角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 3

春期最初に行われた女子学生向けの社交儀礼の授業は、ただ立つだけのものだった。最初にヨルワ教授が学生を並ばせた時、シェプルスキアの姿勢は背筋を伸ばし、背骨に鋳鉄の芯が入ったかのように動かない姿勢を取った。シェプルスキアはすぐにヨルワ教授に修正を受けた。淑女らしくないというのだ。

 

「場面によって必要な立ち方は異なります。部屋の隅で静かに立つべきときと、部屋の中心で堂々と立つべきときを見分けることが重要です。必要であれば、社交の場でどのように人々が振る舞っているか観察してみなさい」

 

ヨルワ教授はそう言って、学生たちの前でシェプルスキアの姿勢を修正した。それを見たテレナが驚くほどに、威圧のようにも見えた目線は柔らかくなり、その身長にもかかわらず纏っていた見えない何かがなくなったような雰囲気を感じさせた。

 

「相手に合わせて、ふさわしい姿勢が取れるように。それができてから、初めて基本的な社交というものが始まります」

 

そうして、姿勢を保つ時間が始まった。テレナは学院の女子の中であれば体力がある方だが、農村の活動的な女性に比べれば虚弱と言ってもいいぐらいには弱い。

 

「……テレナ嬢、姿勢が崩れましたね」

 

「……はい」

 

直立した学生たちを前にヨルワ教授は懐中時計を手にして監視をし、そして一人ひとりに声をかけて座らせていった。もちろん、座っている時の姿勢が悪ければ立たされる。そうして多くの学生はただその場にいることに必要な忍耐力を鍛えるのである。

 

「……それとシェプルスキア嬢、一旦座りなさい」

 

「教授、あたし姿勢悪かったですか?」

 

「違うわ。座った時の姿勢も見たいから」

 

「はい」

 

そう答えてシェプルスキアはすっと椅子に腰を下ろした。他の学生がふらつき、あるいは足を動かしてしまい、テレナですら既に座って立っているほど時間が経っていた。

 

「……疲れるでしょう。こういった動作はいきなりやろうとしてできるわけではありません。最初の秋期には黙っていましたが、これからは積極的に指摘をしていきます」

 

厳格な口調で、ヨルワ教授は言った。テレナやシェプルスキアはすっかり忘れていたが、多くの学生の前ではヨルワ教授は恐れられる、悪く言えば口うるさい人物であった。もちろん、その演技をほぼ見抜かれることがない程度には彼女の振る舞いは堂に入っていた。

 

そうして何人かが指示をされ、さらに何人かが理不尽にも思える指摘をされ、反論しようとして口を開いた学生が自分の出した半分の量の諭されるような言葉で口を閉ざすことになっていた。テレナは頭の中で冬の間に読んでいた本を思い返そうとしていたし、シェプルスキアはできるだけ柔らかい目で、しかし警戒を解くことなくヨルワ教授の行動を観察していた。

 

「さて、授業は終了です。次の科目に向かってください」

 

そう言ってヨルワ教授が懐中時計の蓋を閉めると同時に、学院の中に鐘の音が響き渡った。

 

「……教授、よろしいでしょうか」

 

「何でしょうか、シェプルスキア嬢」

 

去ろうとしたヨルワ教授に寄ったシェプルスキアは、教授の手の中にあった懐中時計をじっと見た。

 

「それは?」

 

「時計です。友人からの贈り物ですね」

 

「……見ても、いいですか?」

 

「ええ。ただ、貴重なものなので壊さないでくださいよ」

 

そう言って、ヨルワ教授はゆっくりとシェプルスキアの大きな手の中に懐中時計を置いた。

 

「……シェプルスキア、何してるの」

 

「ヨルワ教授にこれ、見せてもらって」

 

隣りにいたテレナも、時計を覗き込んだ。

 

「……北の方の友人からの、ものですか?」

 

「ええ。よくわかるのね」

 

「会社を知っていただけです。航海用の精密時計で前の冷海同盟の懸賞を突破した職人の銘でしたので」

 

「詳しいのね」

 

「……ええ」

 

ここで否定するのは謙遜になりすぎる、という微妙な線を感じたテレナは率直に肯定した。

 

「航海に時計が要るの?……ああ、太陽が見えない時があるから?」

 

「経度の問題よ、天文学と測量に関係するから少し難しいのだけど……」

 

「テレナ嬢、説明してもらえますか?」

 

「ヨルワ教授がそう言うのでしたら」

 

聞きたいのかな、考えた後でテレナはこれがある種の訓練であることに一拍遅れて気がついた。

 

「……シェプルスキアは、星を見ますか?」

 

「夜の行軍とか、ないわけじゃないからね」

 

「場所によって見える星が変わるのはご存知ですか?」

 

シェプルスキアは首を振った。

 

「北に行けば行くほど、北導星は高いところに現れます。これを使えば、南北方向で自分がどこにいるかを知ることができます」

 

「ああ、船で必要なのって移動するからか」

 

「ええ。測定には以前測量で使ったような機器を使うのですが……問題は東西の方向です」

 

テレナがヨルワ教授を見ると、小さく頷き返された。ひとまず今の時点では問題ないようだ。

 

「……時計を、使うんだよね」

 

「ええ」

 

「……朝がやってくる時を計る、とか?」

 

シェプルスキアは高い塔から見た夜明けのことを思い出していた。広い草原を撫でるように、夜が光によって消し去られていくのだ。

 

「その通り。そのためには正確な時計が必要で、東西の移動が必要な新大陸への航路を持つ冷海同盟は正確な時計を求めていた。何度も開かれた懸賞において最高の精度を持ったのが、教授の時計を作ったのと同じところ」

 

「……じゃあ、すごい品なんだ」

 

「工房の作品だから、シェプルスキアの知るような職人の品とは少し扱いが違うかもしれないけれどもね。……ヨルワ教授?」

 

「長いけど、まあいいんじゃないかしら」

 

「はい……」

 

テレナは反論もできないのでそのまま受け入れることにした。

 

「あと、各地の時計の話もできればよかったわね」

 

「それがありましたか」

 

感心したように言うテレナに、シェプルスキアは首を傾けた。

 

「いろいろな場所が、威信をかけて時計を作っているの。昔は教主国の時計が優れているとされて、最近までは統合王国が強かったのだけれども、今は冷海同盟も力をつけているわね」

 

「加工の細かさは他の細工にも影響を与えるし。時計の中の機械を作るためには専用の工具が必要になるから、工房の秘密になることも珍しくないけど、外側の装飾は別だから」

 

そう言ってテレナは時計を見た。細工は統合王国風の模様で、ハッヘンヴルト家とものと似た紋章が刻まれていた。おそらくギローツテア家、ヨルワ教授の生家のものだ。伯爵夫人である人物にこれを送ることの政治的意味は複雑そうだな、と考えつつ、その時計の針が次の授業の時間を指そうとしていることにテレナは気がついてシェプルスキアの肩を叩いた。

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