角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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束縛の中で棋譜は交ざる
束縛の中で棋譜は交ざる 1


テレナは大きな寝台の真ん中を使うように沈んでいた。

 

「……大丈夫?」

 

「役者が多すぎる」

 

ぱちりと目を開けてテレナは起きあがろうとして上手くできず、シェプルスキアに手を引いてもらって何とか縁に座ることができた。

 

「……結局さ、あの話し合いは何だったの?」

 

「互いにどこまで譲れるか、あるいは譲れないかの確認。……そして状況は、悪い」

 

「詳しく教えてもらってもいい?あたしは全員嘘つきで、何かを隠しながらそれでも強気にしないといけない状態だったのはわかるけど、何が彼らをそうさせたのかはわからない」

 

シェプルスキアの言葉に、テレナは頷いて立ち上がった。

 

「まず前提として、婚約破棄事件の直接の関係者三人と、今日の会合に来た三人と、そしてその裏にある派閥というか勢力というのは、必ずしも一体じゃない」

 

「……兵士と、将軍と、参謀が別のことを考えているような?」

 

「そうね、シェプからしたら弱い軍だと言われそうだけど」

 

「……常にそういう完璧なことができたら、イヴェリャン団は無敗だったよ」

 

「違ったの?」

 

シェプルスキアの聞いた伝説では、イヴェリャン団は最強と呼ばれるに相応しい集団だった。遥か東方の騎馬民を、流浪の職人たちを、亡国の砲兵隊を束ねたその傭兵たちは、報酬と引き換えに恐れを知らず、そして不利な戦地にあってもなお華々しい勝利を雇い主にもたらしたという。

 

もちろん当時の兵士が興奮気味に男装した童女に語った戦場物語には誇張が含まれるだろうということは当時のテレナにもわかっていた。だが、その程度についてははっきりと断言できていなかった。少なくとも、その強さと実績は間違い無かったのだから。

 

「小さな負けは多かった。局所的に勝ったとしても、戦争全体で見れば勝てないことも多かった。それでも信用を失わなかったのは、父さんと、参謀団がいたから」

 

「アズド、だっけ」

 

「そう。……あたしも昔は色々あったけどさ、今は西側流の手管を使う領主にならなきゃいけない。私についてきてくれる人達が、酒を飲んで、子供に囲まれて死ねるように」

 

「……大変ね。でも、きっとシェプならまとめられるよ」

 

「まあ統合王国と違って小さいからね。それで、派閥と来客と学生、だっけ」

 

「そうそう。本当は地図と駒でもあればいいんだけど」

 

「三と三と三で、九の要素?」

 

「そうなるわね。あと、これからの説明は私の勘みたいなものや邪推が入るから、そこはシェプの感覚を信じて」

 

「わかった」

 

シェプルスキアが頷いたのを見て、テレナは部屋の中を歩き始めた。

 

「王室派は婚約破棄を既成事実としたいはず。とはいえ婚約はあくまで軽い契約に過ぎないから、また結び直すこともできるぐらいというふうに問題を小さくするように動きたいらしい」

 

「……婚約って、結婚の約束だよね?」

 

「結婚自体が祝福される約束……というか契約なわけで、契約をするっていう契約自体は実は別に神聖でもなんでもないの。根拠となるものは実はほとんどない」

 

リュクバーン枢要僧はそのあたりをよくわかっていたのだろう、とテレナは考えていた。あくまで口約束を口約束で破棄しただけで、聖座から見て何か問題があるわけではない、という態度を取るようだ。

 

「それはそうと、エネトと王子の関係ってどうなるの?」

 

「……発言が微妙なのよね、婚約を破棄して、エネトと関係を持つって言ったのよ。これは複数の証人がいる」

 

「うん」

 

「では、関係って何?」

 

「それって……婚約じゃないの?」

 

「エネトは誓約をしている修女で、独身でいなければならない。そのことについて触れられていないから、関係って言葉が難しいのよ。統合王国語の口語と法律用語だと噛み合わないことも多いし……」

 

「愛人?」

 

「まあ、そんなところとして捉えるのが普通ね。でも、もしこの関係って言葉の意味を変えることができたとしたら?」

 

「例えば?」

 

「王子が聖職者の道に進むこと。別に引退した王や後を継がない王子や娘がそういう方向に進むことは珍しくないのだけど……」

 

「今は時期が悪い?」

 

「そうね。少なくともリュクバーン枢要僧は嫌がるでしょう」

 

「そうなの?」

 

「あの人、政治的問題に聖座が巻き込まれないように距離を取りたがってるのよ。各地の農業指導とかをする修道院を設置したがったりしている。私の家に来たのもそれが理由ね」

 

「そういえば何か言ってたね……。テレナの家は抗議派だよね?」

 

「ええ。でも周囲には普遍派が多い。寛容の立場を取ってくれているから助かっているけど、それがいつまで続くかわからない。とはいえここで改宗するとそれまでの繋がりが消えるし産業を聖座に握られるからあまりね……」

 

大宗派戦争以降に宗教の力が弱まったとはいえ、それでも重要な政治勢力であることは変わりはなかった。聖座の中でもどの派閥や会と地域がつながっているかは外交的問題を生むため、距離をとって抗議派でいることにもある種の合理性はあったのだ。

 

「大変だ……」

 

「あとただでさえ長年の敵であるハゼウ伯爵領のほうと仲良くしようとしているからここで改宗まですると今までの家臣が反乱を起こしかねないとかいう理由もあるけど」

 

「……ちょっと話戻すね。それで、王子が聖座に入るの?」

 

「そうすると場合によってはフェルヴァジュ管区大監僧より事実上力が強い人物が存在することになるのよ。それも統合王国ではなく聖座の方に引っ張られがちで、かつ不気味な女性をそばに置いている、ね」

 

「うわぁ、嫌だ」

 

「だからこの線も難しそう。今の所、私は三者が上手く納得できる結末を作れない」

 

「……どこかに問題を押し付けるなら、やっぱり」

 

そう言って、シェプルスキアは銃を構える仕草をした。

 

「過激派同士を潰し合わせて不満を消す、あたりはあってもおかしくないわね。でもそうすると外部勢力の介入もあるし、下手するとネア先輩のところの商会への支払いが踏み倒されるかもしれないし……」

 

「ああそっか、支払いを踏み倒しそうだね」

 

「シェプはそのあたり、取り立ても含めて詳しいのよね」

 

「我がイヴェリャン団の誇りの一つは、報酬をきちんと回収することですから」

 

そう言って、シェプルスキアは西方の領主ではなく東方の指揮官のような荒さの滲む笑みを浮かべた。

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