角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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春陽を浴びて不和は育つ 10

「……テレナ?」

 

満面の笑みを浮かべて歩くテレナに、シェプルスキアは声をかけた。

 

「うん、良くないわね」

 

「何があったのさ、先輩たちの言い争いを見てそういう顔をするのはテレナらしくないよ」

 

「そうね」

 

綺麗に作り上げた作品が完成したときのような高揚感を呼吸をして鎮め、それでも足取り軽くテレナはシェプルスキアの隣を歩いた。

 

「とはいえ、ここで話をするのもあれだから……テアリア嬢のところに行きましょうか」

 

「部屋にいるかな」

 

「そうだと助かるけど」

 

そういう会話をしながら二人が寮につくと、目当てのテアリアは談話室で手紙を書いていた。

 

「……どうしたの、二人とも」

 

机の向かいの椅子に座っていたテレナとシェプルスキアに、テアリアはペンを置きながら言った。

 

「いい知らせがあってね、ファーネスタ閥は内部崩壊を起こしている」

 

「知ってるわよ、あなたがそうさせたんでしょう?」

 

テアリアの問いかけに、テレナは笑顔を返した。

 

「絵図を作ったのは悪名高きリュクバーンおじさまで、私はあくまで演出家にすぎないし、もっとも貢献したのはあなたでございます、テアリア嬢」

 

テアリアはテレナの言い方に何か粘ついたようなものを感じたが、自分がそこから抜け出せないことはわかっていた。追い詰められていて、わずかに見える脱出のための手すら考えれば潰されている時に覚える嫌な感じと同じようなものだった。

 

「……それで、結局どういういうことなの?ファーネスタ様が誓願をするって話、本当にあるの?」

 

「さあ。とはいえフェルヴァジュ管区は断りはしなかった。なのでこれは貴族の派閥対立じゃなくて、普遍派の中の対立にすり替わったわけ」

 

「そうすると、どちらにつくかで取り巻きだった人たちが争う……」

 

シェプルスキアの呟いた言葉に、テレナは頷いた。

 

「学院における勢力の弱体化がうまく行っている。ありがとう、テアリア嬢」

 

「……私はあの人を裏切ったのよ」

 

「とはいえ、一応はファーネスタ嬢にもエネト嬢にも話は通してあるよ。そうでなければできるものか」

 

「……ファーネスタ様は、何も私に言ってくれなかったわ」

 

「まだあなたを巻き込まないつもりなのよ、美徳と言ってあげなさい」

 

そう言われてもテアリアは不満そうだったが、ひとまず黙っておくことにした。

 

「ところでテレナ」

 

「なに、シェプ」

 

「今回の話って、誰が勝ったの?」

 

「……それがね、なかなか面白いことなのよ。三つの視点から考えてみましょう」

 

授業をする時の教授の語り口を真似しながら、テレナは指を三本立てた。

 

「聖座。特にリュクバーン枢要僧の立場から。まず、統合王国の大貴族の家の二人が正統派の下で頭を聖座に垂れた形になる」

 

「……ええと、統合王国の管区だっけ。それと聖座って対立しているんじゃなかった?」

 

「確かに対立はしているけど、一応は管区は聖座の権力と栄光を委任されているだけ……って言ってた、はず」

 

テアリアがシェプルスキアに補足するように言うと、テレナは頷いた。

 

「だから、これは明確に聖座の勝利。王室との繋がりを維持したまま地方貴族にもいい顔をして、さらに叙任権まで取り戻した。実際のところは王国が推薦する形にはなるだろうし、これから第三王子がきちんとその席に座るとなったら王室の影響力はかなり強くなるから、長期的な計画の側面が大きいわね」

 

「聖座ってそこまで長く色々考えるんだ」

 

「なにせ千年を超える歴史を持つ組織よ。リュクバーンが死ぬまでには事態が動くでしょうし、その頃には彼の後継者が二人ぐらいは聖座にいると思うわ」

 

テレナの説明に、シェプルスキアは頷いた。

 

「……私のほうの派閥、テワドレーム公爵たちもこの話ならなんとか納得できるわ。あくまで婚約破棄は献身のためであるなら表立って反論はできない。継承権のない王子がその方向に行くことはおかしな話ではない、はず。そして婚約者だった相手も同じ方向に進むなら、事実上連携は残っている。勝ちと言えなくは、ない」

 

テアリアは言いながら、まるで特殊な一手のようだなと考えた。たまに遊戯をしていると、変な手に当たることがある。互いにその手が相手の悪手に見えるようなものだ。それは見ているものが違う時もあれば、力量の拮抗によって生まれることもある。ただ、それを意図的に、そして自分たちが歪んだレンズを通して観察していることを知りながら、それを黙って行うのだ。

 

「じゃあ、王室もいいのか。地方派の人たちとは完全な仲違いにならずにすむし、やらかした第三王子にも居場所を作れる。それに、聖座が王室の人物を重用するという形にもなる」

 

「あるいは地方派の敗北、ともね。婚約が失敗したことは地方の拡大を快く思わない王室に近いような貴族には喜ばしいことでしょうし」

 

シェプルスキアを補足したテレナは、かなり難しいものだなと考えていた。誰もが勝ったと主張できるということは、同時に誰もが敗北したと言えることでもある。しばしば被害者であったほうが有利なこともあるのだ。例えば今回の件でもし公爵家が被害者としての立場を過度に強調していればこの計画は成立しなかっただろう。あの強い態度で冬の学院の会合に臨んだことが、奇遇にも今の状況を作り出していた。

 

「じゃあ、全員うまくやったわけ?」

 

「問題は多いわよ。聖座の中の力の均衡は狂ったし、かつて地方派だった貴族は立ち位置の選択を迫られた。フェルヴァジュ管区と王室の繋がりを嫌って聖座寄りだった人々もいたし、彼らや彼らの娘たちはどのように振る舞うべきか混乱している」

 

「……ああ、だからあの喧嘩が」

 

シェプルスキアはテレナの言葉に納得して言った。

 

「そもそもあれだけの問題を静かにさせようとすればどこかに問題が起こるのよ。彼らは色々なものを手放して、妥協して、それでなんとか均衡を手にいれた。そこで消しきれなかったものは残っているけど、本来起こったものよりは小さな嵐だと考えているわけ」

 

「嵐に巻き込まれた先輩たちはたまったものじゃないだろうけどね」

 

「情勢を見極めそこねるとそうなるのよ。そこまで苦労しなくても普通に乗り越えられるような様子なら私もこんな陰謀や策略に手を貸さずにすんだのに」

 

嘆くようにテレナは言ったが、シェプルスキアもテアリアもこの種の悪巧みをしているときに周囲の警戒を怠っているテレナの薄気味悪い笑みを知っていたので同意することはできなかった。

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