角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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日常の学びは不穏を隠す 8

「……私を外そうとしていますね?」

 

ヨルワ教授の部屋に来たテレナは、リュクバーンに送る予定の手紙の確認がてら質問をした。

 

「あまりそういう言い方は良くないわね」

 

「それ自体を不満に思っているわけではありません。過ぎた大役ではありました」

 

正直、テレナは政治の舞台裏から適度に去れるのであれば良い経験で終わらせることもできるだろうと考えていた。一学生の身でどこまで混乱を乗り切れるかは不明だが、その混乱の渦中にいるよりは惑わされることが少ないかもしれない。

 

「……リュクバーン枢要僧が学院に来ることを聞いたのね」

 

手紙に目を通し、引っかかる一文を見てヨルワは言った。

 

「ええ、それも意外な経路で」

 

「まだ未確定の情報よ。聖座のほうでも調整が行われている」

 

「純粋に私には届いてはいなかっただけだと?」

 

「ええ、不幸なことにね」

 

「不幸、ですか」

 

「そう思うのも大切よ、世には星の巡り合わせとしか呼べないものがあるの」

 

「星の巡りが計算によって全て予測される時代に、ですか」

 

「望遠鏡で新たな惑星が見つかる時代よ」

 

「あれは結局証拠不十分ってことで学術協会が結論を出していませんでしたっけ?」

 

「そうだったかしら」

 

他愛もない会話をしながら、テレナはどこまでヨルワの言葉が信じられるかを考えていた。わざとらしすぎるまでの内容だが、ではそれ以外に偶然だと言う方法があるかと言われると疑問だ。この種の交渉はあらゆる反語と隠喩を駆使した結果、率直な本心を伝える方法を失っていた。

 

「ところで、私がやるべきことはありますか?」

 

「一講師の来訪において特別な役割を学生に学院が持たせる?まさか」

 

「たまたまその講師が学生の関係者だとしたら?」

 

「偶然ね」

 

「先ほどと同じ、ですか」

 

「星の巡り合わせと偶然はまた違うものよ」

 

本当に通信の手違いなのかもしれないな、とテレナは考えていた。わざわざ異なる言葉で言っているのだ。それにしては巡り合わせという言葉の意味をどのように捉えればいいのか、と考えていた。

 

もちろん、それが教授としてのヨルワの嘘だったところでテレナが取るべき行動はあまり変わらない。今の時点で婚約破棄の問題は落ち着いており、今度のリュクバーンの来訪は今の状態を調整し、補強するものであると見るのが自然だった。

 

「……第三王子が、読めないんですよね」

 

しばらく流れた沈黙を破ってテレナは言った。

 

「人を読み切るのは至難よ」

 

「第一学年の女子生徒が第四学年の男子学生と顔を合わせる機会が少ないのは仕方がないのですよ。しかし、それでもこの顛末における王子の動きのなさが気になる」

 

「案外、そんなものではないかしら?」

 

「もし二人の兄に何かがあれば北側世界最大の王国を継ぐことになる人間が、まともな教育をされることもなく政略結婚の駒としてのみ扱われていたと?今どき伯爵令嬢にすらそのような雑な教育はしないでしょう」

 

「王子にふさわしい教育をさせるのにも金がかかるのよ、どこぞの素性の知れない人物をつけるのならともかく」

 

「……実績のある人物を取り立てるのは?」

 

「最低でも貴族でなくてはならないわね。それと下手に購官貴族なんかを取り立てたら面倒なことになる」

 

「学院に送るのもそれなりに面倒では?」

 

「それでも婚約者と一緒に、ということならなんとか説明はつくわ。……どこも苦労しているのよ」

 

「近くで見てきた人の言葉であれば、私には信じるしかないですね」

 

「正直なところ、今の統合王国の王宮はあまりいい噂を聞かないわね」

 

「だから学院に来たんですか?」

 

テレナの言葉に、ヨルワ教授は口を閉じ、たっぷりと時間を取り、微笑んだ。

 

「そういうところが、なかったとは言わないわ」

 

「……はい」

 

踏み込むな、ということだろう。それほどまでに学院派というものは力を持ち、不安定な統合王国の情勢に影響を与えうる立場になってしまったのだ。

 

「ただ、もし何かが起こった時に逃げられる場所はないわよ」

 

「……いくつかありませんか?」

 

「例えば?」

 

「教主国であったり、あるいは新大陸でもいいですね。向こうの方で教師でもやるというのは悪くない話に思えます」

 

「……ええ、若者の突飛な考えには時折驚かされるわね。私もどうやら社交界の外に出る事をすっかり忘れていたみたい」

 

「外で生きられるかはわかりませんがね、籠の中の鳥は羽ばたき方を忘れていることも珍しくないらしいですし」

 

「本当はそういう鳥を学院で育てるべきだったかもしれないけれどもね……」

 

「かつてはそうだったと思いますよ。学があって、夫の代わりに領地を動かすことを家臣に認められるような女を作るというのはかなり……おかしいと言っていいかと」

 

「私から見ると、初代の学院長よりも出資者のほうが驚きね」

 

ヨルワの言葉に、テレナは深く頷いた。

 

「詐欺師に騙されたのでは?」

 

「だとしたら、百年近く騙し切るとは恐るべき腕ね」

 

「数千年に渡って人々を騙し続ける組織がある、と主張する人もいますし」

 

「なんて不敬虔なんでしょう」

 

「本当ですよ」

 

テレナの言葉にどのような組織が当てはまるかを一瞬で言い当ててしまうこと自体が不敬虔そのものなのだが、ヨルワはそのような危ない冗談でもさらりと言える人物であった。

 

「……リュクバーン講師に対して、学院は博物学者として接する。彼が個人的に説教をするかもしれないけれども、個人的なものに留めるように要請するつもり」

 

「彼が個人的に知り合いである学生と会うのは?」

 

「止めはしない。ただ、それができる余裕がないかもしれない」

 

「色々とあるでしょうしね。身一つで枢要僧が来る……ことはあるのでしょうか?」

 

「最低限の付き人はつけるかもしれないけれども、私達が講師として呼んだのだから彼も講師として来るかもしれない。枢要僧として来てくれたほうがある意味楽ではあるけど」

 

「……誰が、彼を学院に呼んだのでしょうか?」

 

「誰もが、ね。その発想が出た時、誰もが受け入れた」

 

「事前に彼自身が計画していた可能性は?」

 

「ないわけではない……けど、私の勘では別の人物ね」

 

「誰でしょうか」

 

「さあ。でも、統合王国の問題を抑えようとする側の人のはずよ」

 

ヨルワはそう言って、何度となく確認した頭の中の名簿を思い出していた。誰か一人の策謀というよりも、それは何人かがこれがいいと選んだ、ある種の流れのようにも思えた。逆に言えば、そこまでの無茶をしてまでしなければならないことがあると複数の人物が理解していることも意味していた。

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