角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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地図に並ぶ役者は踊らず 6

「疲れたね……」

 

シェプルスキアはそう言って身体を伸ばした。

 

「さすがに今夜は私もゆったりするわよ、昨日は夜ふかししたし」

 

テレナもそう言って、寝台に腰掛けていた。二人の部屋の窓から見える学院の城塞趾にはまだ火が灯っていて、夜通しで議論と交渉が行われているのがわかった。

 

「それにしても、ここは明るいね」

 

「どれだけの蝋燭と油が燃やされているのかわからないほどにね」

 

「……実際、どれぐらい?」

 

「相当な額よ、まあまあの職人の給与なら月収の単位ぐらいは行くかもね。ちゃんとした会計資料を見ていないし、点灯や消灯の人手は考えていないけど」

 

「うわぁ」

 

「貴族というのは金がかかるのよ、かけようと思えばいくらでもね」

 

そういう会話をだらだらとしていると、扉を叩く音がした。

 

「あたしが行くよ」

 

「お嬢様、いいですって」

 

そう言ってテレナが沈んでいた寝台から起き上がるより先に、シェプルスキアは扉を開けていた。

 

「……お手紙です、ヨルワ教授から」

 

「先輩、ありがとうございます」

 

「……シェプルスキア嬢もお疲れ様です」

 

テレナがシェプルスキアの隣に来た時には、もう扉は閉まって廊下の足音は去っていた。

 

「誰だったの?」

 

「ええと、名前は忘れたけど先輩」

 

「まあ二百人近く人がいるからね、覚えられないのも無理はないけど……何か飾りはつけていた?」

 

首を振って、シェプルスキアは受け取った紙片を見た。

 

「……ところで、これ」

 

「日付は明日、それと時間と場所だけね、送り主も宛先もなし」

 

そう言ってから文字の癖であればヨルワ教授のものと特定できるかもな、とテレナは考えていた。ただ、ヨルワ教授の筆跡をテレナは知らないし、もし似ていたとしても真似られたのだと言えばいくらでも言い逃れができる程度のものだった。

 

「……匂いは、どうだろ」

 

紙片に鼻を近づけて、シェプルスキアは言った。

 

「香水はわかりやすいものだからね、わざわざつけないでしょう」

 

「人の匂いとか、煙草とか、そういうのもあんまりない。木の匂いっぽいものはする。閉じた箱の中に入っていたのかな……」

 

「……そういう分析ができるほど、私はいい鼻を持っていないのだけど」

 

「匂いって大事だよ、風の向きとか天気とか、そういうのがわかるし。こっちだとそういう話をする人がいないけど」

 

「まあね、貴族はそういうくだらないことをしないのが統合王国流の美徳なのよ」

 

「それ以外の場所だと?」

 

そう聞かれたテレナは、少し考え込んだ。

 

「騎士団領だとやっぱり騎士たるもの現場を知らないとって話は多いと聞くわね、同君地域は場合によりけりだけど、私の父はそれなりに外に出る人だった」

 

「そうなんだ」

 

「まあ、もともと軍人なのもあるけどね」

 

軍人という言葉を聞いて、シェプルスキアは目をしばたたかせた。

 

「ええとあのあたりで戦争というと……聖冠継承戦争?」

 

「そう。ハッヘンヴルト家が神聖なる冠の保持者じゃなくて神聖なる冠の守護者になったやつ」

 

「……何が違うの?」

 

「冠を被れなくなったのよ、あれは本来神聖連邦時代の諸邦からの信任の上で聖座が授けたものだから……とかなんとか」

 

「テレナも詳しくないの?」

 

そう聞かれて、テレナは頷いた。

 

「そもそも神聖連邦が崩壊する理由になった大宗派戦争については?」

 

「前に授業でやって何もわからなかった」

 

「そうなのよね、私もわかってない」

 

「なんでさっきまで敵同士だった国同士が普通に一緒に戦ってるの?宗派って名前なのに普遍派も抗議派も関係なく争ってるし、南側世界まで傭兵とか遠征軍とか派遣しているし」

 

「名前が間違っているのかもしれないけど、一応きっかけは神聖連邦の内部対立だからね……」

 

そう言って、テレナは頭の中に地図を思い浮かべていた。今の冷海同盟の南側と同君地域の北側を合わせた巨大な地域にまたがる連邦であった神聖連邦は、少なくとも今の同君地域以上にまとまっていた。

 

「北の方の抗議派と、南の方の普遍派だっけ」

 

「例外も多いけどね。ほら、私の家は抗議派だけど神聖連邦の南側だったのもあって同君地域に入っている」

 

「あの地図を見ながら授業受けさせてくれればいいのに……」

 

そう言って、シェプルスキアは以前見た机の上の大きな地図を思い出していた。

 

「あれは無理よ、もう少し簡単なものならどこかで手に入れられるかもしれないからそれで我慢しなさい」

 

「はーい……で、何の話だっけ」

 

「私の父が戦争に行っていた話」

 

「その前」

 

「貴族が外に出るかどうか……ああ、匂いの話だった」

 

「そうだそうだ、持っていたのに忘れていた」

 

シェプルスキアはテレナに紙片を渡した。

 

「ところでこれ、何なの?テレナはわかる?」

 

「伝えたって記録自体が面倒になる代物となると、まああれかしらね」

 

「あれ?」

 

「統合王国の内部問題の会議」

 

「……なんでテレナが呼ばれるの?」

 

「さあ。あと呼ばれたのはあなたよ、シェプ」

 

「……どうして?」

 

「ここはあなたの部屋」

 

「ああ、そっか」

 

シェプルスキアは時折自分がテレナとは違って現役の領主であり、政治的立場が上であることを忘れてしまいがちだった。それは彼女が役目を放棄しているというよりも、テレナの知識の前では自分がちっぽけに思えるからという方が正しかった。

 

「……いやでも、どうして?」

 

「考えられるのは明確な第三者だからね。統合王国と共和王冠国はそれなりに距離があるし、経済的繋がりも薄い。それに領主という立場もある」

 

「……じゃあ、ヨルワ教授があたしを学院に残したのって、そこまで考えていたってこと?」

 

「東側の人物の紹介って側面のほうが大きいと思うけど、可能性はあるわね。まったく、計画があるなら先に言ってくれればいいものを……」

 

「秘密の計画は実行の時まで秘密に、というやつ?」

 

「それで統制が崩れたら意味がないのよ。わかっていればその先を読んで自分で動くこともできるかもしれないけど、直前で言われたらどうしようもない」

 

「だからじゃないかな……」

 

シェプルスキアはヨルワ教授の強さを知っていたが、テレナを過小評価していたわけではなかった。戦場によっては十分ヨルワ教授にとって脅威となる力をテレナが持っていると考えていたし、だからこそヨルワ教授はテレナに油断をしていないと考えていた。

 

シェプルスキアは息を吐いて、寝台で寝そべるテレナの横に倒れ込んだ。シェプルスキアは戦場を選ぶよりも、選ばれた戦場で全力を尽くすほうが性に合っていた。そのためには、しっかりとした休息が必要であることもよく知っていた。

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