角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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地図に並ぶ役者は踊らず
地図に並ぶ役者は踊らず 1


「……すごい地図だね」

 

そう言ったシェプルスキアが見る机の上に置かれている紙は、小さな寝台ほどの大きさの地図であった。北極近くや南方の海岸、あるいは極東の平原については線が薄くなっているところがあったが、少なくとも北側世界の部分については十分な精密さを持っていた。

 

「これを学院が持っているということの意味、わかる?」

 

テレナはその周囲に筆記用具の入った箱を並べながら言った。地図は単にやり取りを円滑化するための道具ではない。学院がこの地図を持っていること自体が、参加者への意思表明でもあるのだ。

 

「……まず、複数の陣営と通じている。同君地域だけじゃなくて、統合王国や冷海同盟とも」

 

「どうしてそう思う?」

 

「この地図は、明らかに軍事機密だから」

 

シェプルスキアの答えに、満足そうにテレナは頷いた。おそらく各地の軍、あるいは地図政策のための組合から情報提供の約束を取り付けているのだろうとテレナは考えていた。普通であれば地図にはその作成者が書かれるものだったが、これだけの精密な地図にそのような表記がない事自体がこの地図が真っ当な形で作られていないことを示唆していた。

 

「その通り。それに、北側世界だけじゃなくて南側世界についてもある」

 

テレナがそう言って指した地名は、シェプルスキアにとっても馴染み深いものであった。

 

「でも東側の境界線は少し古いみたいだけど」

 

ツィノドと小さく書かれた地域の近くを通る線は、シェプルスキアの知っているトゥカハト大君侯国との境界線とはずれていた。

 

「純粋にそこまで情報を集められていないのか、あるいは今なお東方には脅威があるという政治的な意味か……このあたりは会合の流れによる形ね。聞かれない限りそのことは黙っていたほうがいい」

 

テレナの言葉に、シェプルスキアは頷いた。

 

「ええと、それじゃああたしたちの一族の出身は……このへんかな」

 

シェプルスキアの指は大内海と海峡を挟んで繋がる酷海を超え、大君侯国と総権国の境界にある山岳地帯に触れた。

 

「……遠いわね」

 

「でも、世界全部からすれば近いよ」

 

「まあ、ね」

 

「ところで、これは?」

 

シェプルスキアは統合王国の南西にある地域を指した。大西海と大内海を結ぶ海峡をまたぐように存在する地域で、その響きは北側世界のものではなかった。

 

「アラザマール教主国。確かにあまり聞かない名前ではあるけど、大西海を超えた先にある新大陸の南側に大きな植民地を持つ帰伏教唯一派の国家よ」

 

「ええと、いっぱいあってちょっと思い出せない……」

 

そう言って頭を押さえるシェプルスキアに、テレナは息を吐いた。

 

「一旦、地図を北と南に分けて考えましょう。西側にある南北の境界は、教主国と統合王国の境目にある山脈」

 

テレナは東西に伸びる地帯をなぞるように指を伸ばした。

 

「九百年ほど前から、この山脈地帯で北側世界と南側世界は争っていた。押し込んだり押し込まれたり、というふうにね。ただ、三百五十年ほど前に教主国の独立が起きてからは境界線はここで固定されているはず」

 

「独立って、どこから?」

 

「いわゆる大後継朝(アラ・カラミア)。東の砂漠から双河地帯(メル・パツム)、そしてかつての大支配地(イルパティム)南側全体を含む一帯を支配した、史上最大の国家」

 

テレナの手は、ぐるりと地図の南側全体を囲うように動いた。

 

「……支配地域が大きくなりすぎて、末端まで統制が効かなくなった?」

 

「概ねそうね。そして地方が独立されたことで大後継朝(アラ・カラミア)の威信も失われ、東側は地方領主であった君侯たちによって支配体制が組み換えられた。こちらがトゥカハト大君侯国。シェプが国境防衛に当たっている相手で、帰伏教の慣行派が主流。南側世界の大君侯国と北側世界の同君地域、共和王冠国、総権国が接しているこの半島部が東側にある南北の境界線ね」

 

「とはいえ別に大君侯国とは敵ってわけじゃないけどね」

 

「そうなの?」

 

北側世界と南側世界という形での理解しかしていなかったテレナは、シェプルスキアの言葉に驚いた。

 

「だって普通に取引とかするし、あたしのいたイヴェリャン団だってかつては大君侯国に雇われていたわけだし。だからそうだね、故郷を捨てて傭兵になって、総権国と戦って、共和王冠国と戦って、騎士団領と戦って、統合王国の遠征軍と戦って、また総権国と戦って、そして今は大君侯国と戦っているのかな」

 

「傭兵も大変ね……」

 

傭兵が戦う陣営を変えること自体はそう珍しいものではない。ただ、変えた場合にはそれまで培ってきた信用は失われてしまう。それ以上の信用を、すなわちできるだけ裏切りとは見なされない形で陣営を変えつつ、成果を残すことというのを実現してきたイヴェリャン団の強さを地図を見ながらテレナは改めて感じていた。

 

「毎回取引相手の言葉が変わるから苦労したってエル爺は言ってた」

 

「でしょうね、通貨も文化も取引の方法も変わるだろうから、エルガーツ翁の能力は東側ではかなり高いでしょうし、今回で西側のやり方も知られるわけだからどうなることか……」

 

「ええと、これで南側世界の二国が終わり?」

 

「そうなるわね、大君侯国はともかく、教主国とは大規模な戦争は起こる気配は今のところないわね。教主国はここ百年でかなり衰退して、かつて学問の先端であったという地位も北側に奪われたし。」

 

「そんなだったんだ」

 

「学院を作った初代学院長も教主国で学んだのよ。大宗派戦争に噛んだ南側世界の国家が講和条約の時に宗教的寛容を押し付けられたのも衰退の理由の一つ、なんて話もあるけどこのあたりは私は自分の言葉で語れるほど知識がない」

 

「そっか……」

 

そう言ったシェプルスキアは、改めて地図を見た。

 

「大内海にある諸国家は……宗教も陣営も様々なので解説すると複雑すぎるので省略。聖座領とかはここで、同君地域が大内海に接しないような蓋にもなっている」

 

「どうして?」

 

「もともとあった神聖連邦に対する海上貿易の独占みたいな話よ、このあたりは……私も正直よくわかっていないから、専門の人に聞いたほうがいいと思う」

 

「ふうん」

 

「それと北側世界はよく知っているだろうし、テレナはここに来るまでに三つは通ってるわけだから……詳しい説明、必要?」

 

「一応お願い」

 

「わかった。まず山脈を挟んで教主国と対峙するは北側世界の最西端、フェルヴァジュ統合王国。その西にあるのは冷海を囲うように存在する北の冷海同盟(ツェンデ・ルンザ)と中央のハッヘンヴルト同君地域、この三つが西側って呼ばれることもあるわね」

 

「地図だと冷海同盟と同盟地域ってあまりまとまってないんだね」

 

シェプルスキアは太線で囲われている統合王国と異なる二つの地域を見て言った。それぞれ同じ色で塗られてはいたが、その中には小さな国家や地域が多数存在していた。

 

「前者は文字通りに同盟だし、後者は……そもそも複雑だからね、もともと私の実家のエルンツィンガー伯爵領だってハッヘンヴルト家に忠誠を誓っているわけではないけど、敵対するのも難しいし、いろいろな義理もあるし、と面倒な感じなのよ」

 

「……そんなにまとまりがないのに、どうして北や西から切り取られないの?」

 

冷海同盟の色に塗られた騎士団領や統合王国から同君地域のほうへなぞるように指を動かしながらシェプルスキアは言った。

 

「一つは宗教。冷海同盟は抗議派中心だから、聖座の力の強い統合王国とは相性が良くないから手を組みにくい。あとはハッヘンヴルト家の力ね、あの家は大抵どこにでも一族がいるから」

 

「ヨルワ教授もそうだっけ」

 

「分家ね、あの辺りも家系図が面倒なのだけど。それで、その東にあるのがポジェチニャ共和王冠国。更に東には今回の会合の重要な対象の一つ、ルウォロド総権国ね」

 

「ずっと拡大してきてるからね……」

 

「で、なぜか西側はシェプを対総権国のための協力者にしたいようよ」

 

「……馬鹿なの?」

 

シェプルスキアは率直に言った。シェプルスキアが連隊長を務めるイウェラ連隊はあくまで大君侯国への備えとしての軍だ。シェプルスキア自身には多少総権国のための知識はあるが、共和王冠国の中にはもっと詳しい人も多い。

 

「誰も共和王冠国の軍制や内部事情なんて知らないのよ、そもそもシェプルスキアは対大君侯国のために領地を与えられているわけでしょう?」

 

「総権国が攻めてきたらイヴェリャン団も動くだろうけど、全力では無理かな」

 

「そのあたりすらわかっていない人がほとんどだから、そこは注意して」

 

「……はい」

 

シェプルスキアは自分がどうやら面倒な立場に置かれていることを理解したが、テレナはもっと先を読んでいるしもっと面倒事に巻き込まれているのだろうな、と少し同情した。

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