角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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束縛の中で棋譜は交ざる 7

「……あたしに演説を?」

 

ヨルワ教授に廊下で話しかけられたシェプルスキアは驚いて目線だけで周囲を確認したが、残念ながらテレナはエルガーツの通訳として農業系の会合に出ているところであった。この分野の技術は日々改良が進められており、新しい品種や農法の知識を持ち帰ることはエルガーツの大きな役割の一つであった。

 

「より正しくは証言ね。運営理事議員の定例会合で、実際に学ぶ学生から直接話を聞きたいと何人かから言われて」

 

「……あたしでよければ、喜んで」

 

「そう言ってくれると思ったわ。もちろん、統合王国語でお願いね」

 

「……はい」

 

テレナがそばにいてくれなさそうだなと理解したシェプルスキアは、諦めたように言った。シェプルスキアにとって統合王国語は得意とはいいにくいものだ。今でも時折口調がおかしくなるし、単語も常にぱっと出てくるわけではない。

 

テレナは言葉を率先して学んで身につけていた。それが並大抵の努力でできないことをシェプルスキアはよく知っている。共和王冠国の領主となるにあたって人並みに話せるようにするために、相当な手間をシェプルスキアは使っていた。ただ、シェプルスキアが物心ついた時にはイヴェリャン団は共和王冠国の付近で活動することが多く、聞き馴染みのある言語であったためにその苦労は多少は軽減されていた。

 

統合王国語は西側の共通言語であるが、東側で話せる人がそう多いわけではない。かつては総権国の宮廷公用語であったが、今の女総権者の即位以降は総権国語が用いられることになっている。共和王冠国の中でも複数の言語が話されており、テレナは主流語をなんとか操ることができたがそれ以外はかなり難しいものがあった。

 

「大丈夫よ、第一学年にシェプルスキアさんよりあまり上手でない人はいるでしょ?」

 

「いますけど……」

 

「別に正しい発音である必要はないの。運営理事議員の中にも、話すのが怪しい人はいるわ。でも、重要なのはそこじゃない」

 

「……何ですか?」

 

「気迫よ、気迫。己の話を解さないのは相手が悪いと押し付けるだけの気迫さえあれば、結構どうにでもなるものよ」

 

シェプルスキアはかつて父が狙撃兵の腕前を紹介しながら統合王国の遠征軍の指揮官と和やかに通訳を挟んで話しつつ撤兵の交渉をしたという話を思い出していた。あからさまな武力は西側では封じられているが、それが必ずしも暴力の示唆の役割を損なうものではないことをシェプルスキアは学びつつあった。ただ、ここで言うヨルワ教授の気迫はそういう意味ではないのだろうな、とシェプルスキアは考えていた。

 

「……あくまで一人の学生として、振る舞えばいい?」

 

「うーん、それが微妙なのよね。シェプルスキアさんは領主でもあるわけだし、そういうところから見た学院の学びの要素は知りたいかもしれない」

 

「あたしなんかよりテレナに聞けばいいのに」

 

「テレナさんはね、なんていうか……聞かれても正しい答えしか返しそうにないから」

 

ヨルワ教授は少し困ったように言った。テレナはもしその必要があれば、ただの真面目な学生のように振る舞うことができる。模範的とまでは行かなくとも及第点の受け答えをし、特に強い印象を残さずにその場を凌ぐだけの腕前があることをヨルワ教授は感づいていた。

 

「相手が聞きたいことをそれらしく言う、ってことですか?」

 

「そう。彼女の本心を引き出すのは相当難しそう」

 

そう言われて、シェプルスキアはちょっとむっとしたのような表情を浮かべた。

 

「あたしならそういう面倒なこと考えないで直接言うだろうって?」

 

「あなたなら言える立場がある、ということよ。領主という点で、あなたは理事会の人々と対等なわけだから」

 

それが欺瞞だということはシェプルスキアにもよくわかっていた。共和王冠国においては領主はその領地や爵位、役職にかかわらず議会への参加権と戴冠者に対しての選挙に対して平等な一票を持つとされている。ただ、だからといって上下関係がないわけではなかった。

 

西側においてはその格差はさらに激しい。平等とされる学院の中でさえ明確な関係があるのだ。そうではない社交界において同じ領主であるからという理由で対等な振る舞いが許されるのは、上下関係を作ると面倒になる時だけであった。つまり、政治や外交のために政治や外交を無視するような振る舞いが許され、求められたのである。

 

「……ところで、他に聞かれることってあると思いますか?」

 

「私からは、なんとも言えないわね」

 

嘘だな、とシェプルスキアは直感的に見抜くことができた。しかしどのようなことを聞くか知っている、というわけではなさそうだった。おそらく誰かがこういう質問をするだろうという予測はあるが、それを伝えるつもりがないというところだろう、とシェプルスキアは当たりをつけていた。

 

勘がよくなってきているな、とシェプルスキアは感じていた。シェプルスキアの感覚は戦場で磨かれたものだが、社交界もまた一つの戦場だった。風の向きを、空気の味を、硝煙の匂いを丘の上で感じていたように、言葉の調子を、会話の間を、表情の動きをシェプルスキアは読めるようになっていた。

 

ただ、シェプルスキアにはテレナのような広範な基礎知識に欠けていた。紋章一つとっても読み取ることはできず、相手が言葉に込めた意図があることは読めても具体的なその意図を感じることには困難があった。それでも、シェプルスキアは自分の感覚が特別な武器であることを理解していた。

 

「……わかりました。来る人の名前を聞いてもいいですか?」

 

なら、どういう人が来てどういうことを知りたがるのかをこちらで考えてしまえばいい、というのがシェプルスキアの発想だった。テレナの知識と能力ならおそらくそれを自然にやってのけるのだろうが、シェプルスキアには自分の限界の自覚と頼れる指導役の存在があった。

 

「テレナさんがたぶん知っているわよ、印刷物とかをみているだろうし。だから彼女にお話を聞かせてもらいなさい」

 

「わかりました」

 

実際の会合の場所以外では友達の助けを借りてもいい、という許可をヨルワ教授から得たテレナは深く息を吐いた。予定されている出席は二日後。それまでの間にテレナにはいっぱい本を読んでもらうことになるだろうから、村にいる薬師に蜂蜜飴を作ってもらえないか交渉しに行こうとシェプルスキアは決めた。

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