冠国の参謀から帰ってきた言葉を聞いて、外交官の彼は頷く。外交官は必要であれば国土も国民も駒として扱わねばならないが、握る駒が国土であり国民であることを忘れてはならないのだ。
彼は相手を十分な相手と見なした。もちろん、それを明言することは少ないだろう。
「……彼らに払うことになるだろう金銭と支援はどうする?折半とするか?」
「相互の地価と税収を参考にして決めるのがいいでしょう。完全に面積も価値も同じ場所を交換することはできないでしょうが、少なくとも取引は公正に行われたというふうにされねばならない。さもなくば我々は銃で狙われる」
参謀の女性はそう言ったが、それは冗談ではなかった。事実、彼女はそういった仕事をするために訓練を受けていた時期がある。今となっては安易に手を動かすことがもたらす混乱を理解していたが、それでもかつては命じられればそれを誰にも知られずに行うつもりでいたのだ。
外交官は冗談だかよくわからない言葉に軽く笑いながら、それでも真剣に地図を見てどういう線を引くべきかを考えていた。