角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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地図に並ぶ役者は踊らず 5

「……何の議論をしているの?」

 

テレナはネアの耳元で聞いた。このヨルワ教授主催の数学者の会合にテレナと一緒に来ていたシェプルスキアは完璧な微笑みを浮かべ、部屋の隅に座っていた。つまりは、何もわかっていなかったのである。

 

「教主国の衰退はどのような政策によって止めることができたのか、という話ね。銀への依存がもたらした問題についてはご存知?」

 

ネアはテレナに尋ねた。二人が見ている先では紳士たちと数人の淑女が紙の上に書き殴った数式と図書室から持ち出された財政記録をもとに議論を交わしているところだった。

 

「まあ、最低限であれば。新大陸で採掘された銀は王室の贅沢……というのは偏った見方かもしれないけど、軍事と北側世界からの資源購入に用いられた。もちろん植民地の治安維持や力をつけつつあった統合王国への脅威、あるいは文化的優越を示さなければならなかったことを考えれば、決して愚かだったとは言えないけど」

 

「それでも、今から見ればそれが正しい選択ではなかったのは確か。輸入によって国内産業は衰退し、溢れた銀は教主国のみならず北側世界も含めた価格の上昇を招いた。その結果として北側世界が力を持つようになった、というところについては意見は共通している」

 

テレナはネアの話を聞いて頷いた。

 

「なら、何で対立しているの?」

 

「どこまで規制をするべきか、そしてどこに投資をするべきかね」

 

「……ああ、統合王国と冷海同盟の姿勢の違いね」

 

「端的に言ってしまえばその通り」

 

そう言ったネアは、左側に立っている華麗な服を着た人々を手で示した。

 

「こちらは統合王国の官僚、統制主義の皆様。適切な管理によって国内産業を奨励し、関税を高めることで民間の輸入を制限し、国家からの資金流出を阻止することを目指している。冷海同盟の放任主義では結果として国力を損なうから、国家による介入が不可欠であるという人々ね」

 

「確かに、聞いた限りでは間違っているようには聞こえない」

 

「そしてこちら、冷海同盟の商人の皆様」

 

そう言ったネアは、右側の機能的な服装の人々を手で示した。

 

「国家による独占は腐敗と非効率を生むため、統制されない民間の力を使うべきというもの。投資によって利益を生むことのできる市場をあらゆる産業に拡大し、技術の開発を促進することが不可欠だと述べている」

 

「まあ、それもそれらしいわね。とはいえ結局は程度なのでは?」

 

「そんなことはわかっているわよ、あくまで議論のための議論であって、実際の政策では折衷的になる。とはいえ、相手の理論の根拠を知らなければそれを採用するにしろしないにしろ議論にならないでしょう?」

 

ネアの言葉に納得して流れがわかるようになったテレナは、少なくとも聞き取れる単語の半分の内容は理解できるようになった。もう半分は皮肉と罵倒のようにテレナには聞こえた。

 

「皆様、少し口調が過激では?」

 

「仲間同士で集まった学者や官僚、あるいは外套を外した商人なんてああいうものよ、相手に気を使う儀礼よりもやり取りの速度を重視する今どきの人たちね」

 

「へぇ」

 

「……テレナ嬢は、どうしたら良かったと思います?」

 

いきなり話を振られて、テレナは少し考えた。領地内の経済の安定化と発展促進は領主として、あるいは領主の補佐となる妻として生きていくのであれば避けられない問題である。単純に農地を改革したり、あるいは新製品を開発したりすればいいというものではない。より大きな流れを見なければ、小さな努力など潰されてしまうのだ。

 

「……銀自体が何かを生むようにすればいいのよね、溜め込むだけではなく」

 

「そう」

 

「農業への投資は?税金を下げたり灌漑とかへの援助をしたりして、長期的に富が生まれるようにする。もちろんそれ以外の産業への投資も重要だけど」

 

「農業基盤論ね、農業こそが富を生むのだという考えだけど、そういう本を読んだのかしら?」

 

「少しだけ。とはいえ、のめり込むほどではないけど」

 

テレナは将来を見据え、図書室にある様々な本を読んでいた。もちろん時代や専門性は多用であったが、その中で使えそうなものは断片的にテレナの記憶の中にあった。

 

テレナが読んだ本はかなり過激なもので、貴族制度と紐づいた土地所有制度を根本的に変更しなければ農業生産の非効率は避けられないというものだった。この種の本は統合王国では危険思想扱いされるだろうし、学院の図書室でもひっそりと書庫に置かれているようなものだった。

 

「まあ、結局は富はどこから生まれるかという話よ。国庫に溜め込まれた信頼か、投資と技術発展か、あるいは労働によって生み出される作物か。どれもある程度の根拠があるし、実際はそれぞれが複合的に噛み合うのでしょうけど」

 

「ネア嬢はどれがいいと思います?」

 

「どれか、と言われると難しいけど間違った答えなら用意できるわ」

 

「何ですか?」

 

「どれ一つとして選ばないこと、あるいはすべてを選ぶこと。一貫した方針は、たとえそれが誤っていたとしても信頼と予測可能性を生むわ。だから表向きは一つしか選んではいけない」

 

「逆に迷えば、あらゆる人々は何を頼ればよいかわからなくなる……」

 

「だから、誤っているかもしれないという態度を取ってはいけないのよ。たとえ地獄への一本道を進んでいるとしても、この先に希望があると言い続けなければ今すぐ地獄がやってくるわ」

 

「酷い偽預言者たちだ」

 

「私達もそうなるのよ」

 

テレナがネアの返答を聞いて苦笑いをしている横で、ネアは一歩前に出て議論の輪に入った。

 

「さあ紳士淑女諸君、少し議論が熱くなりすぎだ。少し話題を変えるのはどうだい?」

 

ネアの動作は芝居がかっており、口調は舞台の主演男優のようであった。それだけで紳士淑女はネアを見て、議論を止めた。

 

「……具体的には?」

 

沈黙を破ってそう聞いたのは、同君地域の学者だった。

 

「それを教主国が成せたか否か、だ。彼らは多くの制限を抱えていたし、植民地における世襲領主と派遣官僚の対立もあるから万能の解決策はないぞ」

 

「現地に任せればいいんだ、介入するべきではない」

 

「いや、それによって求めるものを生産できないようであれば植民地の価値がないだろう」

 

「完全な統制など最初から無理なのだから一定の自由を……」

 

そう言う人々が形成する陣営が、先程とは微妙に異なっていることにテレナは気がついた。先程まで対立していた人が同じ陣営に立ち、あるいは同調していた人が別の意見を持つような問題を提起したネアは、少なくともこの場では議論の流れを支配していた。

 

「……テレナ、まだ話は続きそう?」

 

いつの間にかそばに来ていたシェプルスキアがテレナに声をかけた。

 

「まあね、たぶんこれ日が沈んだら酒飲みながら続くわよ」

 

「大変だ……」

 

「あなたもこのあたりの考え方は最低限知っておかないと、領地を動かすのは大変よ」

 

「贅沢できるっていうのはわかりやすいからね、イヴェリャン団だって定着したからできるようになったことも多かったし」

 

「例えば?」

 

「酒作り」

 

「ああ……」

 

遊牧の生活だと酒の原料を作れないものな、と思いながらテレナはネアの後ろで議論に少しだけ耳を傾けていた。

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