角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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束縛の中で棋譜は交ざる 10

テレナは床に座り込み、眼の前の散らかった小物を見ていた。名前の書かれた紙片、陣棋(シャセ)の駒、手描きの地図、印刷された名簿。相互関係をあらわす何色かの糸を辿るように、伸ばされた細い指が動いていた。

 

「……ひとまず、均衡は取れたのかしら」

 

統合王国内部に張られた糸を見て、テレナは呟いた。首都に置かれた駒から伸びる糸は、今のところ大きな破綻によって動くことはないように見えた。

 

テレナの一度に処理できる事項の数は限られている。シェプルスキアのように全てを一体として受け入れてその場に応じた行動を直感的に選べるような、ある種の野蛮さはテレナの苦手とするところだった。

 

そのため、思考の延長として様々なものを使うことにしていた。テレナの視界には大内海の北側と、そこにいる政治的な役者たちが見えていた。もちろん、それは抽象化された模型に過ぎない。それでもこの種の思考において、整理された状況であればテレナは相当な能力を持っていた。

 

「……もし、王室がこちらに動くと」

 

そう言ってテレナは駒を順番に手で倒していく。前に喩え話で出したような連鎖的に倒れる骨牌(デネマ)とは異なるものだ。

 

歴史を後から見れば、始まりの事件から終わりの事件まで流れて連鎖していくように見えるだろう。試合の結末を知ってから棋譜を見た時、中盤の悪手を指摘できるようなものだ。ただ、それが試合中にできる打ち手がいないことをテレナは良く知っていた。

 

「……シェプ、いくつか東方の質問をしてもいい?」

 

テレナは視線を上げて、じっと作業を見ていたシェプルスキアと目を合わせて聞いた。

 

「うん」

 

「共和王冠国を総権国が消し去るには、どうすればいい?」

 

「……あくまで仮定の話として、で?」

 

「うん」

 

「三分割」

 

「っ……そうなるのね」

 

総権国にとって、共和王冠国は邪魔な存在だ。しかし東方における普遍派の砦とも呼ばれる共和王冠国を単純に攻めれば、聖座が動くことになる。たとえリュクバーン枢要僧の行動が成功して聖座が政治案件に中立な立場を取ったとしても、単純に東方の脅威に対して同君地域を率いるハッヘンヴルト家は警戒するだろうし、騎士団領も動くだろう。

 

だからこそ、彼らを巻き込むことで総権国は領地と人口、そして西側との接触を手に入れることができる。共和王冠国が取っている王冠への扱いは、その介入の口実となりうるものであった。

 

「でも、どうして?」

 

「シェプルスキアにとって悪い場合を想定しているだけ。もちろん、問題が南方に向くこともありうる」

 

駒を立てて戻しながら、テレナは言った。

 

「大君侯国のあたりはしばらくは大丈夫だと思うけど」

 

「統合王国の支配が怪しくなると教主国が動きうるのよ。山脈を越えて兵と砲を送り込むだけの力を、まだ捻出しうるはず」

 

「そうなんだ」

 

「そうすると南側の帰伏教の勢力争いに繋がる。新大陸との貿易が大きくなったから相対的に無視されがちとは言え、それでも大内海における貿易額は相当のものよ。統合王国の地方派の資金源にもなっているから、そちらと繋がる可能性はあるけど……」

 

「難しいね」

 

「そう。起こりうることが多いのよ。もし不確定要素が入れば、数月で盤面がひっくり返りうる」

 

「そんなに?」

 

「新聞でも冊子でも、そういうものは一気に広がる。それで作られた流れがあれば、流れというのが動く時代になったのよ、ここしばらくで」

 

「あっちではそういうのなかったから、なんか意外」

 

「噂話で動くことぐらいはあるでしょう?」

 

テレナに言われて、シェプルスキアはそれもそうかと頷いた。

 

「統合王国の王宮における虚偽の醜聞による女官の罷免、冷海同盟における一月に満たない期間での株価の暴落。そういうのを見れば、印刷物の力というのが侮れないのはわかるわよ」

 

「テレナのいたほうだとどうなの?」

 

「あー……言葉が結構色々あるし、地域ごとの力が強いからあまり大きくはならないかも。まあでも抗議派っていうのは印刷物の力を借りて力を増した勢力でもあるしね。そういう意味では影響を受けているわ」

 

「そういう感じなんだ」

 

「ええ。だから、私が考えられるのは今の時点で何もなければどこに進むか、というもの」

 

「舵をそのままにして、櫂を使わずに船を走らせたらどこに行くかという感じ?」

 

「そうね」

 

テレナは床の上の状態を現状に戻した。統合王国の婚約破棄関連の問題は、少なくともあと半年は伸ばせることが決まった。しかし、その時間は各勢力が力を貯める期間にもなる。地方派はこれを機会として王室への攻撃を行うだろうし、王室もそれに備える必要がある。そして国の内部の対立は、外部の勢力が手をいれる絶好の機会となるのだ。

 

「聖座は気楽ね」

 

「どういうこと?」

 

「傍観者になりうるからよ。聖座領まで侵攻するのは地理的に難しいし、普遍派の軍ならたぶん無理。ああいや、同君地域内ならまだ……それでも理由が足りない。もし聖座が政治的干渉をやめる方向に全体として舵を取れば、多くのものと引き換えにはなるけど混乱する北側世界から抜けられる」

 

「……そうなるかな」

 

シェプルスキアはテレナの前にある子供が玩具を散らかしたようにしか見えないものを見て言った。

 

「どういうこと?」

 

「あたしの一族のもといた場所の話なんだけどさ、やっぱり複数の部族がいて、争ってたわけ」

 

「うん」

 

「取引をしていた街の長……ええと、君侯だっけ、そういう人に北の方を攻めろって言われたの。イヴェリャン族の当時の族長はあまり積極的には参加しなかった。もし下手に攻撃して馬と兵を失ったら、他の部族から狙われる魂胆が見えたから」

 

「……でも、多くの部族がそう考えるのでは?」

 

「ううん、そうはならなかった。イヴェリャン族を潰すために、それいがいが団結した」

 

「中立か曖昧な態度で消極的でいると、周囲からの恨みを買うというわけね」

 

「そう。そうなった時、助けてくれる人はいない。だからイヴェリャン族はずっと旅をして、はるばるここまで来た」

 

「……シェプからその話、あまり聞いていないわね」

 

「聞かれてないし、話せなかったから」

 

「それもそうね」

 

テレナはあえて詳しいことを聞こうとはしていなかった。そもそも言葉に誤解が生まれうる状況ですぐに話を聞くよりも、四年間をかけてしっかりと関係を築いたほうがいいと判断したからだ。テレナにとって、ここまで短時間でシェプルスキアが馴染み、互いに重要な関係となるのは想定外だった。

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