角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 9

「もう少し面白い場所は選べなかったのかね」

 

呆れたようにアニドは言って、図書室に自分を呼び出した同級生を見た。

 

「試験の時期でなければ人がいないし、紙は音を吸いやすいのよ」

 

テレナは本から目をそらさず、かすかな声で言った。

 

「だからだよ、男女がこんな場所で会っていたと噂されると嫌じゃないのか?」

 

「……あなたと私で、そういう噂が立つと思う?それは私を評価してくださっている?それともうぬぼれ?」

 

「はいはい、本題に入るぞ」

 

そう言いつつ、アニドは紙を捲った。

 

「フェルヴァジュ管区側は同意。このあたりはリュクバーンの計画通りだな」

 

アニドは王室と繋がりがある。それでいて、継承権は持たない。つまり、ある意味ではかなり独特な立場にあった。フェルヴァジュ管区からこちら側に来ないかと声をかけられる程度には。

 

「統合王国の政治危機を考えれば距離も取りたくなるわよ」

 

「今更逃げるな、と言いたいところだがな。そもそもこの混乱は聖座が絡んでいるだろ?」

 

「どうしてそう思う?」

 

テレナの質問に、アニドは自身の情報源をきちんと言うべきかを少し悩んだ。しかし言わないことを選んだ場合、それすらもテレナは分析の対象とするだろう。それならある程度正直に言ってしまっても構わないだろうし、自分の情報源としての有用性を考えればその知識をむやみに拡散しないことは半ば確信できるものだった。

 

「リュクバーンが動いている。フェルヴァジュ管区が折れなくちゃならないほどに。それで十分だろ」

 

「あのおじさま、相当嫌われているのね……」

 

「聖座の中でも微妙な立場なはずだぜ?だから内輪の話から追い出されて外との面倒な折衝をやらされた」

 

「馬鹿なのかしらね、外交担当は組織の旗みたいな役目でしょう?」

 

「そういう決定ができるだけの人材が集まらないのさ、なぜだろうな」

 

そう言ってアニドは小さく、低く笑った。テレナもその理由を知っていた。

 

「統合王国は聖座のほうに人を出したがらないからね」

 

「代表者がいないなら指示を聞く義理もなし、ってやつだ。最近どこかで聞いた言葉だが何だったかな」

 

「新大陸の過激派のものよ。そのような危険思想を王室の人物が読んでいるとはまったく、そろそろあの国も終わりかもね」

 

「それは困るな、せめて俺が学院を卒業して冷海同盟か新大陸に亡命できるぐらいの時間は祖国が保ってくれないと」

 

あからさまに、二人は北側世界最大の国家を笑い者にしていた。彼らはその構造的問題をよく知っていた。そして、それがなかなか修正できそうにないことも。

 

貴族の特権は崩れつつある。急激な権力集中のために恐怖が必要となり、恐怖は血で作るしかなかった。空いた席には金を持ったかつての平民たちや本来ならば継承権の低かった学院の卒業生が座り、本来想定していた王室派の影響力強化の計画は破綻していた。

 

ただ、情勢を複雑にしてでも国家は統合されていた。その維持のための様々なやり取りについてはアニドはテレナ以上によく知っていたし、そこで働く人々に感心をしていた。もちろん、自分がそこで働きたいとは思えなかったが。

 

「学院派が迫害される日が来るのかもしれないわね」

 

「明らかに上流階級だからな。っと、本題から逸れた。第三王子は同意していない」

 

「おや、強情なことで」

 

「……正直、あいつに計画があるとは思えないんだよな」

 

「単なるわがままだと?」

 

「あるいは、俺達にわからないなにかがあるか」

 

そう言われて、テレナは考え込んだ。王子とは言え、たった一人で何かを成すことはできない。そこには必ず支援者がいる。

 

「誰がついている?」

 

「聖座」

 

「……おじさまは、この混乱を不本意だと捉えていたわよ」

 

「でも対応できないわけじゃないだろう、あとなんだおじさまって」

 

「エネト嬢が言っていたのよ、面白くて使っている」

 

「なんていうか、本当にお前らというか学院の女性はそういうあたり強かだよな……」

 

「男とは違った世界がありますのよ。まあそちらの事情を少し知った上で言うのですが、楽ではありませんよ」

 

「どういうことだ?」

 

テレナの含みのある言葉に、アニドは返した。

 

「昔、家庭教師の人とともに領地を巡りましたの。髪を切って、丈夫なズボンを履いて」

 

「……それはまた、すごい家庭教師だな」

 

アニドはその意味をすぐに理解した。学院の制服は男女で異なる構造を持っている。もちろんどちらも基本的な作業には対応しているが、股の部分があるかないかは外部から見れば明白だ。そしてそれは、髪型や身長、胸の膨らみと同じように学院の学生を二分する要素でもある。

 

その境界を超えることは、しばしば難しいものがあった。ただ、女性側が男性側に入る時の規則は徐々に固まりつつあった。男装である。

 

「どれだけの人が気がついていたかは、今となってはわかりませんけどね。あの世界は、私には大変に思えましたよ」

 

「……互いに苦しみがある、ってわけか」

 

「ええ。少なくとも敬意ぐらいは払ってもいいぐらいにはね」

 

そう言ってテレナは本を閉じた。

 

「しかし、リュクバーンの計画にフェルヴァジュ管区がきちんと乗るかね。一度や二度の譲歩ならともかく、叙任権まで話が広がるとなると問題が大きい」

 

「聖座との対立?それとも既に握っているものを手放すことへの恐れ?」

 

「両方だよ、リュクバーンのやり方ならおそらく首都の教会への寄付は豪華さではなく地方の薬草園に使われるんだろう?」

 

「いかなる女王であれ、一羽の鳥ほどには着飾りもせず、歌いもできないと聖典にあるのはご存知?」

 

華美を戒める一節を引用するテレナに、アニドは小さく笑った。

 

「普遍派の聖職者が聖典を理解できているわけ無いだろ、聖語の発音をしっかりとできる僧は貴重なんだぞ」

 

「まあ、目に見える富はわかりやすいものね。権威なしに信仰もなし、か」

 

「むしろ大衆にとっては巡礼で訪れる荘厳な建物こそが信仰の対象なのさ。そのあたりを抗議派は読み間違える」

 

「……覚えておきましょう」

 

テレナは素直にそう言った。少なくともこの手の価値観について、アニドは間違いなくテレナよりも詳しい立場にあった。聖典のみを由来とし、特別な階層を少なくとも表向きは否定している抗議派は、しばしばその広まりを理由に自分たちの信仰が正しいと主張する。

 

しかし、たまたま抗議派を信じていた場所が経済的に成功した、と言うこともできる。勤勉の美徳は別に抗議派のみのものでもない。普遍派も正当派も、南側の帰伏教の経典にさえそれは書かれているのだ。

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