角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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革命は去り何者かが語る 8

聖座の主が死んだ。数百人の死者の列に彼は加わり、そして鍵のかかる部屋にて彼らの後継者が議論とともに選ばれる。

 

「どうせどの枢要僧が第一の弟子の後継者となろうがあたしらには関係のないこった」

 

そう言う椅子に座った老婆は、教え子である青年を睨むように見上げながら言った。

 

「主が精霊をもって任じそうな人たちは今の戦争について消極的ですからね」

 

「まああたしらがかわりに無茶をするべきだってことだ。右手で人を救いながら、左手で短刀を持っている聖座なんぞろくでもないからな」

 

「聖座でもっとも有名な修女が短刀側だと言うのは恐ろしいことですね」

 

そう青年に声をかけられる皺だらけの老婆は、聖座の重鎮とみなされる人物であった。医学、教育、そして霊的な救いについての専門家であり、そして指導者でもあった。歴史学者の中には彼女に匹敵するのはかのリュクバーンだけであると言うものもいたが、そもそもリュクバーンを知る人が少ないために多くの人には伝わらない比喩となっていた。

 

「あたしなんて無名も無名さ、雑誌の表紙になったことなんて数えるほどしかないぜ」

 

「……あなたが表紙になった冊子は、聖座内の会報ではないのですよ」

 

それは世界的に有名な報道雑誌の表紙であった。定期的に大きな貢献を成した人を扱い、そしてその人物を世界的に有名な写真家によって撮影する。その表紙となることは、時代を象徴することと同じであった。

 

「わかってるさ。さて、まだ今日も終わりそうにないかね」

 

「部屋の中の内容は語られませんからね。今どき貴族合議制で代表者を決めるというのも悪い気はしますが」

 

「馬鹿だねぇ、俗世が知恵の光に照らされる中で、教会は愚かさの闇とともに生きることを選んだのさ。聖リュクバーンは実によくやったが、それでも聖座の終わりを百年か二百年引き伸ばしたに過ぎん」

 

「正当派の宝座がほぼ消失したのに比べればいいでしょう。彼らは貧民の救済という大義名分を評議会共和国に奪われました」

 

「奪われる程度にしか強く持ってなかったってことさ、一方こちらは無宗教の軍事支援組織さえ抱えているし、どの国家もあたしらを潰せやしないよ」

 

彼女がそう言うように、あらゆる地域に聖座は浸透していた。地域の学校の教師を生み出す教育機関を、高度な医療を提供する医療施設を、より良い麦を作り出す実権農園を、そして紛争の調停と被害者支援を行う部隊を持っていた。そしてそれらは、しばしば聖座の名を隠して行われた。

 

寛容の精神だ、と枢要僧たちは語る。異教徒であれ、敵であれ、主はそれを救われると。その地上での表れとして、我々が立っているのだと。

 

「実態は国家組織と財界との癒着じゃないですか」

 

「地の上では腐り落ちる富を、我々がかわりに有効活用してやっているんだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いは一切ないね」

 

「それでも我々の富は膨大ですよ。かつて世界を支配した商会たちが消えたあとも、我々は事実上世界貿易に大きな影響を与えています」

 

彼はそう言いながら世界地図を思い浮かべていた。各地に派遣された宣教師たちは、同時に知識も伝えた。そこで彼らは港を築かせ、商品を生み出させ、そしてそれを取引した。今やそれは世界各地の貿易企業が直接の輸送を担っていたが、その裏で聖座の影響力があるのは間違いなかった。

 

「商会は消えてはいないさ。輸送が相対的に重要ではなくなっただけだ」

 

「……気にされなくなった、という方がいいでしょう。それは今でも不可欠だ」

 

「おっと、そういえば君はその担当者だったな。薬に食料、捕虜に遺体。あらゆるものを公的に運びながら、別のものも一緒に運ぶのは誰に学んだんだ?」

 

「あなたですが」

 

青年は聖座の旗を掲げ、あるいはその他の中立団体の旗を掲げ、様々な紛争に派遣されていた。その裏で、聖座の力を使い様々な事が行われてきた。その多くは、言葉の上では人を救っただろう。しかしその対価にされたものは厳重に隠されていた。

 

「しかし次の我らの指導者は、次の戦いを止めうる男かね」

 

「止められなければ我々がそれを利用するだけでしょう?」

 

「失ったものを嘆くな、という精神は実に素晴らしい。だからといって失う方向に進む馬鹿を殴って止めるのは老人の務めだ」

 

「……老人は前線の停戦交渉で大声を出さないのですが」

 

「昔はもう少し無茶ができたんだがね、いまはしっかり寝ないと無理だし徹夜が祟る」

 

悪魔でもここまで勤勉ではないだろう、と青年は自分の師を見ながら考えていた。零落した貴族の末裔として、彼の両親は息子に伝統的な職について欲しがった。その先が教会であり、聖座であり、そして彼はそう遠くないうちに枢要僧となるだろうと周囲から期待される人物となった。

 

公的には、彼の貢献は多岐にわたる。ただ、その裏を理解できるものは少ない。薬を国境の検問をすり抜けて運べるならば、弾薬も同様に運ぶことができる。医師を送り届けることができるなら、兵士も同様だ。

 

聖座は起こり得る混乱に対して言葉だけで対応する組織ではない。行動が必要であればそれを起こすし、それに必要な人物がいるのであれば数十年かけてそれを作り上げるだけの狡猾さがあった。

 

「さて、我々は新しい長からどう見なされますかね」

 

「前任者の残した腐敗だと扱われて、全員各種の栄誉を剥奪して追放とかはどうだ?」

 

「そいつは素晴らしい、すぐにもう一回代表選挙ができる」

 

「今回の投票はかなり関係者の移動に時間をかけたらしいからな、また戻られるよりすぐに二回目をやったほうが効率がいい」

 

二人は笑い、そして深く息を吐いた。

 

「……教会は腐敗していますな」

 

「必要な毒さ。今や精神は手術によって治療できるようになった。信仰心なんてものは愛国心に比べれば些細で、死への恐怖は薬で超えることができる。素晴らしい時代においては、我々が生き残るためにはろくでもない手を使うしかない」

 

「聖リュクバーンの加護ぞあれ、と言いたくもなります」

 

「陰謀と工作を働くものの守護者に、か」

 

「一応は代議士と交渉人ってことになってますからね」

 

青年はそう言いながらも、死後聖人となったかつての枢要僧がどれだけのことをしたのかが聖座にさえ断片的にしか伝わっていないことを知っていた。革命混乱期にいた勢力の中で、もっとも長くその形を残したのは聖座かもしれない。彼らは革命の中で、取りこぼされる側を、歴史を保つ側を支援した。その戦いは常に勝利したわけではなかったが、それでも残されたものは多かった。

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