「イウェラ家のアズドの娘シェプルスキアと申します。ツィノド女領主ではありますが、今は学院の第一学年として学んでいる身となります。今回の会合に参加できたこと、嬉しく思います」
東方の訛りを少し混ぜてそう言った学院の制服を着たシェプルスキアは、拍手の中で会合に使われている部屋の末席に腰を下ろした。
『どうだった?』
前を向いたまま、シェプルスキアは小声で斜め後ろに立っていたテレナに声をかける。
『共和王冠国語のわかる人もいるでしょう、あまり雑に話さないように。しかし良かったですよ、お嬢様』
『はぁい』
進んでいく会合を聞きながら、テレナは定期的にシェプルスキアに耳打ちをするようにしていた。会合では特に難しい単語が使われることもなく、シェプルスキアでも理解できる内容ではあったがそれでも難しい用語の理解の一致や前提条件の説明のためにはシェプルスキアが動かなければならなかった。
『エルガーツ翁。議論内容を要約しましょうか?』
『頼む』
それに、テレナにはエルガーツへの通訳というもっと重要な問題もあった。後からシェプルスキアにまとめてもらうにしろ、言葉に出ない雰囲気を知るためには会合に出る必要がある。エルガーツの統合王国語の能力は限られていたため、時折テレナが不慣れな共和王冠国語で内容の補足をしていた。
『いいよテレナ、あたしが言えばいいから』
『できればシェプルスキア嬢は周囲の人に目を配っていただきたい。誰があなたを侮り、誰があなたに注意を向けているかがわかれば、おのずと繋がるべき人物がわかります』
『なるほどね』
納得したシェプルスキアの横でエルガーツに説明をしながら、テレナは会合の流れを見ていた。
問題になっているのは総権国の拡大。過去半世紀に渡って、総権国は拡大を続けていた。いや、この言い方は正確ではないな、とテレナは頭の中で年表を思い浮かべながら考えていた。
始まったのは七十年ほど前から。きっかけは共和王冠国の王を誰にするかについての干渉戦争であった。その過程で当時まだ地域国家でしかなかったルウォロドは、冷海同盟のいくつかの陣営や同君地域のいくつかの国家の駒として使われていた。
しかし、ルウォロドは単なる駒ではなかった。陣営を操り、隙を見ては領土を拡大し、あるいは南の大君侯国に対して北側の結束を誘導し、そうして領土を拡大し、冷海への入口を手にいれた。
そして半世紀前に総権国を名乗り、正統派の守護者を、大支配地の後継者を名乗るようになったのである。
もちろん、これを北側世界が素直に受け入れられるはずもなかった。大支配地の後継者という正当性は統合王国も、あるいは同君地域を統べるハッヘンヴルト家も利用しているものだった。これ以上僭称者が増えてはいけない。
しかし、それを止めるための軍事遠征が大規模に行われることはなかった。東方開拓による資源、整備された軍隊、急速な産業の開発、そして「文明的」な統合王国との接近によって、総権国は初期の混乱を乗り切ることに成功した。
初代の総権者が亡き後、その息子が後を継いだ。しかし、彼は不自然な死によって姿を消す。かわりに玉座に座ったのは、彼の妻であった。
騎士団領の名家出身で、学院の卒業生。すなわち、西側の手法を知り尽くした人物が国家を率いることになったのである。専門家の招聘、行政の改革、そして初代の総権者の意思を継ぐものであるとする内外への誇示。彼女の治世は十年になろうとしているが、その手法は西側が見習うべき点が多いと述べられるほどまでに洗練されていた。
「つまり、共和王冠国により積極的に士官派遣を行うことは一つの解決策となりえます」
そう言っているのは同君地域内の国家の軍人だった。拍手に包まれるその発言は、総権国を北側世界という盤面の打ち手として認めるものだったが、同時に共和王冠国を駒として扱うものだった。
それは、当時の西方にとっては珍しい視点だった。彼らは世界を「文明的な」三陣営による卓上遊戯とみなし、盤面によっては追加の打ち手がいる、という程度の認識だったのだ。
「シェプルスキア嬢は、どのように思われますか?」
話が飛んできたのを受け、テレナはシェプルスキアに顔を近づけた。
『通訳という形でお願い、あたしはうまく言えそうにない』
『特に中身はないけど、協調が必要で、支援は考慮して受けることを考えている、ぐらいにする?』
『お願い、どうせあたしが何言ってもここでは意味ないでしょ?』
『そうだけどね』
周囲からは、あくまで通訳の学生が何かを聞いているように見えただろう。ましてやシェプルスキアも学院の制服を着ているのだ。侮られるというより、見学者に近い扱いをされていることは間違いない。
『エルガーツ翁、この話しかけは見栄えのためだけにしているものです。適当になにか小声で話してください』
『つまり実権はお嬢にない、ということを見せたいのだろう?』
『ええ、学院で学んでいる彼女に面倒事が回ることは避けたいですし、あと四年ほど保たせられるのであればそれがいいかと』
『ふむ、では……』
他愛のない会話を交わしつつ、テレナは最初にシェプルスキアに話しかけたのは失敗したかなとも考えていた。もっとあからさまに通訳が領主を無視してその家令とのみ話していれば、会合の参加者は少なくともシェプルスキアに命令や決定の能力がないと見るだろう。場合によっては、テレナの政治的振る舞いの甘さすら勘違いしてくれるかもしれない。
ただ、これらは所詮小細工に過ぎないことをテレナは知っていた。規律の取れた大軍は、あるいは資金に裏打ちされた取引は、このような表面的政治を超えた力を持つ。もちろん、その力を振るう事に伴う問題を考えれば、小細工によって破滅を先延ばしにするか、逸らすことも不可能ではないが、主導権を取れるような動きではなかった。
「現状、シェプルスキア嬢は共和王冠国の領主となって期間が短く、周辺地域との関係についてなにもないところから構築している段階です。それに彼女も未だ若く、大きな決定は領地に戻ってからしかできない、と。しかしながら皆様の支援は自らのような新参者に対しての温かい寛容を感じさせる提案であり、非常に魅力的だ、と申しております」
そう後ろで言うテレナの言葉を聞いて、何人かが失敗を感じたような顔をしたことをシェプルスキアは気がついていた。シェプルスキアにとって、彼らこそが領地の実態を伝え、正当な取引ができる可能性のある人物であった。