角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 7

「失礼します、エネト先輩」

 

女子上級生用の寮にある小さな部屋で、テレナは笑顔を浮かべて眼の前の大人しそうな少女を見ていた。

 

「いいのよ、テレナ嬢。それとも、学院の学生同士らしくテレナさん、とお呼びいたしましょうか?」

 

「先輩のお気に召すままに」

 

テレナはエネトを見て、シェプルスキアを連れてくればよかったなと後悔した。言葉の落ち着きからは訓練か経験を感じる。ヨルワ教授の同類だろうか、と思ったがこのような柔らかい立場を取る人物にテレナは心当たりがあった。

 

「リュクバーン枢要僧と私はやり取りをしていまして、その中でエネト先輩の名前が出たものですから、お話したいと思っていたのですが……お願いがすぐ聞いてもらえるとは思いませんでした」

 

「構わないわ。忙しいのは第二学年までだもの」

 

「助かりました」

 

普通の学生が二人の会話を見れば、初対面の硬さを残しながらも柔らかく会話をしているように見えただろう。シェプルスキアがいれば、その雰囲気を読み取って同じような柔らかい笑顔を浮かべる必要をすぐに理解しただろう。

 

「罪を見過ごすなかれ。己の心と主に恥じぬ行動を成せ。いい言葉ですね」

 

「よくリュクバーンおじさまが言ってましたわ」

 

「……エネト先輩、あの年頃の男性というのは、年下の女性におじさんと言われると傷つくものなのですよ」

 

「あら、いけない。ではお兄様とでも呼びましょうか」

 

「それはそれでいけない気もしますが」

 

小さく笑い声が響き、視線が交わされた。まだだな、とテレナは考えて持っていた手紙を広げて見せた。

 

「ああ、ここの部分はあまり気にしなくて大丈夫です」

 

そう言いながらも隠さずに、テレナは手紙の中にあったエネトに付いて言及された場所を見せる。ともすれば姪をかわいがり、そして心配する男性のような口ぶりで、エネトともし会うことがあったら仲良くしてくれと書かれていた。

 

「あら、おじさまはあなたのことも好きなようね」

 

「好き、というのは?」

 

「あの人、賢い子が好きなのよ。そういう子たちをできるだけ僧にして、聖座を発展させていくんだとよく語っていましたわ」

 

「エネト先輩はリュクバーン猊下とどれほど親しいのですか?」

 

「猊下ってつけるとなんか変な感じね、ここだけならリュクバーンさんでいいわよ。もし何かあったら私から謝ってあげるから」

 

聖座の重要人物との距離の近さを見せつつ、あくまで個人的な関係であると強調している。そしてそれは、テレナに読み取りやすいように送られていた。

 

「……リュクバーンさんは、やはり忙しいようです。それでもシェプルスキア、ああ私が指導役をしている学生なのですが、彼女のために色々と調べてくれていまして」

 

「指導役?普通は上級生がなるものではないの?」

 

「そうなのですが、彼女は東方の出でして。四年間ずっと安心していることのできる人を指導役に、と考えたのでしょう」

 

「……お疲れ様。シェプルスキアさんは、賢いかたなの?」

 

「それはもう」

 

その点について、テレナは疑ってはいなかった。もちろん、学院の講義を完全に理解しているかという点においては怪しい。西方の様々な思想、文化、あるいは技術について不慣れという点では賢くないと言えるかもしれない。

 

ただ、もし東西が逆になればテレナは愚かになってしまうだろう。テレナはかろうじて共和王冠国語を話せたが、その流暢さはシェプルスキアの話す統合王国語とは比べられないほど下手なものだった。

 

「なら、おじさまも気にいるかもしれないわね。……昔の友人と仲が悪くなってしまった、ですか」

 

エネトは読んでいた一節に指を置いて言った。

 

「ええ。具体的には私の同級生なのですがね。最近学院で色々あって、彼女にとっての大切な先輩の女性が……その、難しい立場に置かれているのですよ」

 

「ああ、心当たりがあるわ」

 

「同学年ですものね」

 

二人とも、その人の名前を出すことはなかった。そのことが互いの腕前を試すものになっていたし、その時点で二人は同じ側に立っていることを確認できた。

 

「私は、彼女を心配しているのですよ」

 

テレナは眼の前の先輩にそう言った。

 

「かつていた友を失い、孤独に耐える生活は苦しいものでしょう。あるいは、それが友でなかったことを知ってしまったのかもしれません」

 

「……わかるわ。少し違うけれども、私も仲良く友達でいたかったひとから勘違いをされてしまったことがあるの」

 

「……それを断るのも、面倒なことになるような方と?」

 

「学院の大変なところね。私はただの修女で、別に貴族の生まれというわけでもないのよ?」

 

そう言うエネトの少し悲しそうな笑顔は、確かに貴族のものとは違った。ただ、村娘がこのような表情を浮かべるような鍛錬を積むことがないことをテレナは知っていた。おおかた上位聖職者の関係者あたりの隠し子か一夜の相手の娘であるとか、そのあたりだろうとテレナは見当をつけていた。テレナは個人的にそのような行為を唾棄していたが、だからといってその感情を表に出すことはなかった。

 

「それでも、やはり良い友達になろうとしたのですか?」

 

「まあ、おじさまからその人とは仲良くしなさいとは言われていたけどね」

 

リュクバーン枢要僧による統合王国第三王子に対しての工作指示。その事実はいかようにも解釈しうる。もちろん、ここでの会話を誰かが聞いていたとしても、それは何の証拠にもならない。リュクバーンほどの情報収集能力があれば、前後三学年、つまり学院にいる間に出会うことになるだろう重要人物の調査ぐらいはするだろう。

 

そして学院の中であれば、それはさらに容易となる。どの程度の接触なのか、二人の仲を引き裂く糸があったのか、あるいは王子の勘違いなのか、それを読み取ることはテレナにはできなかったし、エネトもそれを全て伝えるつもりはないようだった。

 

「……その友達を助けるために、もしよろしければエネト先輩に助言をいただきたいのです」

 

「……ええ、誰かに仲間外れにされることは、辛いことですものね。それがたとえどのような理由であれ、謂れなき扱いを受けるべきではありません」

 

エネトには微妙な問題だろうと思って断られる可能性が高いと読んでいたテレナは、思ったよりすんなりと受け入れられたのを感じて少なくとも決定的な対立が学院で起こることは今の時点ではなさそうだと息を吐いた。

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