角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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地図に並ぶ役者は踊らず 9

リュクバーン枢要僧の次に来た男は、老人と言っていい齢だった。しかしその老いは弱さではなく、経験を感じさせるような形で彼の風貌に反映されていた。

 

「リュクバーン枢要僧。あんたが来たのか」

 

「ええ、ルゼイフ侍従長。若輩者でありますが」

 

低い声にそう笑って言ったリュクバーン枢要僧は、確かに聖座の枢要僧の中では若手の方だった。ただ、異様に若いというほどでもなかった。枢要僧の席の数は概ね決まっているが、ほぼ終身制であるために一度に何人かが倒れるとちょうどいい人材がおらず、若手が枢要僧となる機会がたまに訪れていた。とはいえ、単純に運で座れるほど枢要僧という立場は安いものではない。

 

「それとヨルワ教授、よろしく」

 

「ええ」

 

ルゼイフ侍従長はあくまで軽くヨルワ教授に言った。主要人物として扱うつもりはないという意思表示である。確かにヨルワ教授は統合王国の社交界でそれなりの繋がりを有していたが、首都の宮廷で行われる盛大な社交と比べればそこまでのものではない。ヨルワ教授が今では明確な学院派と見なされることもあって、ルゼイフ侍従長はあくまで彼女は場所を貸しているだけであり、会合の重要人物は三人だけである、と言外に主張したのである。

 

それを見ながら、シェプルスキアはこの人相手にはまた噛みそうな自己紹介や会話をしなくて済んだらしい、と息を吐いていた。彼女にとって軽視されることは別に苦痛ではない。そもそも、彼女は自分がその立場に相応しい人間となるにはまだ時間がかかると理解している。不相応な肩書を持った人間には、相応の扱われ方というものがある。

 

とはいえもしこれが草原であって、そこで族長であった自分が軽視され、侮辱されたとしたら話は別だ。そのような場において、適切な反撃を行わなければ一族の名誉を汚したのは侮辱の言葉を吐いた相手ではなくシェプルスキアとなる。ただ、あくまで学生として立っているシェプルスキアにとっては観察をするいい時間になっていた。

 

来訪者である二人の間で言葉は交わされなかった。もちろん、話す内容がなかったわけではない。ルゼイフ侍従長は統合王国の教会における叙任権の問題について聖座に言ってやりたいことはあったし、聖座の介入を排除できるのであればしたかった。

 

ただし、一方で聖座の持つ影響力がなければ王室の権威が維持されないのも事実であった。そして少なくとも、リュクバーン枢要僧と下手な会話をしては王室と聖座が距離を取る理由を作られてしまう。それは王室にとっては望んではいないものだった。聖座は調停役として、歴史とある程度の権威がある外部勢力として、あるいは信仰上の問題を抱える組織として存在してもらわなければ困るのだ。

 

リュクバーン枢要僧はそのような政治的変化に聖座が追従することに限界がある以上、その権力と支配地すら縮小させてでも俗界から手を引き、聖座は王よりも民を見るべき組織となるべきだと主張していた。言い換えれば、権力が揺らぐ貴族よりも成長しており数の多い市民階級こそを聖座の基盤とするべきだという人だったのである。

 

二人の無言のやり取りでは、多少話しかけるように促しあったものの互いに口を開くことはなかった。ヨルワ教授は笑みを浮かべたままだったし、テレナはシェプルスキアが交換した冷めた茶を捨てて注ぎなおしていた。

 

その沈黙は、最後にやってきた人物によって壊された。

 

「おう、全員揃っているようだな」

 

豪華に飾られた、それでいて下品にならない意匠と細工は有力者の証であった。かつてルメン七世が恐れ、あらゆる方法で力を削いだものの完全に屈させることはできなかった地方の有力諸侯の生き残り、地方派と呼ばれる派閥では三指に入る有力者、テワドレーム公爵である。

 

「ええ、エアーク・ファルティク。あなたが最後よ」

 

ヨルワ教授は意図的に彼を爵位ではなく名前で呼んだ。個人的な友誼を匂わせるという方法である。学院は中立であったが、口を開かないものにあえて配慮をする理由はなかった。会合で語らないものは、試合で剣を取らないのと同義である。

 

「テワドレーム公爵でいい、ここはそういう場所だろう?」

 

「そうね。……呼びかけに答えてくださった保護者の皆様に、学院を代表して感謝をいたします」

 

ヨルワ教授が話を始めた。この時点で、ヨルワ教授は三人をあくまで保護者の枠組みに抑え込んで教授である自分との関係を調整しようとした。

 

「それでヨルワ教授、学院の話を聞かせてもらおうか」

 

明らかに苛立ち混じりの声で、不遜に足を組んだテワドレーム公爵は言った。確かに地位という側面から言えばこの場においてテワドレーム公爵を最上位と解釈することはそうおかしなことではない。

 

ルゼイフ侍従長はあくまで現役を退いて王の私的な相談役として来ているために外交的な代理人とは見なされないし、聖座の名義でから何らかの委任を受けているわけではないリュクバーン枢要僧も同様だ。もしそうであればテワドレーム公爵もここまで不遜にも思える態度を取ることはできなかっただろう。

 

そしてヨルワ教授はあくまで伯爵夫人であり、テワドレーム公爵はまだ知らなかったが同じ領主であるシェプルスキアとの間にも大きな差がある。統合王国における公爵は王に準じる力を持つ爵位であり、曖昧な王冠を戴いている東方の野蛮な国家の田舎領主とは大きな差があったのである。

 

とはいえ、これは統合王国の規範に基づいて見た場合だ。ヨルワ教授は三人を同じ保護者という立場で扱おうとしているし、リュクバーン枢要僧にとって机を囲む二人は俗界の有力者に過ぎなかった。

 

「……まとめますと、学院としてはこの混乱に伴って起こった内部問題に対処すれこそすれ、婚約関係については学生たちの、あるいは学生たちの保護者の問題であると考えます」

 

ヨルワ教授が大まかに事件のあらましを説明したのを聞いて、テレナは新しい情報をヨルワ教授が出さなかったことの意味を考えていた。確かに婚約破棄は大きな問題であるが、それは学院が管轄し、あるいは委任された権限から外れた分野の話だと言えばその通りである。

 

とはいえ、三人にとって学院という場を責めることは選択肢の一つとして存在するはずのものだった。諸悪の根源、過激な角灯主義の中心地、そして婚約の重要性を保護せず、混乱を招いた逸脱者として学院を追及することは不可能ではなかった。

 

三人にとっての問題は、そのように主張したところで何も解決しないという点である。それぞれが抱える勢力の内部問題を解決するために、三人はここに集まって来ていたのだった。

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