会合の開始に合わせて、人が続々と学院に集まってきていた。移動に半月やそれ以上がかかることを考えると、どうしても旅程の計画は難しくなる。それでも開始にきちんと合わせて到着してくる人が多いのは、それだけの事前準備ができるだけの人が集まっていることの現れでもあった。
「……あのさ、テレナ」
「なに、シェプ」
「広くて、落ち着かないんだけど」
二人がいるのは学院の敷地内にある宿泊施設だった。この手の施設に慣れていたテレナからすればそれなりにしっかりとした部屋で、付添人が泊まる部屋もついていて、書類の作成やちょっとした打ち合わせもできるだけの空間であり、狭めではあるが十分なもてなしに対応しているという認識だった。
「……貴族がそんなこと言うものじゃないわよ」
「あたし天幕暮らし長かったんだよ?なんていうか、こういう場所で寝るのって変な感じで……」
「東方の領主サマを招くならこのくらいは標準よ。統合王国とか行ってみなさい、装飾の黄金の輝きで目が焼かれるかもしれないわね」
招待客として手続きをしたシェプルスキアには、なんと宿泊施設の一室が割り当てられていた。学生ではなくきちんとした専属の使用人のいる、寮とは格の違う空間である。
なお、このせいで二人は一度寮へ移した荷物をまたこちらに持ってくることになった。シェプルスキアは寮でも構わないと主張したのだが、テレナがそれは侮辱になりうると説明すると渋々ながら、しかし軽々と引っ越しを終わらせたのだった。
「そういえば、エルガーツ翁は?」
「昔なじみのヴィンサート教授と娯楽室で酒を飲んでるって」
「そう考えると世間は狭いわね……」
騎士団領時代のヴィンサートと傭兵団時代のシェプルスキアは東方では顔を合わせたことがなかったが、シェプルスキアの父であるアズドがイヴェリャン団の団長をしていた時代にエルガーツとヴィンサートは一度敵同士として相まみえていた。
それが今では卓上遊戯でもしながら夜酒とともに過去の話をすることができるというのだ。人間の関係の移り変わりと繋がりに思いを馳せて、テレナは息を吐いた。
「それなりに酒を持ち込んでいるはずだから、色々あると思うよ」
「それじゃあ、その間のエルガーツ翁の世話役は教授に任せるとしましょう」
そう言って、テレナは身体を伸ばした。これらから数ヶ月に渡って学院で行われる様々な会合において、失敗が許される機会はそう多くはない。もちろん、完全に全てを成功させることが無理なのはテレナにはよくわかっていた。
経験豊富な相手は、相手がどのような選択肢を選んでもそれを失敗に持っていけるような言い方を選ぶこともある。ヨルワ教授ほどの腕前があればそもそも相手がそのような策略を組むこと自体を事前に防げるかもしれないのだが、テレナにはそこまでの経験がなかった。
一方で、シェプルスキアやテレナには学院の学生という多少の失敗を許容される立場があった。たとえ東方の領主として呼ばれていたとしても、会合の席で学院の制服を纏っているのであれば所詮学生に過ぎないのだ。
この微妙な感覚は、テレナは言われればわかるがシェプルスキアはわからないだろうし、テレナであっても自分で生み出すことはできなかっただろう。このあたりは暗黙裡の規則を作る側であるヨルワ教授の手腕である。
「あーあ、あたしもお酒飲みたいな」
「シェプのところだと何があるの?大麦酒とか蜂蜜酒とか?」
「あたしが領地で飲んで面白いなって思ったのは蒸留酒に薬草を漬けたやつかな」
「きつそう……」
「味や匂いは草っぽいなってなるけど、苦くはないよ。いや苦くないわけじゃないんだけど残る苦さじゃないっていうか……」
「大麦酒に入れる花みたいな感じ?」
「またちょっと違うんだよね、草原の匂いがするっていうのかな……、もしエル爺が持ってきていたらいっぱい貰いに行こうかな」
「学生が飲酒をするのはあまりよくないんじゃないの?」
「なら領主としての服を着ていこっと」
「……そうね」
特に会合のときではない服装は様々な意味をもたせることができる意思表示の方法として特別な意味を持っていたし、そこで故郷の服を着ることは出身を示す意味を持っていた。そしてそのような場所であれば学生では許されない振る舞いであっても認められることがある。
「いや待って、でもこれだと私は飲めないのでは?」
テレナは別に酒を積極的に飲む方ではなかったが、味がわからないわけではなかった。特に冬の会合という様々な味わいを経験できる場所においてそのような機会を逃すことは機会の損失となることに気がつき、どうにかしてシェプルスキアやエルガーツを置いて自由になれる時間を手に入れる必要があるとテレナは決意した。
「まあ、それはともかく見てよこの寝台!おっきいよ!」
「……ちょっと気になるわね。寝てもいいかしら」
「別にいいけど?」
「それでは失礼して」
テレナは寝台に腰を乗せた。
「……っ、これ、すごいわよ」
「そんなに?」
「布地がいいのは見てわかってたけど……たぶん詰め物も複層構造よ。上の方は羽毛かしら」
何度かおそるおそる体重をかけてみるテレナを見ながら、シェプルスキアはそこまでのものだろうかと少し訝しんでいた。とはいえ、寮で使っていた薄く潰れたものと比べれば柔らかそうなことはわかった。
「……本当だ、それにすごい暖かそう」
布の間に手を入れながらシェプルスキアは言う。冬季の防寒手法については遊牧時代の覚えがあったシェプルスキアであっても、十分な保温性があるとわかる柔らかさと滑らかさがあった。
「……シェプルスキア嬢、一日でいいので寝台を貸していただくことはできないでしょうか」
「えっ何その言い方、別に一緒に寝てもいいよ?」
「一緒に……?」
シェプルスキアに言われて、テレナは意味を読み取れないようだった。
「いや、この大きさだったら別にいいでしょ」
「ああ、なるほど。確かに寒い時とかに母と娘とか姉妹で共有するのはないわけじゃないだろうけど……このあたりって地域差があるのかな」
「あたしのところだとみんないっしょに入ってたからあんまり気にしないよ」
「私が気にするのよ。とはいえ他の地域の寝台事情なんてよく知らないし、このあたりの知識はどうしても嫁ぎ先の話ぐらいしか聞く機会がないのよね……」
「ふーん」
テレナがよくわからないことを言っているな、と思いながらシェプルスキアは布の間に潜り込み、体重を静かに受け止める布地に身を任せて目を閉じた。