角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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地図に並ぶ役者は踊らず 8

テレナにとって、その時間はとても長いものだった。学院の入学試験のために書いた手紙の返信を待つ以上に、その時間は恐ろしいものだった。

 

扉を叩く音がした。ヨルワ教授が立ち上がった。テレナはシェプルスキアと目線を合わせて、小さく頷いた。それ以上の合図は必要なかった。

 

「いや、お招きありがとうヨルワ教授。僕が最初かな?」

 

そう言ったのは背が高く細身の、笑みを浮かべた男だった。外套の下には僧衣を着ており、聖職者であることを示していた。

 

「ええ、リュクバーン猊下。お待ちしておりました」

 

「猊下だなんて、僕はただエネト嬢の保護者だよ」

 

少し軽薄にもなりかねないほどの柔らかさで彼は言った。ただ、シェプルスキアの目からすると演台に立てば穏やかに言葉を述べるだけで多くの人の心をつかめるような、つまりは警戒するべき人間だということは明白だった。

 

「……そうでしたね、ではリュクバーン枢要僧。他の客が来るかもしれませんが、それまで一息つかれてはいかがでしょうか?」

 

「そうさせてもらうよ、ヨルワ教授」

 

この時点で、二人の関係は暗黙裡に決まっていた。パステリアス伯爵夫人ではなくヨルワ教授として呼ぶことはこの会合が学生間の問題について話すことを示唆していたし、ヨルワ教授による敬称ではなく肩書による呼び方は相手の立場を尊重しつつも絶対的な敬意を意味しないものだった。

 

テレナはこの意味をかろうじて読めていたが、シェプルスキアには読みきれなかった。かわりに、二人の表情と話し方を見ることに集中していた。

 

ヨルワ教授がシェプルスキアのほうをちらりと見ると、シェプルスキアは銀の盆に乗った茶菓子と後ろでテレナが注いでいた茶を出した。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、お嬢さん。……もしよろしければ、どちらから来たかお聞きしても?」

 

「イウェラ家のアズドの娘、シェプルスキアと申します。浅学の身ではありますが、共和王冠国の王冠と議会よりツィノド女領主として封ぜられる名誉をいただいております」

 

「なるほど、統合王国語が実にお上手だ。よく勉強なされたのでしょう」

 

「ええ」

 

シェプルスキアは微笑んで言ったが、これが自分の発音に対する皮肉なのだろうなと察することはできていた。ただ、それを読み取れないなら文字通りに受け取ったように振る舞うほうがいいと考えていた。

 

テレナからすると、シェプルスキアの発音はかなり良いほうであった。出身を聞かれたということは自分が教えた発音に難があったのか、と思いつつも相手の行動が読み切れない以上平然としているしかないと考えていた。

 

「この度はエネト嬢が問題を起こしてしまった、と聞いているのですが」

 

「ええ、学生に過ちは付き物ですので、学院としてはできるだけ静観したいのですがね」

 

「しかし、そのようにしては批判もあるでしょう?特に対立する学生の保護者が来るような場合には」

 

「そうですね、しかしあくまで学生同士の争いです。それを調停するのも学院の仕事ですよ」

 

ヨルワ教授とリュクバーン枢要僧は、物腰柔らかに会話を続けていった。ただ、その内容にはきちんと裏の意味が込められていた。

 

問題についての間接的な態度、静観できないほどの事件を起こしたことへの指摘、聖座としての仲介の提案とその拒否。この程度は社交と政治に慣れ親しんだ上流階級にとっては、基本的なものであった。

 

「しかし、東方風ですか」

 

「ええ。こちらのシェプルスキア嬢の故郷ということで揃えてみましたの」

 

「なるほど、社交界に行くとどれもこれも統合王国風ということですから、こういうものもたまには良いものです」

 

そう言ってリュクバーン枢要僧は茶を一口飲み、茶菓子を食べた。その動作は丁寧で、しかし温かさと素朴な甘みに対する安らぎが表情に出ていた。

 

「シェプルスキア嬢は、学院に入ってどれほどになる?」

 

リュクバーン枢要僧はシェプルスキアの方を見て言った。

 

「ええと、秋に入学したばかりです。第一学年ですね」

 

「なるほど。その齢で……大変なことも多いでしょう。学院の先達として、何かあれば言ってください」

 

「リュクバーン枢要僧は学院に通われていたのですか?」

 

少しだけ噛みそうになりながら、シェプルスキアは言った。

 

「ええ。学びのための旅の途中で半年ほど」

 

『……テレナ、ちょっとわかんない』

 

シェプルスキアは助けを求めるように、小声で呟いた。

 

『共和王冠国語で説明するのも難しいのよ、自分で聞きなさい。それが許されているから』

 

『わかった』

 

「……名乗りが遅れました。私も彼女と同じ第一学年のテレナと申します。シェプルスキアの指導役をしています」

 

シェプルスキアがなんて聞けばいいのか考える時間を稼ぐために、テレナは一歩前に出て自己紹介をした。

 

「ああ、申し訳ない。テレナ嬢ですね、よろしくお願いいたします」

 

リュクバーン枢要僧は目を細めて笑みを浮かべ、小さく会釈をした。なお、ここでテレナの名前を聞かなかったことは失礼には当たらない。シェプルスキアより一歩下がっていた彼女は、この場において打ち手ではないとみなされていたのだ。

 

テレナはちらりとヨルワ教授の方を見たが、特に咎める様子がなかったのを見て自分の行動が及第点を取れるものだったのだろうと息を吐いた。この種の作法は、かなり場によって変化する。双方が同意してさえいれば、かなり社交の場での規則はゆるくすることが許されるのだ。

 

「それで、リュクバーン枢要僧。旅、というのはどういう意味ですか?」

 

「正規の学生ではなかったのです。この身を神に捧げてから、いかにすれば人々の魂をより良い場所に導けるかを考え、僕は旅をしたのです」

 

当時、このような旅は珍しいものではなかった。しかし寄る場所の多くは大学のような歴史と権威を持つ機関が一般的であり、学院に訪れるということは特別な意味を持っていることがあった。

 

つまり、実務者としての手法を身につけるということである。たとえ半年であっても、学院での学びはその意味を理解している者にとっては非常に大きい。

 

「……そうですか。どうですか、学院は変わっていましたか?」

 

「僕が通った時は夏だったので、ここで冬を越さなかったのです。冬の学院の空気は、また違ったものがありますね」

 

シェプルスキアの問いがどこまで意味を込めたものか、リュクバーン枢要僧には読みきれなかった。はぐらかすような答え方をしながら、これからの会合について容易く終わることはないだろうという予感をリュクバーン枢要僧は持っていた。

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