角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ
春陽を浴びて不和は育つ 1


雪は溶け、木々は緑となり、学院からは人が消えつつあった。冬の社交の時期は終わり、学院は学び舎としての役目を取り戻そうとしていた。

 

「……なんか、ここにも馴染んできたな」

 

柔らかい箒で廊下の埃と塵を払いながら、シェプルスキアは呟いた。

 

「シェプはあまり一つの所に留まらないような生活をしていたのでは?」

 

一緒に掃除をしていたテレナは返した。動きやすい学院の制服は、こういう時にも役に立っていた。ともすれば優雅さや華美さの対局にある機能性であるが、学院の歴史と伝統に裏打ちされた実戦主義、そしてそれでもなお優雅に見せる型紙を引いた職人の腕と縫製の品質に支えられて社交界でも通用するものとなっていた。

 

「必ずしもそうじゃないよ、長い戦いの時とかは」

 

「それでも家を持って、常にそこに住み続けることなら?」

 

「ああ、それならないかも」

 

そんな会話をしながら、二人は学院を磨くように綺麗にしていく。もちろん学院には専属の掃除人もいるのだが、シェプルスキアは体を動かした作業が苦ではなかったし、テレナもそうすることの有用性を知っていた。そして二人とも、上流階級の子女としては珍しく肉体労働への慣れを持っていた。

 

「そうすると、もしかしたら学院が最も長い期間を過ごした場所になるのかもね」

 

「ツィノドに戻って四年したらそうじゃなくなるけど、それでもあたしにとって重要な場所になるのは変わらないよ」

 

そう言って、シェプルスキアは錫めっきされた容器に入った水で布を濡らした。冷たさは指先に染みるほどではなくなっていた。

 

「まあ、学べるものは色々学んでいきなさいな。世の中にはそういうものがあると気がつかないと作るのが難しいものだって多いんだから」

 

「これとか?」

 

シェプルスキアは持っていた箒を少し持ち上げるようにして言った。枝を丸く束ねたものではなく、柔らかい繊維を厚みのある板のような形にして並べたものだった。

 

「そう。私も学院に来てはじめて知ったんだけどね」

 

「これ、なんとなく便利でいいなとは思ったけど」

 

「新大陸の方の発明らしい。学院では色々とそういうものを作って試すことも多くて」

 

「へぇ」

 

確かに良く見れば、工房で作られたにしては甘いところがあるな、とシェプルスキアは考えていた。確かに良くできているのだが、どこか最初からその様になることを意図されていない気がした。

 

「うーん、なんなんだろ」

 

「どうしたの、シェプ」

 

「こういう何かを作るのってさ、あたしの育ったあたりでも普通にあるのよ」

 

「そりゃそうでしょうよ、木や革、金物の細工師がいなければ今の傭兵団は成り立たないでしょうし」

 

テレナは自分の領地を支える職人たちを知っていた。もちろん、それはその全ての顔と名前を覚えているというわけではない。しかしそこに人がいて、暮らしていて、ものを作っているという事実は、多くの上流階級の人物にとってしばしば忘れ去られがちなものだったのだ。

 

「そういうのと比べると、なんか……慣れてない気がする。腕は良いんだけど、見たままに真似したような」

 

「文字通りそうなのでしょうね、とはいえこれからはそういう職人も減るのでは、という話があるけれども」

 

「どういうこと?」

 

シェプルスキアは首を傾げた。

 

「新大陸からの材料、あるいは農村からやってくる人たち。多くの人を効率よく働かせて、様々な商品を作る。そういうことが行われるようになっているのよ」

 

「同業者組合、だっけ」

 

「同君地域だとそうなるわね。統合王国だと勅令特許団体みたいな感じになってるけどほとんど同業者組合と同じと思ってもらっていいわ」

 

テレナは記憶を探りながら言っていた。組合は政治参加の要求を通すためにもあったし、市議会のような組織が間接的圧力を加えるために職人をまとめているという側面もあった。そして同君地域では広い地域にまたがった同業者組合同士の連合もいくつかあったし、異なる街の同業者組合がその境界地域で揉めることも珍しくはなかった。

 

「冷海同盟のほうは?」

 

「基本的にそういうのあまり多くはないわね。もちろん組合はあるけど所属しなくちゃいけないような法があるわけではない。もちろん、法がないからと言って参入できるかは別だけど」

 

「……排除するのも嫌がらせをするのも、法では禁止されていない、とか?」

 

「その通り。ネア先輩のティツン商会の歴史なんて酷いものよ?文字通りに首を括った商人が何人いることやら」

 

テレナはそう言って、ため息を吐いた。別に人が死ぬこと自体は珍しいものではない。戦場で死ぬのと机の前で死ぬことに大きな違いはないし、上流階級であるということはその覚悟を伴わなければならないとテレナは考えていた。

 

それはそれとして、自らの手が血に塗れていることを自覚していない人は多いと感じていた。シェプルスキアには、その自覚があるのだろう。ネアも意識することはあるかもしれない。テレナは、あくまで言葉だけしか理解できていなかった。そのあたりは、テレナの自覚する弱みであった。

 

「……テレナ?」

 

「大丈夫、変なことを考えていただけ。何か明るい話でもしましょうか」

 

「明るい……明るい……」

 

そう言ってシェプルスキアは窓の外を見た。綺麗に磨いただけあって外の色はよく見えたが、ガラスがうねっているせいで微妙に景色は歪んでいた。

 

「特別な授業も増えるだろうし、学べることもいっぱいあるわよ」

 

「そっか、何がいいかな」

 

「ひとまずシェプの領地で使えるものを考えてみるといいかも。エルガーツ翁から聞いたところによるとあまり大きな事はできなくても試せる余地はあるそうだし」

 

「そうだね」

 

「農業、畜産……馬とか?」

 

「イヴェリャン族の馬は確かに珍しいかも、繁殖させられないかな」

 

「すでにある馬の産地との競合も考える必要があるわよ、共和王冠国の商取引や同業者組合の制度は詳しく知らないから、そのあたりは手紙で頼みなさい」

 

「はーい」

 

そう返事をして、シェプルスキアは苦手な手紙の執筆をどうするかなと考えていた。テレナには文面を考える手伝いは引き受けてもらえるだろうが代筆を断られるだろうし、領主となれば文書を書くことも多くなるだろうから鍛錬だと思って素直にやるか、などと思いつつ余計な未来への不安をかき消すためにも絞った布で床を強く拭いた。

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