角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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日常の学びは不穏を隠す 6

「……リュクバーン猊下は最近元気なようよ」

 

寝るには少し早めの時間。寝台で横になっていたテレナのそばに座って彼女の同級生のカロネは言った。

 

「まだ彼も枢要僧としては若い方でしょう」

 

「そういう意味ではないぐらい、わかるでしょう?」

 

カロネの問い詰めるような声を聞いて、テレナは渋々シーツから出た。

 

「……そもそもカロネさんのところにどこまで情報が回ってくるの?」

 

「孫娘みたいにかわいがっていた娘が良くないところに行くから心配する人たちが私の故郷のネヴォエリにはいっぱいいるの」

 

「それはいいね」

 

つまり故郷の有力者との手紙のやり取りだな、とテレナは考えた。

 

「第三王子の大監僧就任に嫌な顔をする人がそれなりにいるのを宥めているのよ、もともとリュクバーン猊下はネヴォエリ系の聖座の派閥からはそこまで好かれてはいなかったけど、少しずつ様子は悪くなっているわ」

 

「それでも破綻するほどではない、と。さすがはリュクバーンのおじさまだ」

 

「普遍派の人が皆きちんとした寛容の精神を持っているとは思わないことね」

 

カロネにとって、聖座というのは絶対的権力であった。もちろん幼子の時のような無条件で無自覚の敬意というものではなくなっていたが、普遍派をまとめ上げるだけの組織力とそこで働く人々の献身を知り、それは明確な畏敬となっていた。

 

カロネはリュクバーンに直接会ったことはない。彼が自分のことを父に尋ねたと聞いて、それほどまでに周りの人に気を配れるものなのかと感心したほどだ。しかし眼の前の少女は彼と対等に話しているし、それができるだけの実力があった。

 

だから、少しぐらいは尖ったこともいいたくなるのだ。それを許容してもらえる程度に、カロネは彼女の友人でいるつもりだった。

 

「……さすがに他では言わないようにするか」

 

「それと、少し前にエネト先輩から声をかけられたわ」

 

「おや、同郷ってことで?」

 

「それもあるけど、私があなたの友人だからというのもあるかも」

 

「その方面で繋がりを持たれると、読みきれない手が……いや、そもそも気にするべきことではないか」

 

テレナの返答を聞いて、友人であることを否定されなかった小さな安堵と自分と先輩の関係をそのような謀略に組み込む友人への呆れが混じった表情をカロネは浮かべた。

 

「で、逆に言えばカロネさんのところに噂が回ってくる程度にはこの話って広がっているんだ」

 

「リュクバーン猊下が内緒で教えてくれたらしいわよ。学院が手紙を検閲しないってことはそういうことでしょう?」

 

「……なるほど」

 

学院を出入りすることが許可される手紙にそのような内容が書けるということの意味を、カロネはきちんと理解していた。

 

「それと、リュクバーン猊下が学院にまた来るらしいわよ」

 

「おや、誰と会いに?」

 

「保護者が学院に来ることは原則許可されていないでしょう、博物学の講師としてよ」

 

「……その手があったか」

 

テレナは驚いた。確かに、彼であれば学院で教えることに何ら問題はない。確かに宗教的立場が強すぎるところもあるが、あくまで法衣を脱いで博物学者として立つのであればあまりうるさくも言われないだろう。

 

そして、学院に直接顔を出すということは政治的に特殊な意味を持つ。それを講義のために行ったと捉えるか、交渉と捉えるか、あるいは攻撃と捉えるか。そして、リュクバーンはそれを相手によって解釈を変えられるだけの力を持つ。

 

「……その時に、紹介してもらえる?」

 

「別に構わないけど、私でいいの?シェプルスキアとかではなく?」

 

「領主じゃなくて個人的に付き合いのある学生が縁で繋いだ、という形にしてほしいのよ。今のところ私は婚約者がいないし、いい相手がいなかったら聖座の方に行くかもしれないから」

 

「大変ね」

 

「良き妻の考え方が色々とテレナさんの知るものとは違うのよ、そのあたりを踏まえた上で言ってほしいものね」

 

「……すみません」

 

「いいのよ、そして結婚するにしても嫁ぎ先と教会との付き合いを考えれば妻が動くことはあるだろうし、そうなったら色々できることもあるだろうしね」

 

「遠くの方の相手を探すのは?」

 

「最低限は普遍派である必要があるわね。一応は宮廷側からの紹介もあるから、同君地域の間でなら十分ありそう」

 

「つまりは本当に決まってないの?」

 

テレナの質問に、カロネは頷いた。

 

「……だから、何かあったときのために繋がりはほしいの。ただでさえ面倒事が起ころうとしているんだから」

 

「カロネも、感じる?」

 

テレナは謀略や政治的機微をかなり敏感に感じることができるが、逆に普通の人達がどの程度までを理解できるかを把握することに苦手があった。盤上遊戯であれば実力差を埋めるための方法がある程度確立されているが、社交ではそのようなものはないのだった。

 

「私でもわかるわ。統合王国の中の人ならもっと警戒していると思う。何かが来ているという気配はあるけど、じゃあ何があるの、って言われるとわからない」

 

「そこまでか……」

 

カロネは政治に精通しているわけではない。学院での学びはそのような視野を学生に対して示すかもしれないが、そこを進むかどうかはまた別の学生個人の問題だ。そして学院を卒業しても、その道があったことを理解して歩き始めるには時間がかかることが珍しくない。

 

ただ、それでも気がつくものがあるということは大きな動きがある事にほかならない。その影響が拡散しないとしても、どこかに負荷がかかるだろう。誰もそうはなりたくないから、面倒事を他人に押し付けようとする。

 

「……ねえ、テレナさん。何が起こるの?」

 

「それがわからないから、私は動かされているの」

 

「……誰に?」

 

「神に、とでも言えればいいのだけれどもね」

 

大勢の人の意志、時代がそれを選んだとしか言えない流れ、そういったものが歴史には見られることをテレナは知っていた。灌漑に反対する人たちの中で重要人物を丁寧に説得することで地域一帯の意見を丸ごと逆転させた家庭教師とともに旅をしていた。

 

「試すなかれ、疑るなかれ、逆らうなかれ、よ。あまり大きなものに近づきすぎないほうがいいこともある」

 

「わかってるよ、最初は距離を取るつもりだったのに……」

 

最初に思っていた以上に大きな事になっている婚約破棄事件に対して、自分が脇役とはいえちゃんと舞台の上にいることを改めて突きつけられたテレナは少しだけ後悔したが、どこで選択を誤ったのかはわからなかった。

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