角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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破棄が始めの骨牌を倒す 3

テレナの朝は遅い。予鈴とともに食堂に向かう足取りが少しふらついているのはいつものことだったが、今日は特に同居人からも不安な視線を向けられるほどには危なかった。

 

「……いつも以上に、テレナさんが良くないね」

 

テレナの隣を歩くシェプルスキアにそう声をかけたのは、第二学年の女子学生だった。

 

「うん、昨日は遅くまで手紙を書いて」

 

「ああ、大丈夫だよシェプルスキア。それとネア先輩、いつも気にかけてくださりありがとうございます。しかし私の健康が至らないのは私の不徳ゆえですので、お気になさらず」

 

「無理はしないでね?あなたのこと、結構期待しているんだから」

 

「もったいない言葉です」

 

テレナの対応は、ただの先輩相手にはものものしいところもあった。ネアは学院では珍しくない女子学生である。古典を愛し、旅を夢見る少女である。しかしながら、冷海同盟の中でも有力な商業都市リズビムにおいて力を持つティツン商会の総経理の長女である。

 

その家の財力はテレナのようなちょっとした田舎伯爵などとは比べられないほどであったが、テレナの態度はそれが主な理由ではなかった。ただ、テレナにとってネアは頼れる先輩であった。

 

食堂に入ると、既に給仕が机の準備をしていた。部屋には食欲をそそる匂いが漂っており、学生と教職員はそれぞれ自らの好みの席に座っていた。すでに学年が始まってからしばらく経過しており、食堂のどの席に誰が座るかは概ね決まっていた。

 

隣に座るテレナを心配しながら、シェプルスキアは蒸した川魚とゆで卵の入った塩漬け野菜のサラダを自分の皿に盛っていた。中央に置かれた大皿から各自が取りわけ、そして全員で食べきる。食べる時には優雅に、そして会話を途絶えさせないように。食堂はそのような立ちふるまいの訓練の場としても機能していた。

 

「……ねぇ、テレナ」

 

「少し静かにして。集中しているから」

 

シェプルスキアを遮るように言ったテレナは、集中して周囲の雑談に耳を澄ませていた。かすかに聞こえる単語とざわめきはいつも以上に大きく、昨日の舞会で起こった騒動についての話らしきものが感じられた。ただ、テレナは別にそういった盗み聞きが得意な方ではなかった。

 

「麦粥さめますよ、テレナさん」

 

「ん……、ありがと」

 

シェプルスキアとは逆の方から声をかけられたテレナがゆっくりとスプーンを持ち上げて食べようとすると、食堂に鐘の音が響いた。学院の中でなにか連絡事項がある場合、大抵はほぼ全員が集まっているこの朝食の時間が用いられる。

 

食堂中の学生と教職員の視線を向けられる中、背筋を伸ばし、堂々とした足取りで女性教授が全員から見やすい場所へ歩いていった。

 

「……テレナ、誰?」

 

シェプルスキアはテレナに小声で問いかける。

 

「ヨルワ教授。パステリアス伯爵夫人でハッヘンヴルト家傍流のギローツテア家出身、統合王国の宮廷社交界ではかなり」

 

「うんもういいよ」

 

長くなりそうなテレナの説明を打ち切らせて、シェプルスキアはその女性を見た。神経質そうな雰囲気を漂わせてはいたが、それが演技であると読み取ることができた。おそらくは教授として威厳を保っているのであって、本性はより柔和な、相手の緊張を解いて話を聞いてくれると思わせるような人物であるとシェプルスキアは考えていた。

 

しかし態度だけでも示さなければ兵は将を信じることができないだろう、とシェプルスキアは考えつつ麦粥をすくったスプーンを素早く口に運んでいた。それに、彼女にとって恐ろしいのは威厳や威圧以上に言葉巧みに警戒心を抱けないようにしてくる相手であった。

 

「みなさん。昨日の舞会で学生による騒ぎがあったことを知っている人も多いでしょう」

 

食堂中に響く柔らかくも大きな声に、小さくざわめきが走った。話しているヨルワ教授からはその声が低学年側の机のあたりから来ていることを確認し、上級生とは違って自制の難しい段階なのだろうと少しだけ落胆しながらその感情を顔に出すこと無く話を続けた。

 

「この学院は多くの人々によって支えられています。小さな噂や誤解は大きな問題を生み出し、そしてあなたがたの生活を脅かすでしょう。そのため、以降はいつもどおりに生活をし、学業に励み、賢明な判断のもと行動をしてください」

 

テレナはこれを聞いて思ったより問題が大きくなっている可能性を感じていた。さすがに学院側が明確な姿勢をここで示すわけには行かないが、かといって静観を続けることも難しい。しかしまずは状況を落ち着けることを優先したのだろう、とまでテレナには読むことができた。あるいは、これはある程度の理解力のある学生向けの事実上の説明であったのかもしれない。

 

「また、今まで通り外との手紙のやり取りの際には確認が入ります」

 

また不満の声が低学年の机のほうから響いた。シェプルスキアは感情を表に出さない訓練をしていたし、そもそも状況がよくわかっていなかったので後でテレナに聞こうと納得していた。ここで食事を続けるのは良くないのだろう、と戦場を読むこともできていた。

 

「それでは、朝食を続けてください。学ぶ身として、ふさわしい態度を期待します」

 

ヨルワ教授が去っていくと、またざわめきが広がった。

 

「テレナ、どういうこと?」

 

シェプルスキアは隣でうつむきながら何かを真剣に考えているようなテレナに声をかけた。シェプルスキアには教授の会話に出てきた詳しい統合王国語の単語を全て理解することはできなかったが、それでも何かが起こっており、それを押さえようとしていることは理解できた。

 

「……気にしないほうがいいわ。教授も普段通り過ごすようにとおっしゃったでしょう?それに今は朝食の時。しっかりと食べないと、昼まで保ちませんよ?それにシェプルスキアは朝から動いているんですもの、よそいましょうか?」

 

「う、うん……」

 

シェプルスキアはテレナのあからさまに変わった態度に少し驚いていた。いつもの丁寧なだけのような口ぶりではなく、より洗練され、優雅に感じさせる滑らかな口調での言葉だった。そしてシェプルスキアにも『今は』という言葉がテレナによって少し強めに言われたことは理解できた。ここで話すべきではない、ということだろうとシェプルスキアは読み取った。

 

つまり今は難しいことを考えず眼の前のものをしっかりと食べるべきだ、とそろそろテレナに渡された大盛りの麦粥の皿をシェプルスキアは受け取った。一方で皿を渡したテレナはちょうど鍋を空にできてよかった、と満足していた。

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