「……それで、本題は何でしょうか。ガロテーエン卿」
総権国の世間話が一段落したところで、テレナは笑みを崩さないまま言った。
「シェプルスキア嬢を我が国への尖兵としようとする奴らを、愚かとは思わんかね」
「……切り込んだ発言をいたしますのね。シェプもそうですけど、私はそういうやり方は嫌いじゃありませんのよ」
話を進める方向があっていることと自分はシェプルスキアと深く関係を持つ人物であることを同時に仄めかしつつ、テレナは言った。
「なるほど。いや、我が国は今のところ西方から敵視されておりましてな。東側どうして潰し合わせればいい、と思われているところなのですよ」
「……ええ」
ガロテーエンの発言は、テレナの知っている情勢と合致していた。総権国の軍事的な、あるいは領土的な拡大は警戒を受けている。そしてその対応として、シェプルスキアの領地を含む共和王冠国の勢力が駒として動かされようとしていた。
「それは我々にも不本意であるし、共和王冠国にとっても望ましいものではない。それに、西側は我々にとって敵ではないのですよ」
「取引相手だと?」
「もっと深い関係にもなりうる相手です。我々は我々の領土以上のものを欲しているわけではない」
「……続けてもらえます?」
テレナはその表現に引っかかるものを覚えていた。我々の領土、という言葉は一見明確な言葉に見えるが、総権国の立場からするとその範囲がどこまで広がるかはわからないものがあった。
例えば正統派の信者は総権国のみならず大君侯国や共和王冠国、そして同君地域にもいる。もしその地域一帯が領土とみなされるのならば、それは明らかな拡大の意図を示している。そしてもしかつての
とはいえ、ここまで無茶が通ることがないのは総権国もわかっているだろう、とテレナは考えていた。明らかな拡大をすれば、西側は団結してしまうだろう。目指すべきは慣れている間に領地をじわりじわりと広げ、気が付かぬ間に軍と行政を整備し、そして一国で西側と対峙できるほどの力を手に入れることだ。もちろん、それができるのであれば苦労はなかった。
「我々が求めているのは平和です」
「戦争を重ねた上での領土を手にして?」
「しかし、戦うこと以外を我々が知らぬわけではないのです。傭兵団の団長であっても、西方の流儀を学んでいるのではないですか?」
シェプルスキアの話を出されると、テレナは黙るしかなかった。
「……我々は小国ではないのです。基盤を確立し、豊かな国を作り、そして対等に話し合うためには、それなりの力と基盤が必要になります」
「素晴らしい理念ね。でも、私のような少女一人に何ができるの?」
「……現状を、知っていただきたいだけです」
ガロテーエンは柔和な笑みを浮かべた。テレナにはそれがシェプルスキアが戦場を考える時に浮かべている興奮の混じった表情とどこか似ているものを感じていた。
「西方の東方に対する政策が不適切であったとしても、あなた方にとって不利益ではないのでは?」
「次の勝利と、その次の勝利だけを考えるのであればそうですな。しかし我々はそうではない。もっと先を、未来を見据えております」
「今の時代は何もかもが変わっているのよ、その中で未来を見ることができると?」
テレナはそう言って息を吐いた。破綻の見えつつある貴族制度や現実と切り離された学術研究。それらの過去を越えようとする姿勢は、確かに総権国に見ることができた。ただ、それは総権国に限った話ではない。
学院は当然、相違う内容の授業を行っていた。統合王国においては購官制度として市民階層に貴族の肩書を与えて国家運営に参与させつつあったし、同君地域では先進的な地域が独自に小規模の官僚制を導入していた。最も過激で先進的とも言えるかもしれない冷海同盟では、半世紀より前から血より金のほうが価値のあるものとなっていた。
確かに総権国は時代の変化を先取りしようとしている。しかし、それは特別な立場ではない。学院を卒業した学生の中で優秀なものは次の未来を掴もうとしている。女総権者の立場は、テレナからすれば進んではいたが、先鋒というほどではなかった。
「そう言われると難しいところはありますな。しかし、我々は新しい国家です。何かを変えることも、決して難しくはない」
「……あなたの官等を踏まえても、それが言える?」
テレナの質問にも、ガロテーエンは表情を変えなかった。テレナは完全に官等表を知っていたわけではなかったが、それが既存の地域国家の貴族制度を反映させたものであることは知っていた。そして平民が家を開き、貴族の初代となることがほとんど無いことも知っていた。
貴族とは名ばかりであり、優秀な人間に夢を与えて働かせる制度。夢すらない地域に比べればよっぽどいいだろうが、総権国も総権国として様々な歪みを抱えている国家であった。特に女総権者が外部から来た人間であるために古参貴族の信頼を得ることが難しく、地方問題への対処に苦戦しているという噂と組み合わせれば総権国が決して余裕のある状態ではないことはわかっていた。
だからこそ、テレナは警戒していた。もし単純に彼が顔を繋ぐためだけに自分に声をかけてきたとしたら、それは眼の前の問題を無視してでも長期的な実利を取るだけの覚悟を意味している。外交官の末端ですらそうなのであれば、国家中枢であればどれほどの決意を持っているのか推測もできない。
東方の果てにある文化の真似事をする蛮族ではなく、そういう見かけすら利用する強かな存在をテレナはよく知っていた。その同類が、より洗練された政治技巧と権力を持って文明的な盤面で動こうとしている。それは今すぐにではないが、少なくともテレナが伯爵夫人でいる間には動き出すだろう。
「……他の場所では、これを導入することすらできなかったでしょう」
「そう言われればその通りなのよね……」
とはいえ、これらの事実は総権国の特殊性を否定するものではなかった。そしてもし総権国が動き出せばその影響を受けるのは共和王冠国であり、もしその緩衝地帯がなくなればテレナの嫁ぎ先の伯爵領ですらその混乱に巻き込まれうるのだった。