学院の机には複数の世界地図が広げられていた。大陸と海洋、山脈と平地、そして世界各地の国家と植民地。あるいは電信のため海底に張り巡らされた電纜。
そして、部屋を準備する少女が二人。
「……よく考えると私たちがこの準備をさせられているのは特権階級による搾取じゃないかしら」
そう少女の一人が呟く。
「変なこと言わないでよ、あとあたしたちも特権階級でしょ?」
少し訛った発音で、もう一方の少女が言う。
「……とはいえ、ここでこのあと行われる会議のことを思うとね」
「ろくでもないものは間違いないけどさ……」
それは公的には世界の主要国家による新大陸、極南方、極東方における植民地及び独立国家の処遇について決める場であった。ある意味では、ここに呼ばれていない国家は彼らが決めたことについての発言権を奪われている状態にあった。
発達した動力は、海流と風任せの航海の時代を終わらせた。博物学と化学の発展は、今まで外部の人の立ち入りを拒んでいた自然を屈服させた。そして彼らはそこにいる人を文明化するという崇高な使命を胸に、資源の獲得のために争った。
「文明化のための大義、素晴らしい言葉よね。文明のことを銃と砲のことだと勘違いしているんじゃないかしら」
「文明は全部銃と砲を支えるためのものじゃないの?」
「思ったより過激な意見が出てきたわね、撤回します」
「でもさ、そういう側面はあるよ。これ見て」
そう言いながら、少女は地図を広げる。その一つは北側世界に張り巡らされた鉄道のものだった。
「……地図ね」
「例えば総権国で行われている鉄道事業は、極東方の資源を活用するためのもの。鉄と石炭は国家の骨と血だから」
「北側世界においては都市と都市、そしてその間の農村を結ぶためのものよね」
「そして植民地に引かれた鉄道は、その宗主国の力を示すでしょ。つまりは平時は資源を収奪するために使い、有事には軍隊をいつでも送り込めるように」
学院では様々な視点が教育されていたし、正しい視点などということがないということは冬に残ることを選べるようになった学生たちにとってはわかりきったことだった。それでもなお、彼らはどれかを選択しなければならない。
「でもさ、鉄道は軍隊にそんなに関係しているかしら?もちろん有用なのは認めるわ。かといって、有用だからといってそのためにあるとは限らないでしょう?農業は軍人の糧食を支えるけれども、生産された作物のほとんどは軍人以外が食べることに使われれるわ」
「……それもそうだけどさ、結局国は自分を守らないといけないわけで、国家と軍隊は不可分なんだよ。そうでない場所は、線を引かれる側になるからさ」
国家ごとに色塗りされた地図を示しながら少女は言う。そこには多くの白い地帯があった。そこに国家がなかった、というのは不正確だろう。そこにはしばしば独自の集団があり、彼らは貿易をしており、場合によっては銃を取り入れ、独自の工房を作り、地域支配を強めようとしていた。しかし、巨大な国家にとってそれらは子供の遊びに等しかった。
「傲慢な話よね」
「……うん」
彼女たちはそこでどれだけの人が犠牲になるかを計算できるようになっていた。鉱山の経営者は現地住民の雇用を有無を言わせず行うだろうし、本国もそれについては利益が上がっている間は何も言わないだろう。この種の問題について発言している人は少ないわけではなかったが、大多数を動かすのには不足していた。
「ただ、それ以外の地域も考えるべきよ。新大陸の国家は革命混乱期以降いくつかが独立したけれど、内戦の結果北側世界ほどまとまることができなかった。冷海同盟が極東方に持っていた植民地は
「あのあたりってどうなってるの?よくわかってないんだけれど」
「もともと貿易について冷海同盟内部で独占権を持っていた企業があったの。当時極東方に行けるのは南方の商人が中心で、北側世界だと冷海同盟か、あるいは聖座の宣教師ぐらい。そして冷海同盟は投資を募り、株を発行した」
「あー、聞いたことがある」
「授業でやったわよ」
そう言って少女は息を吐いた。
「……企業は輸出のために道路や港を整備して、たぶん人が必要だったら現地で雇った。それで
「半分は正解ね。実態はもっと酷いけれど」
「酷い?」
「……統治に使う時に素直に払い下げられるようなものであれば、反乱が起こったら乗っ取られるでしょう?そうならないように工夫がされていたのよ。地域や文化の対立を活用していたわけ」
「えげつないことするな……」
「植民地になるというのはそういうことよ。だから新大陸では独立のために血みどろの闘いがあった。この点において綺麗に手放した統合民主国は見事と言うべきね、その後の混乱は向こうの彼らの責任にできたから」
そう言いながら、少女は地図を指でなぞる。二つの国家の国境線は点線となっていた。停戦条約が結ばれてもなお相互に承認をしておらず、外交的にも面倒なことになっている二つの国家の関係は北側世界の外交官にとっても決して楽なものではなかった。なにせどちらも工業と農業が発展し、取引先として有望な国家なのである。
「……やっぱりこの会議、邪悪だね」
「そうして生まれたもので着飾って、乗り心地のいい馬車に乗っているのだからあまり言うものではないわよ。覚悟がない人は口をつぐめ、とは言わないけれども私はそれを美しいとは思わない」
「わかったよ」
会話は途切れ、二人は丁寧に部屋の準備を進めていく。議論のときに必要になるだろう様々な資料は学院の図書室で長い時間をかけて作られたものだ。革命混乱期に戦場となった学院は一部が崩れたが、その蔵書が焼けることはなかった。そしてその後、学院は拡張されることになる。
その結果、かつての特別な教育機関という趣は薄れた。今なお入学生の選抜は厳しいが、より広い層から人を集める場所となった。入学対象となる年齢層も上がり、大学と同等の、あるいは大学を卒業した後に入る機関とみなされるようになった。かつては十代の学生が通っていた場所は、今は大人の場所であった。