角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 5

テアリアは皿を綺麗にした後、観念したように口を開いた。

 

「……私は、ファーネスタ様を助けられなかった」

 

婚約を破棄された令嬢の、あるいはテアリアの進学の支援をした男の娘の名をテアリアは口にした。

 

「助ける?」

 

シェプルスキアが聞くと、少し遅れてテアリアは頷いた。

 

「……あの男がファーネスタ様との立場を決めて、彼女の周りの人たちは一気に去っていった。今までのことなんて、忘れたみたいに」

 

テアリアの言葉には、怒りと苦しさが滲んでいた。

 

「それを言ったら、ファーネスタ様はなんて言ったと思う?」

 

聞いていたシェプルスキアはわからない、と首を小さく振った。

 

「関わるなって。私みたいになりたくなかったら詮索せず、口を閉じて、何もしないで、距離を取れって」

 

「……正しい判断ね」

 

そう言ったテレナの喉元に、テアリアは怒りと共にフォークの柄を突き刺すように動かしていた。

 

「だめだよ、テアリア」

 

シェプルスキアの手が、細いテアリアの手首を掴んでいた。しかしシェプルスキアはその手の中に感じる筋肉の動きから寸前で止めるつもりだったのだろうな、と察することができた。それでもなお、危険な行為を止めない理由にはならなかった。

 

「テワドレーム公爵令嬢が巻き込まれている問題は、あなたが巻き込まれて無事で済むものではない。あなたの父上も、運命を共にするかもしれない」

 

「じゃあ、私にあの人を見捨てろって言うの?」

 

テレナの言葉に、小さく、しかし叫ぶようにテアリアは言った。シェプルスキアが締め付ける手首に走る痛みのために、テアリアはフォークを落とした。

 

「彼女は、あなたにそばにいてほしいと望んでいるの?」

 

泣きそうな表情をするテアリアに、テレナはあくまで淡々と返した。ただ、シェプルスキアはそこに少しの緊張があることを呼吸音から感じていた。

 

役者としての素質は社交の舞台に立つならば不可欠だとテレナは考えていた。己を偽り、与えられた役を演じ、死ぬまで仮面を外さず、いつまでも歌と踊りを続けるような。そういう人物でなければ、一流にはなり得ない。

 

そういう意味では、テアリアにはその資格がなかった。一度は盲信し、裏切られ、そして自分の意思で仕えることを選んだ年上の乙女を侮辱されて、意趣返しのために練習していた攻撃を繰り出してしまう程度には、彼女は素直で、誠実で、よく考える少女だった。

 

「……私は、あの人を泣かせたくなんかない。ファーネスタ様に嘘を言わせて、自分以外を救おうとさせたような、あの底抜けに愚かな王子と、全てを壊したあの修女を、私は許せない」

 

「統合王国をさらに混乱させるつもり?」

 

テレナは静かに言った。シェプルスキアの陰になって、向き合う二人は食堂の人々から隠されていた。そもそも、ざわめく食堂でいちいち周囲の会話を気にするほどの余裕がある人は少ないのだ。

 

「……そうなるなら、それもいい」

 

「なら、覚悟が足りない」

 

テレナはそう言って、テアリアに一歩近づいた。

 

「自分の手を領民の血で染める覚悟はある?父を縊り殺し、王を打ち滅ぼし、長く続く戦乱に火をつける覚悟はあるの?」

 

「テレナ、そういうことやる人にはたいてい覚悟はないよ」

 

「意図して起こすなら、それなりの気概を求めてもいいでしょう?」

 

止めるつもりではないが一応口を挟んでおこうとしたシェプルスキアからの言葉に、テレナは静かに反論した。

 

「怒りに任せて火をつけて、その先にあるのはあなたの足元への着火よ。怒りがあるなら、復讐を成したいなら、覚悟と準備なしにやるべきではない」

 

「……止めないの?」

 

「止めた程度で止まるものなら失敗するし、止められないなら私は無駄なことをしない」

 

テレナの態度に、テアリアは肩の力を抜いた。

 

「……シェプルスキアさん、あとで一局、追棋(アファト)をしてもらえますか?」

 

「いいけど」

 

「……それとテレナ、あなたこそ相手の気持ち考えた方がいいわよ、常識的に考えてさされても文句言えないわよあれ」

 

切り替えたようにテアリアは喋り出した。

 

「そりゃ私だって悪かったわよ、さすがにあれは口が滑ったなんてものじゃないし、相当な謝罪が必要なのはわかる。でもああ返されたら私はもう……」

 

「……テレナ、謝りなさい」

 

「……私が悪い?」

 

「苦しむ少女にする仕打ちではないと思う」

 

「……はい。テアリア嬢、此度は私の不手際による言葉の過ちを」

 

「そうじゃない。もっと単純に、ごめんなさいでいいでしょ」

 

シェプルスキアは呆れたように言った。

 

「……それで許されるの?」

 

テレナはあくまで、この行動を社交の一種として考えていた。正式な謝罪はそれ自体が弱みにも強みにもなる微妙な場において、言葉選びは誠実さより優先される。そもそも誠実というものは都合よく定義されるものだ。

 

「あたしはそれでいいと思う。問題があるなら、テアリア、あたしが聞く。あたしが責任を負うから」

 

「……二局」

 

「いいよ、夜の間ずっとでもいい」

 

小さく頷いたテアリアを見て、テレナは自分の方法が失敗したのだと理解した。冬の前にテレナはテアリアに自分で動くように言った。そして彼女は立場を選び、シェプルスキアの側についた。

 

失敗の理由を、テレナはすぐに逆算することができた。テアリアは素直なのだ。自分を攻撃した相手からでも学び、自分が攻撃した相手でも許せる。それはある種の能力であったし、美徳とは言えないまでも悪徳と断じられるほどではないものだった。

 

「……ごめんなさい、テアリア嬢。あなたを傷つけたことをお詫びします」

 

「……私も。それで、何の用事ですの?」

 

「あなたの状態の確認と、学院でのファーネスタ嬢の立場の調整。一応私はそのあたりの会合にいた女領主の指導役で、なんか面倒な責任があるのよね」

 

そう言ってテレナは息を吐いたが、聞いたシェプルスキアは首を傾げていた。婚約を破棄させるという決定の場自体にはテレナやシェプルスキアはいなかった。その事実は各派閥の関係者のみが話していたし、その場に二人のどちらか、あるいはヨルワ教授がたまたま居合わせることはあったが、明確にシェプルスキアが証人となっていたわけではなかった。

 

「……私の知っていることを教えるから、あなたならどう動くかを教えていただけない?」

 

「対価には少し不足ね、私の脚本には追加で一人、女優が必要なの」

 

そう言ったテレナに、テアリアはゆっくり頷いた。

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