角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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破棄が始めの骨牌を倒す 5

「いやお前の計測が間違いなんだよ、もう一回やろうぜ」

 

「あなたが目盛りをちゃんと読まなかったからよ」

 

ぎゃあぎゃあと言い争う同じ班の同級生の男女を見ながら、テレナは息を吐いて貸し出されている外套を羽織り直した。制服と同様、ある程度の統一と規律を示すために外套も同じように作られた大きさの微妙に違うものが支給されることになっていた。シェプルスキアに言わせれば同じような格好をさせて暗殺を難しくするためであったが、テレナはそこまで考えられているかは怪しいと思っていた。

 

上流階級にあるまじき言葉でそれぞれの母語も出るようになっている二人は同君地域内の拓殖伯令息であるレーシェヴィフと統合王国の伯爵令嬢であるテアリア。参考までに、外交儀礼上はこの二人の立場の上下はその比較がどこで、あるいは誰によって行われるかによって様々に変化するという面倒なことになっている。

 

「どうしますテレナ嬢、このままでは課題が終わりませんよ」

 

そう言うのは冷海同盟内のパルデセン騎士団領で生まれ、騎士の父を持つヤトンであった。なお騎士団領において騎士の称号は地主であり裁判官でもある階層を意味していたが彼の父親は職業軍人であり、彼自身も軍人として務めを果たすことを希望していた。

 

「最悪私が歩数で計測するわよ、そっちのほうがまだ差異が少なそうだし」

 

テレナは息を吐いて未だに言葉をぶつけ合う二人を見た。

 

午後に行われることの多い実習授業の内容は様々だ。美術や音楽を行うときもある。舞踏や儀礼について学ぶときもある。行軍や戦術について身体を動かして習得することもある。今回は測量についての実技であった。

 

先週に基本的な説明を受け、装置の操り方を学んではいたものの第一学年の学生にとっていきなり現場に出る授業はかなり難易度の高いものとなっていた。実際にテレナの班が今まで行った三回の測量では、全て異なる値が導出されていた。

 

課題となっている課題自体はそう難しいものではない。学院の校舎として使われている城塞趾の稜堡、つまり飛び出した部分に生えている監視塔の高さを壁の外から計測するものである。紙の上の問題であれば、数表とそこまで難しくない筆算さえあれば求めることができるものである。ゆっくりと、かつ繰り返して計測できるということは実戦で、あるいは時間の限られた状態での場合に比べれば非常に易しいものだったとも言えるだろう。

 

しかし、実際の測定となるといろいろな道具が必要となる。角度測定装置のついた三脚のついた望遠鏡、距離を測るための鎖、方位磁針、そして紙や蝋板のような記録のための道具。テレナには幾何学の基本的な心得があり、隣にいるヤトンもテレナ以上にこの種の測量については築城の分野から知っていたが、その二人でも協力無しにはまともに高さを求めることができそうになかった。

 

「しかし、教授もどうしてこういう班分けをするのかね」

 

学院の入学前から基礎的な軍事教練を受けていたヤトンにとって、二人の言い争いは何も産まないものとしか感じられなかった。相手の意見を変えることでも、あるいは第三者に自分の正当性を示すものでも、はたまた意見の差異を見つけたうえでより良い結論をうもうとするものでもない。ヤトンはそこまで体系的な理解をしているわけではなかったが、良い士官とは古参兵の意見に耳を傾けたうえで自ら決断を下せる人物であることは知っていた。

 

「半分程度は狙っているんでしょう。彼らを止めることができなければ、私達の怠慢ということかもしれないわね」

 

テレナが言うと、ヤトンは面倒事に自分が巻き込まれていることを理解したようだった。

 

「全く、新兵教練なら不幸な事故が起こっていてもおかしくないところだ」

 

「兵士相手ならそれでもいいでしょうがね、一応は安全を重視している学院ですから」

 

未だ言葉をぶつけあっている拓殖伯令息のレーシェヴィフと伯爵令嬢のテアリアを見て、二人はため息を吐いた。

 

レーシェヴィフの父の拓殖伯という肩書は複雑怪奇な制度の多い同君地域でも特に面倒なものの一つで、本来は王や皇帝などによって特定の領地の開発を任せられ、その対価としてある種の特許や免税を手にした領主であった。しかしながら時代の変化とともに既得権益が生まれると同時にかつての森林地帯は開発されて街や畑となり、一部は特許と特権を保持したままの有力貴族となったのである。その一方で新しい拓殖伯が文字通りに開拓を任せられることもあった。

 

一方でテアリアの父が治める伯爵領は統合王国の中でも比較的堅実な地方地域であり、本来その一帯を治めるべき公爵の代理として複数の地域を取りまとめてもいた。伯爵の収入では少し心もとなくとも、公爵からの金銭的支援があれば学院に娘を送る事はできる程度には裕福であった。

 

そしてテアリアの支援者はテワドレーム公爵であり、つまりは婚約破棄をされたファーネスタの父親であった。ただテアリアの政治能力はほとんどなく、テレナから見ればファーネスタの取り巻きの一人以上の役割を果たすことはできていなかった。

 

「そういえば、あのテアリアが以前シェプルスキアにひどい目にあわされたのをご存知?」

 

「知らないが、まあありそうな話だなとは思う」

 

テレナに言われ、ヤトンは呟くように言った。彼が手に持っていた蝋板の黒い蝋には、何度か計算したために残ったいくつかの数字が引っかかれるように書かれていた。

 

「入学してすぐの頃ね、シェプルスキアがあまり料理を食べるのが上手じゃなくて。その時に指導役の程度が知れるって言ったのよ」

 

「……いや、それは少し危ないだろ」

 

「私はその時遠い場所にいたから、本人としては直接的に批判したわけじゃないから大丈夫って考えたらしい」

 

「で、シェプルスキアはどうしたんだ?」

 

「肉を切るために持っていたナイフをくるりと手の中で回してテアリアの喉元に突きつけた」

 

「うわぁ……」

 

テレナ以上に軍隊という血なまぐさい世界を知っているはずのヤトンでさえ、呆れたような声を出した。もちろん、宮廷儀礼において相手に刃物を向けることは失礼以前の問題である。ただ、シェプルスキアの育った世界ではそうではなかった。

 

刃物は生活に密着した道具であった。矢を作り、革を切り、肉を捌くためのものであり、成人の祝に良い職人と研師によって作られた短刀が送られることも珍しいものではなかった。また、シェプルスキアの古い名前であるイプルカというのは革を薄く削るための刃物の名前に由来するものであった。

 

そのような環境では、刃を向けない限りは単なる警告に過ぎない。それに加え、テレナがその時にテアリアの喉に突きつけていたのは柄の方であった。

 

「後から聞いて頭を抱えたわよ。なんとか大問題にはならなかったし、私の方からも指導役としてちゃんと謝罪したわ」

 

「テレナ嬢の謝罪は、下手な刃物より怖い気がするが」

 

「そんな事ないわよ、堂々と批判をしてくだされば受け入れますのでどうぞ語っていただけないでしょうかって言っただけなのに……」

 

そこまで話してもまだ言い争っていた二人を見て、テレナはそろそろ刃物を出すべきかもしれないなと服を弄ったが、特に何も入ってはいなかった。

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