角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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「ちょっと待って!」

 

シェプルスキアはテレナに身を乗り出して言った。

 

「なに、テレナってリュクバーンさんとそんな面白そうなことしていたの?」

 

「せめて役職名をつけなさいよ、一応あなたの地域は普遍派なんだし、猊下でもいいわよ」

 

「うーん、なんかしっくり来ないんだよな……」

 

悩むシェプルスキアを見て、テレナは息を吐き机の上にリュクバーンとのやり取りの手紙の写しを置いた。リュクバーンから送られた紙は聖座の透かしこそ入っていなかったが上等で、テレナはこの紙一枚を安定して作るためにどれだけの職人が必要なのだろうかと考えるほどのものだった。

 

「一応定期的に、あなたに内容は報告していたはずよ」

 

「そんな細かいことは聞いてないよ」

 

「読めるように置いておいたじゃない」

 

「あたしが読むの嫌いなの、テレナは知ってるでしょ」

 

「嫌いなことから逃げるような怠惰な領主だとは思っていなかっただけよ、私の落ち度」

 

「ほら、テレナが悪い」

 

胸を張って自慢げにシェプルスキアは言いつつ紙を取り、書かれているのが聖語であることを理解して明らかに顔をしかめた。

 

「なにこれ……読めない……」

 

「そのまま音読してあげようか?」

 

「お願い」

 

テレナは呆れて息を吐きつつ、口を開いた。歯切れよく、しかし古典を思わせる要素を混ぜた文章。格調の高さはあるものの堅苦しいと言うほどではなく、過度に難しい言葉を使っているというものでもない。真面目に聖語を学んだ学生であれば、ちょっとわからない単語があっても十分読み解けるだろうという難易度だ。

 

もちろん、テレナはこれが調整されたものであることを知っている。学生に教えを請われた博物学者の返事としては丁寧であるが、聖職者の書いたものにしては実務的すぎるところがある。

 

「えっと待って、なんて意味?」

 

テレナの朗読をちょうどいいところでシェプルスキアが遮った。

 

「馬の毛色のことよ、確かにあまり見ない表現ではあるけど古い戦記とかには出てくるわよ」

 

「わかった、続けて」

 

頷いたテレナは続きを読み上げていく。内容は馬の繁殖についてだ。歴史的にどのような試みがなされたか、今の時点でわかっている博物学的な情報、そしてもし実行するのであれば頼るべき専門家や地域、書籍まで。聖座の情報収集能力を活用したものであり、本来であれば相応の額が必要な代物であった。

 

しかし、もしこれでシェプルスキアが聖座に恩を感じることがあれば、聖座からの投資としては安いものとなるだろうとテレナは理解できた。

 

シェプルスキアは学院周辺から見れば遠い東、共和王冠国の出身である。枢要僧の排出も稀な地域であるし、交易もそこまであるわけではない。シェプルスキアに恩を売るための方法が、そもそも少ないのだ。

 

「……なるほど、だいたいわかった」

 

「念の為確認しておくけど、どう思う?」

 

「つまりはあたしの領地で馬をやるときにはちゃんとよそのところに挨拶をしておきなさいってことだよね」

 

「だいたい間違っていないのが腹が立つわね」

 

傭兵団であったイヴェリャン団は、多くの馬をシェプルスキアの領地であつツィノドに持ち込んだ。その中にはかつてイヴェリャン族がいた地域の馬もいる。もちろん共和王冠国には昔から東方の騎馬民の定住があったが、それでも新しい品種とみなされうるものや有用な育成技術がそこにはあった。

 

ただ、それが必ずしも領地を富ませることに繋がるとは限らない。周辺地域との軋轢を生む原因となるならばひっそりと血を繋ぐ程度に育てたほうがいいだろうし、繁殖などを財政的に有用な水準で行うのであれば競合しないか、あるいは既存の生産者を駆逐する勢いを持たねばならない。もちろん、それは容易ではなかった。

 

「結局は様子を見ながらやらなくちゃいけないし、そのためには相手のことを知る必要がある。そして、末端が勝手に動かないようにきちんと統制することも大切。基本的には傭兵団の指揮と同じってことだよね」

 

「なんで正しいのよ」

 

シェプルスキアは学院に来てから、自分たちが言葉にせず感覚でやってきたことを急速に理解しつつあった。各地域の軍事書籍を読み、官僚たちの手法を理解し、そして専門家たちの講義をその場で聞く。

 

ある意味では、領主という明確な目標があるからこその活動であった。もちろん、シェプルスキアの体力とテレナという協力者という存在もまた重要な役割を果たしていたのは言うまでもないだろう。

 

「……で、あたしはこれを理解している東方の領主として振る舞えばいいのね」

 

「リュクバーン枢要僧……というか博物学者のリュクバーンに話を聞きに行くというわけ。たまたま私がそこにエネト先輩と通りがかるだけ」

 

「そして一緒に部屋に招かれる、と。……面倒じゃない?」

 

「そういう理由付けって大事なのよ」

 

テレナとて、これが実際には特に意味のないものであるとよく理解していた。しかし、そこに理由があれば許さなければならないというのもまた事実なのだ。

 

「わかった。ところで、会話はもちろん統合王国語だよね?」

 

「ここは学院よ、リュクバーンだってそれぐらいは……わかってくれるといいわね」

 

「わかんないの?」

 

「学術的会話とかは聖語で行われることも珍しくないのよ、少し古い本だったりするとたいてい聖語だし」

 

「そうなの?」

 

「シェプはあんまり学問的なものを私に読ませないからね」

 

そう言いながら、テレナはシェプルスキアに読み聞かせた本を思い出していた。印刷技術の発展によって本は安価となり、様々な種類のものが出回るようになった。古い騎士の物語から未知の地の冒険譚、あるいは乙女が音読するのは憚られるような人間の究極の自由と快楽を求めたような作品まで。

 

学院の図書室には、かなり幅広い本が集められている。中には統合王国のみならず北側世界全域で発禁扱いになっているものもある。それは単純に思想的に相容れないものから、その作者の筆力ゆえに非公式の出版によってのみ流通させざるを得ないほどに悍ましいものまであった。なお、その手の作品はテレナは教養としてひっそりと読んでいた。

 

シェプルスキアが好んだのは実用的な技術や手引であった。テレナもこの種の本は好きであったし、音読によって黙読とはまた別の事に気がつく機会もあった。その点では、シェプルスキアのお陰でテレナも様々な学びをできていたのだった。

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