角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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破棄が始めの骨牌を倒す 6

「勝てるわけないだろ……」

 

測量の授業が終わり、各班の結果を聞いたヤトンは肩を落とした。彼は騎士の息子として家庭教育を受けたが、戦場で部隊を率いたことがあるわけではない。集団での行動の際に十分な視野を持ったうえで意思決定を行い、かつ構成員から認められた人がいれば混乱も起こらず、問題が発生しても解決のために団結できることは理解していても、具体的な実践ができないのだ。

 

ただし、第一学年にあってそれができる人物がいた。シェプルスキアである。

 

「やったよテレナ、あたし達が一位だって」

 

「よかったね」

 

テレナは微笑んで素直に喜ぶシェプルスキアを見たが、内心では経験の不足が大きいことを忸怩たる思いで認めるしかなかった。

 

テレナは理論が好きだ。本を読み、知識を蓄え、それらを組み合わせて世界の動きを読もうとする。しかし、その判断のために必要な現場の人の行動を完全には掴めない。

 

シェプルスキアにとって、世界はもう少し単純だ。それは良し悪しというよりも、処理できる範囲に問題を整理して、最善を尽くすという形に過ぎない。思考と並行して行動し、必要に応じて方針を修正するだけの力がテレナにはなかった。

 

鐘がなって午後の授業が終わりが告げられると、開放された学生たちはそれぞれの時間を過ごすために散らばっていった。図書室で本を読む人もいれば、軍人としての鍛錬を行う学生もいる。あるいは共用の娯楽室で卓上遊戯と会話を楽しむ集団もいた。テレナとシェプルスキアは特に予定もないので、どこかで暇でも潰そうかと学院の校舎の中をうろうろとしていた。

 

「テレナさん、お時間あります?」

 

「……ネア先輩、私たちでしたら大丈夫ですが」

 

その二人に声をかけたのは、第二学年の少女だった。北側世界の繊維取引を支配するティツン商会の総経理の長女、ネア。テレナを気に掛ける、一見すれば優しそうな先輩である。

 

「ちょっと気になることがあって、ヨルワ教授にお話をしようと思って」

 

二人の会話を隣で聞いていたシェプルスキアは、今朝食堂で話していた女性を思い出していた。

 

「パステリアス伯爵夫人、だっけ」

 

「うん」

 

シェプルスキアの呟きにテレナは頷いて、ネアを見た。

 

「ネア先輩。彼女も一緒に行くことはできないでしょうか?私もヨルワ教授には少し確認したいことがありますし、三人でもよろしければ」

 

「……たぶん大丈夫だと思う。それじゃあ、少ししたら教授の部屋に行けばいい?」

 

「はい。それで問題ありません。それでは」

 

「じゃあ、テレナさんとシェプルスキアさん、また後で」

 

そう言ってネアは小走りで寮の方へと向かっていった。

 

「ねえ、テレナは何を話すの?」

 

「ちょっと手紙について。今のままだと誤解のせいで父上に届かないかもしれないから」

 

そう言って、テレナは懐から昨日書いていた手紙を取り出した。

 

「誤解……って、確認の話?今まで通りって言っていたけど」

 

シェプルスキアはヨルワ教授の話し方を思い出していた。確かに不自然な口調ではあった。何かを密かに警告しているような、それでいて伝わらないなら仕方がないと思っているような。

 

「そう。学院から手紙を出したことは?」

 

テレナの質問に、シェプルスキアは首を振った。シェプルスキアは字が上手ではなかったし、格式を保った文章を書く技術は発展途上だった。

 

「手紙の内容は確認されて、問題がなければ学院の外に出される。統合王国か冷海同盟か同君地域であれば、条約によって手紙のやり取りはできるからそこに入る形になるわ。さらに東の共和王冠国や総権国、あるいは西の海を越えた新大陸とかだと少し別だけど、シェプの領地であるツィノドなら一月もかからないはず」

 

この当時、郵便はかつてに比べれば安価にはなったものの庶民にとっては痛い出費と言えるほどの額だった。例えば統合王国の小都市から同君地域に向けて数枚の手紙を送る場合、統合王国における見習いを終えた職人の日給の半分程度の金額が必要となる。

 

ただ、逆に言えば専用の配達人を雇うよりは極端に安く手紙のやり取りは可能であった。特に一世紀前の大宗派戦争の終結以降、郵便組織の発展や経済活動の活発化もあり、あらゆる情報が北側世界のみならず南側世界や西方の新大陸に至るまでを行き交うようになっていた。

 

「じゃあ、テレナの家にはすぐ届くんだ」

 

「そうね。ところでシェプはヨルワ教授の部屋を知ってる?」

 

「ええと二階だっけ、あの部屋がずらっと並んでいるところ」

 

「そう」

 

校舎として使われている城塞趾はその土台は残っていたものの、より生活に適した環境に調整されていた。ただ、シェプルスキアの目から見ればちょっとした攻城戦が必要なほどの防備が見かけによらず整備されていた。

 

外壁の中にあるその石造りの建物の一階は主に教室として、二階は教授の研究室として使われていた。もちろんそれ以外にも図書室や実習室、倉庫などが付随しており、かつ中庭などがあることから外側からの見た目と比べてかなり過ごしやすい環境が作られていた。

 

「ところで、何でネア先輩はヨルワ教授に会いに行くんだろう」

 

「……個人的、ってあたりからすると今回の婚約破棄の案件がどこまで経済的に影響を出すか、とかかしら」

 

「経済に?」

 

「ティツン商会は糸と織物の取引でかなり強い影響力を持っている。統合王国関連というと……制服とか?」

 

「軍人に私達みたいな同じ服を着せるやつ?」

 

「そう。シェプのところではそういうのないの?」

 

「同じような色で揃えるとかあるけどそこまでじゃないかな……。あと普通に目立つし」

 

「目立たないと指揮が難しい……という問題を無視できるほどの練度、ね」

 

「あと目立つやつはいい的になる、士官だと服の作り方から違うから」

 

シェプルスキアが銃を構えて撃つ真似をしているのを見て、どれだけの銃の精度を前提としているのかとテレナは戦慄した。もちろん戦術として狙撃は存在したが、それは専用の銃と訓練された射手による個人芸としての意味合いが強いものだった。

 

「……ともかく、その制服の発注が止まるとか、そういう可能性を予期しているのかも。実際に話が聞けるでしょうから、それまで待つのがいいと思う」

 

「そうだね。じゃあ、行こうか」

 

テレナは少し緊張しながら、元気な足取りのシェプルスキアに続いて城塞趾の二階へと向かった。

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