角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 4

「眠いの?」

 

声をかけられ、呆けていたようなテレナはふっと目の焦点を眼の前のシェプルスキアに合わせた。

 

「授業の内容を知っていただけ」

 

「そうなんだ」

 

シェプルスキアはそう言って、今まで聞いていた鉱山学の授業を思い出していた。この授業は春期いっぱいかけて行われる産業の授業で、限られた範囲ではあるが多様な分野の基礎的な知識をつけさせることを目的としていた。

 

シェプルスキアの知らないことは多かったが、確かに言われてみれば刃物一つをとってもそれを鍛える職人が、鉄に変える炉を操る人たちが、地の深くに潜って鉱石を掘り出す人達がいるのだ。もちろん、それを届けるための商人もいる。

 

「基本的には『金属術』の引用が多かったわね。あれは確かに名著だけど少なくとも私の領地でやっていた採鉱とは違う。それでも石炭鉱山での排水の話があったのは良かった」

 

「あのなんだっけ、変な機械」

 

「沸騰機関。名前ぐらいは覚えておきなさいよ」

 

テレナはそう言いながら、その構造を思い出していた。湯を沸かした力で筒の中に入った板を動かし、それを冷却することで元の状態に戻す。いくつかの改良が知られており、一部の野心家はこれを他の分野でも動力源にできないかと試行錯誤をしていた。

 

「ああいうもの、他の鉱山では使えないの?」

 

「燃料を大量に使うのよ」

 

しかし、沸騰機関の活用には大きな問題があった。その非効率さのために、炭鉱の近くでもなければ燃料を輸送する労力をそのまま動力にすればいいという水準だったのだ。

 

「ああ、だから石炭の鉱山で使うんだ」

 

「そう。機関を動かすには使えるけど売り物にはならないようなものが採掘されるからね」

 

テレナは背中を伸ばして言った。これで午前中の授業が終わり、昼食の時間となる。二人は席を立ち、周囲の学生と同じように食堂へと向かった。

 

「シェプは勉強、楽しそうね」

 

「テレナだって本読んでいる時はなんていうか、満たされてるような表情しているよ」

 

「読んだところで理解できるかは別。実行できるかはもっと別。シェプは授業を聞きながら実際に使えるかどうか、使えなかったとしても学べるかどうか考えているでしょう?」

 

「……そうかも」

 

シェプルスキアは無自覚だったが、確かに領主としての視点で授業を受けていた。

 

「多くの学生にとってはそうではないわ。領主になると今の時点で決められているはわずか。もちろん官僚になればその分野には関係するかもしれないけど、基本的になってから学ぶことも多い」

 

「それならどうして授業をしてるの?」

 

「妻となる女性のため、というのが結構あるわ」

 

首をひねるシェプルスキアに、テレナは息を吐いた。

 

「さて。一般的な西側の地域において妻の仕事は?」

 

「子供を生むこと」

 

「かなりその割合は大きいけどね、それが全てではない。統治者と床を共にし、少し距離を持った場所で家政を指示し、そして夫がいない時にはその代理として動かなければならない」

 

「ああ、だから領主がやるようなことをやるんだ」

 

参謀のようなものだ、とシェプルスキアはすぐに理解した。たとえ直接統治に携わることがなくとも、自分がいない時の屋敷を、領地を、そして自分の知らない分野を任せられる人物が背中の後ろにいることは、戦う兵士に安心を与え、剣を振るう手に力を与える。

 

「そう。もちろんそういうことをしない妻は珍しくはないけど、学院が今のような力を持つに至った理由の中にはそういう妻たちの影響は大きいわ。もちろん独自に力を持った人もいるし、シェプは完全に例外というか、そもそも学院の想定外の人物ね」

 

「仕方ないとは思うけどさ、あたしだって十八だよ。族長の就任と領主への任命と成人の儀式と故郷を出る旅の送別会をまとめてやったんだから」

 

「そう考えるとエルガーツ翁も恐ろしいわよね」

 

「そっか……」

 

学ぶにつれて、シェプルスキアは自分が見えていなかったものが次々と現れる事に気がつくようになっていた。なんでも石を裏返してその裏にある虫を見ようとする子供のようなものだ。しかししばらくすれば、ひっくり返さなくともそこに虫がいることがわかるようになる。

 

世界にある石の数と、その後ろにいる虫の種類と数を理解するまでに時間がかかるように、シェプルスキアはまだ石を見たらひっくり返さなくては気がすまない時期だった。テレナはある程度どういう虫がいるかわかっていたが、たまに珍しい虫がいることがあるために石をひっくり返すような状態だった。

 

「……ただ、そのあたりをきちんと理解していない学生は多いけれどもね」

 

そう言って、テレナはシェプルスキアと一緒に入った食堂の机の角に座る少女を見た。

 

「テアリア嬢、ご機嫌はいかがですか。何かよそいましょうか」

 

「……なに、下女の真似?」

 

テアリアの言い回しは雑事労働者の女性の謙称、あるいは別称だった。それを言ってから失言に気がついたのか表情を固くしたが、テレナはさらりと流すことにしてテアリアの何も盛られていなかった皿に大皿から食事を取り分けた。

 

「人は意味によってのみ生きるものではなし、日々の糧なくしては、ですよ」

 

聖典の言葉を逆に使いながら、テレナは皿をテアリアの前に出した。

 

「あ、テレナの分はよそっておいたよ」

 

「量が多いのよ量が。朝から動き回っているシェプはそれでいいだろうけどこちらはか弱い乙女よ」

 

「このあとの実習考えたらいっぱい食べたほうがいいでしょ」

 

「……それもそうね」

 

テレナとシェプルスキアが向かいに座って食べ始めたのを見て、テアリアはフォークを掴んで少し乱暴に、淑女にはふさわしくないような様子で食べ始めた。

 

「あ、テアリア嬢。水はこちらに」

 

「それぐらい自分で注げるわよ」

 

「辛い時は友人に頼むのも重要ですよ。特に、それまでの知り合いがいなくなった時には」

 

そう言ったテレナに、テアリアは一瞬だけ睨みつけるような視線を向けた。

 

「……関係ないでしょ」

 

「まあ、そうですね。とはいえ私も指導係ですし、かつて担当の学生がやった過ちの被害者には救いの手を差し伸べたいのですよ」

 

「……先輩への紹介の手助けとかなら無意味よ。私もあなたも、そんなことはできない」

 

そう言いながらも、テアリアは頬張るように食事をしていた。

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